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お別れ、そして……。 4

今日も安定の一更新です。

更に4日が経ち、私達は再び奴隷商館へやって来た。


「……ああ、やっぱりこうなっちゃったか。あれで終わればいいと、どこかで少し願っていたんだけどな」


灰色猫さんのお店があるスペースに近づくと、フレンさんがそう声を上げた。

その声はどこか悲しそうだった。


「フレンさん……?」

「ごらん、クレハちゃん。あの子が灰色猫さんが言ってた、君が"気に入る事間違いなし"の子だよ」

「え……。……っ!?」


フレンさんに促され、私はその視線を追って灰色猫さんの近くに座る契約奴隷達を見て……息を呑んだ。

…………どうして。

最初に浮かんだのは、その疑問の言葉だった。

次いで、もしかしたら見間違いや幻覚かと思い、ごしごしと目を擦って、再び見る。

けれど、そこに座る姿は変わらなくて。

そこでようやく事態を理解し、私の目から、涙が一筋こぼれた。

どうして、気づかなかったんだろう。

なんで、気づこうとしなかったんだろう。

気づく為のヒントは、至る所に転がっていたのに。

あの時の、フレンさんの"自由じゃない"という言葉。

契約期間が終わりに近づいていって、故郷へ帰れるのに、何かを考える事が多くなり、ちっとも嬉しそうじゃなかったシヴァくん。

数日前の、シヴァくんや灰色猫さんの会話、そして灰色猫さんとフレンさんの言葉。


「……クレハちゃん。泣かないでいいよ。君は悪くな」

「いいえ、悪いです。……私、知らなかったとはいえ、無神経な事、たくさん言いました。きっと、知らず知らず、傷つけてた……。それに気づかなかった。……鈍すぎですね、私」


フレンさんの言葉を遮ってそう言うと、私は手を強く握り、唇を噛んだ。


「……。……鈍いって事には、否定はしないけど。傷つけては、ないと思うよ。せいぜい反応に困らせたくらいさ。……でなきゃ、"成人したら帰る"なんて約束、しないだろう? シヴァくんは、君が住むあの家を、"自分が帰る場所"に決めたんだから、クレハちゃんが気にする事はないよ。故郷に帰って、こうなる事を、選んだのはシヴァくん自身だ。そうだろう?」

「……でも……っ!」


でもその事を選ばせてしまったのは、きっと私だ。

無神経にも私が、"故郷へ帰れる"、"ご両親が待ってる"と、何度も笑顔で言ったから。

だからシヴァくんは何も言えず、うちに残れずに、故郷へ帰るしかなかったんだ……こうなると、わかっていても。


「……っっ!!」


耐えきれず、私は駆け出した。

灰色猫さんの横を通り抜け、背後に座るその子の前に膝をついた。

そんな私に気づき、俯いていたその子は顔を上げ、私を視界に捉えると、目を見開いた。

次いで、ゆっくりと口を動かす。

驚きの余り声にならなかったのか、その口は、『どうしてここに』、という言葉を紡ぐように動いていた。

私はそんな彼の手を取り、両手で握りしめた。

その手の上に、私の目から溢れ続ける涙がポタポタと落ちる。


「ごめん……ごめんね。私、酷いこと言ってた。物凄い、無神経だった。……ごめんね、シヴァくん……!!」


私が泣きながらシヴァくんの目を見つめて謝罪の言葉を口にすると、シヴァくんはどこか辛そうに顔を歪め、首を振った。


「……クレハ様。クレハ様が謝る事など何もありません。貴女は何も知らなかったのですから。そして、知らせなかったのは、俺ですから。……優しい人達ばかりに囲まれた、純粋なクレハ様に、こんな事、知って欲しくは、なかったんですが……。……クレハ様、今日はどうして、こちらに……? 俺の代わりの護衛を雇うなら、10日前にそうなさったはずでは……」

「私が呼んだんだよ、シヴァ。あんたがきっとまた売られるだろう事は、明白だったからね。あんたはクレハ様の家を自分が帰る場所に選んだようだからね。再びあんたを販売するなら、その相手にクレハ様を選ぶのは、奴隷商人として当然さ。契約奴隷は、大事に扱われる場所へ売るのが決まりだからね」

「……灰色猫さん」

「こんにちは、クレハ様。お待ちしていましたよ」


灰色猫さんはゆっくり歩いて来て、膝をついて座る私の横に立った。


「この度は商品のご予約、ありがとうございました。その商品についてはもはや仮契約など不要ですから、早速ですが本契約に入りましょう。契約期間は3年です。さあ、腕をこちらへ」

「……予約……」

「あ……うん。10日前、灰色猫さんとフレンさんに勧められてね。フレンさんの知り合いだって話だったから。……それがまさかシヴァくんだったなんて気づかなかったんだけど。鈍すぎだよね、私。本当に、ごめんね……」

「……いえ、いいんです。クレハ様が謝る必要など、本当にありません。……泣かないで下さい。クレハ様」


そう言って、シヴァくんは私が握っていないほうの手を伸ばし、溢れ出る私の涙を拭いた。


「ん……ごめんね。ありがとう……」


そう言いながら、私は立ち上がり、灰色猫さんに向かって腕を差し出した。

シヴァくんも立ち上がって、それに倣う。

灰色猫さんが契約の言葉を口にすると、私達の腕に契約の腕輪が現れた。


「これで、契約は終了です。クレハ様、シヴァをよろしくお願い致します。……シヴァ。また、日々を楽しくお過ごしね」

「……はい。ありがとうございました、灰色猫さん」

「私からも、お礼を言います。10日前、予約を勧めて下さって、本当にありがとうございました、灰色猫さん」


私は深々と頭を下げると、再びシヴァくんの手を握り、歩き出した。

そして少し離れた場所で成り行きを見守っていたフレンさん達と合流し、奴隷商館をあとにした。

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