嵐襲来 1
べろんっと、何かに頬を舐められたような感触を感じて、ゆっくりと目を開けた。
すると目の前に、モオがいた。
「……モモ……? ……おはよう、モモ」
ぼんやりとした頭で、目の前のモオがモモだと判断し、挨拶をする。
「モオ~!」
「……え?」
別の方向から返ってきた返事に、目を瞬いてそちらを見る。
「あ、あれ? モモ? ……え、何でモオが2頭も……」
そう呟いて、私はハッと息を飲む。
「ウル!! ウル、大丈夫!? どこも何ともない!?」
「モオ~!」
「そ、そう……良かったぁ」
元気よく返ってきた返事に、私は安堵の息を吐いた。
私は昨夜、どうしてもウルが心配で、部屋から布団と手紙とペンを持ち出し、動物小屋の、ウルの近くの壁に寄りかかり、肩まで布団をかけ、ずっとウルの様子を見ていた。
万一ウルの様子がおかしくなれば、すぐにラクロさんに助けを求めるつもりだった。
……けど、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
情けない。
まあ……見たところウルはもう問題なさそうだし、よしとしよう。
「さ! それじゃあ、今日も一日を始めますか!」
コン、コン。
「ん?」
動物の世話と畑の水やりを終え、リビングで朝ご飯を食べていると、扉から控えめなノックの音がした。
けど、この家には私以外人はいない。
ノックをしたのが誰かは、簡単に想像がつく。
「……何よ?馬鹿天使。ノックなんて、殊勝な事もできるんじゃない。いつも突然現れるくせに。……言っとくけどね? 昨日の事は絶対に許さないからねっ!!」
私は扉を睨んで、そう言い放つ。
「……そう……やっぱり貴女なのね……?」
「え?」
あれ、女の人の声?
え、馬鹿天使じゃないの?
でも……ラクロさんや馬鹿天使以外で、ここに来る人なんて今までいなかったけど……。
しかも聞いた事のない声だし……誰だろ?
私は首を傾げながらも席を立って、来客を確認する為に扉へ向かおうとした。
が、次の瞬間、扉が勢いよく、バン!と開かれた。
「え」
現れたのは、赤毛に淡いオレンジの瞳の女性。
背中には白い翼が生えていた。
この女性、何故か私を睨んでいる。
「……ええと……どちら様、ですか?」
天使である事は、間違いなさそうだけど。
「貴女などに名乗る名はないわ」
「え?」
「それよりも、ルークの処罰の撤回をなさい」
「へ?」
「貴女なのでしょう? あんな事をラクロ様にさせたのは!」
「は?」
「何をしているの!? 早く撤回なさい!!」
「…………」
……え、ええと。
「何の……お話でしょう?」
全く意味がわかりません。
「まあ! 誤魔化そうというの!?」
「い、いや、そうじゃなくて。何の事か、本当にわからないんですが」
ルークの処罰っていうのは、恐らく昨日の件に対する馬鹿天使の処罰だろう。
それを、教育係であるラクロさんがしたんだろう。
今のこの人の話から、それはわかる。
けど、それがどうして、私がラクロさんにさせてる、とか、撤回しなさい、なんて話になるんだろう?
身に覚えが全くないんですが。
「……そう。……わかったわ」
「あっ」
わかってくれた?
「……つまり。……撤回する気はないって事ね……!」
「へっ?」
だ、駄目だ、わかってない!
「なら、撤回する気にさせるまでよ! 覚悟なさい、華原紅葉!」
「は!?」
覚悟って何!?
「石つぶて! 対象、華原紅葉!」
「えっっ!? ……わ!!」
女性が魔法を唱え、掌ほどの大きさの石が、私めがけて飛んできた。
思わず避けると、石は私の後ろにあったテーブルにぶつかった。
瞬間、テーブルが半壊した。
「あ……ああ~!! テーブル!! なっ、何するのよ!?」
「貴女が避けるからでしょう」
「なっ! 避けなきゃ怪我するじゃないの!!」
「ええそうね。それが嫌なら、早く撤回なさい」
「だ、だから! 何の話なのよ!?」
「あらそう。まだ誤魔化すつもりなのね。なら仕方ないわ。石つぶて。対象、華原紅葉」
「っ!」
駄目だこの人、話が通じない!
私は石つぶてを避けると、半壊したテーブルに手を伸ばし、そこにあった手紙とペンを取った。
急いでラクロさんの名前と、『助けて!』の文字だけ書くと、手紙から手を離した。
次の瞬間、手紙は光を放って消える。
慌てて書いたから、物凄く字が汚くなったけど、なんとか読めるだろう。
「……ちょっと……今、何をしたの? ……それ、魔法の手紙? ……まさか……!」
女性が訝しげに呟き、次いで、目を見開いた。
どうやら、私が何をしたか理解したらしい。
リビングに突如、目映い光が溢れる。
その光の中から、ラクロさんが姿を現した。
「……エンジュ、ここで何をしている!?」
ラクロさんは女性を見ると、低い声でそう言い放った。




