ネオスティアの勇者 2
遅くなってしまいました。
その日の夜。
自室に戻って扉を閉めた途端、目の前に突然まばゆい光が溢れた。
「あれ? ラクロさん……?」
いつも、来る時は部屋の端から現れるのに……?
そう思って首を傾げた次の瞬間、光の中から腕が伸びてきて、柔らかい体に抱き締められた。
「やった、やったわ華原さん! ついに解放されたわ! これでまた忙しくも心穏やかな日々が過ごせるわ~!」
「へっ!? え? え? エ、エンジュさん……?」
「……こら、エンジュ。気持ちはわかるが、落ち着け。華原さんが驚いているだろう」
「あ、ラクロさん……!」
突然の事に私が驚いていると、抱きついてきたエンジュさんを、続いて現れたラクロさんが私からベリッと引きはがした。
「あ、ご、ごめんなさい……! 嬉しくって、つい」
「い、いえ。……でも、エンジュさん? "解放"って? 何があったんです?」
「あら、それはもちろん、あの女からよ! ラクロ様がやっとあの女の生活が安定したと判断されて、さっきそれをあの女に告げたの! でね、あの女もそれを認めて、ラクロ様の加護は終了して、私達と縁が切れたというわけ! 解放されたのよ~!!」
「え?」
エンジュさんの言う"あの女"……って、馬鹿天使がまた人違いで死なせた人、だよね?
その人の生活が安定?
ラクロさんの加護が終了?
「あ、あの……早くないですか? だって確かまだ、半年を少し過ぎたくらいですよね? 私の時は、一年を少し過ぎた頃だったと思うんですが……」
私はラクロさんを見て、胸に浮かんだ疑問を口にした。
「ええ、貴女の時はそうでした。ですが、彼女はこの世界に移る際にとても多くの事を望みましてね。その為に、生活が安定するのも早かったのですよ」
「そ、そうなんですか」
多くの事、かぁ。
そういえば、馬鹿天使が"とんでもない無理難題を条件につけた"って言ってたっけ。
だからあの時は、ラクロさんの体を心配したんだよね……。
加護が終わって縁が切れたんなら、ラクロさんもエンジュさんも、もうそんなに忙しくはなくなるのかな?
それなら、良かっ……あれ?
"縁が切れた"って事は、その子とはもう会わないって事……?
「……はい。もう会うことはありません」
「え? あれ、私今…………あっ!?」
そ、そうだった!
ラクロさん達天使には、確か……!
「はい、心の声が聞こえます」
「うっ、そうでしたね……。……ええと、良かったんですか? それで? 私とは、加護が終わった後も、こうして会っているのに」
「まぁ、何を言っているの? いいに決まってるじゃない! あんな女となんて、義務が終わった後まで会いたくないもの!」
私が尋ねると、エンジュさんは眉を寄せて、早口にそう言い捨てた。
そういえば、以前も今日も、エンジュさんはその子の事を"あんな女"って言ってる……ど、どんな人なんだろう?
「……華原さんとは、似ても似つかない人よ」
「え? あっ、そっか、聞こえるんでしたね。……馬鹿天使は、"我が儘"って言ってましたけど、そんなに酷かったんですか? その人の我が儘」
「……詳しくは、話せません。ですが、エンジュの言う通り、貴女とはまるで違いますね」
……う~ん、私とは違うとだけ言われても……まあ、話せないんじゃあ仕方ないかぁ。
「まあまあ華原さん! あんな女の話なんていいから! 今日は解放されたお祝いに来たのよ! もうじきルークも来るから、ささやかだけど、お祝いに飲んで食べましょ!」
「え……ええ!? 飲んで食べてって、今からですか!? 私あとはもう寝るだけだから、これからそんな事したら確実に明日には重さが増えてとんでもない事に……!!」
「ああ、大丈夫大丈夫! ルークにはちゃんとヘルシーなものを作るようにお願いしておいたから! それでも気になるなら、華原さんは食べるのは控えて構わないから!」
「あ、はい、それなら。わかりました」
って……あれ?
"ルークにはちゃんとヘルシーなものを作るようにお願いしておいた"……?
……それって、馬鹿天使が作って来る……って事、だよね?
……あのドジが作るものって……食べれるの?
「まぁ。嫌だ華原さんたら! ルークの作る料理、すごく美味しいのよ? ふふ、食べたらびっくりするわよ!」
「え? ……そうなんですか? ラクロさん?」
「はい。……ルークの、数少ない長所ですね」
「へ、へえ……」
ラクロさんまでそう言うなら、エンジュさんの欲目ってわけじゃないんだな……。
「先輩、エンジュ、華原さん、お待たせしました~! さあ、ささやかなお祝いのパーティーを始めましょう~!!」
突如、部屋にまた光が溢れると同時に、そんな声が響き、次いで馬鹿天使が姿を現した。
「あ。……また、いいタイミングで現れるわね、馬鹿天使」
「え? いい、タイミング?」
「……何でもないわ。それより、随分たくさん作ってきたのね? これ、四人で食べきれるの?」
私は馬鹿天使の横にふよふよと浮かぶお皿に乗った料理を見て言った。
「う~ん……ちょっと、待ってて下さい。皆を呼んできて、食べるの手伝って貰いましょう」
「ああ、その必要はありません華原さん。この人数で残さず食べきれますから」
皆を呼びにいこうと、私が扉へ足を向けると、ラクロさんがそう言って呼び止めた。
「え? ……でも、ラクロさん。これ、かなり量ありますよ?」
「ええ。ですが、大丈夫です。この場には大食漢が二人おりますから」
「大食漢? 二人?」
私はそう言って首を傾げた。
けれどすぐにその言葉の意味に思い至った。
……もしかして、ラクロさんと馬鹿天使の事?
ラクロさんも馬鹿天使も、大食漢と言うほど食べるんだろうか?
「あ、いえ、僕っていうのは当たっていますけど、もう一人は」
「そうなの! ルークなの! ルークは本当によく食べるのよ! ねえルーク!?」
「えっ……う、うん……」
……えっと……今エンジュさん、馬鹿天使が何か言おうとしたのわざとらしく遮らなかった……?
「……あら? なぁに華原さん? 何か言いたいのかしら?」
「えっ? …………いえ、何も?」
「あら、そう? ならいいのだけれど。さあそれじゃ、お祝い、始めましょうか!」
エンジュさんの、どこか威圧感のある微笑みと声に口をつぐんだ私だったけれど、そのあと見た"二人"の見事な食べっぷりに、ただ呆然と見いってしまった。
そんな私の横で、ラクロさんは終始苦笑していた。
……あんなに食べているのに、あんなに細いなんて……エン……ゴホッ、天使って、不思議だ……。




