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お別れ、そして…。 2

今日も一更新です。

「ああ、クレハ様。お待ちしておりました」

「……こんにちは。灰色猫さん」


灰色猫さんの所へ行くと、私達に気づいた灰色猫さんが声をかけてきた。

それに対し、私はうっかり、少しだけ沈んだ声で挨拶を返してしまう。

シヴァくんが何も気にせず故郷へと帰れるように明るく振る舞おうって決めてたのに……駄目だなぁ、私。

そんな私に、灰色猫さんは何故か嬉しそうに微笑むと、シヴァくんに視線を移した。


「シヴァ。今日までお疲れ様。クレハ様の元で過ごしたこの一年はどうだった?」

「……楽しかったです。とても、とても」

「そうかい……それは良かったね。……クレハ様、それでは、シヴァの解放を致しましょう。腕を出して下さい」

「はい。さ、シヴァくんも」

「……はい」


私とシヴァくんは灰色猫さんの前へ腕を出した。


「それでは、始めます。クレハ様、今日この日、この時を以て貴女の契約奴隷、シヴァとの契約を満了とし、解放する事を認めますか?」

「はい、認めます」

「承知致しました。では奴隷商人、灰色猫の名において、シヴァの名を契約奴隷の名簿から抹消致します」


灰色猫さんがそう言うと、私とシヴァくんの腕輪がパンッ!と音をたてて割れ、消えた。

私は腕輪が消えた場所を見つめ、そして口元に笑みを浮かべると、シヴァくんに視線を移した。


「シヴァくん、今まで、本当にありがとう。時々は手紙くれたら嬉しいな。私も書くから!」

「クレハ様……こちらこそ、ありがとうございました。手紙は……出せたら、出します」

「うん。待ってるね!」

「…………」

「……シヴァ。これから、どうする? 選択肢は、幾つかあるよ?」

「えっ? ……灰色猫さん、"選択肢"って? シヴァくんは、故郷に帰るんじゃあ……?」

「……。……そうですね。それも、選択肢のうちのひとつです」

「???」


何だろう……灰色猫さん、クレビスさんの時は、故郷に帰る事をすんなり承知して、送って行くって言ってたのに……?

私が首を傾げると、シヴァくんが口を開いた。


「灰色猫さん。俺は、故郷へ帰ります」

「……シヴァ……いいんだね? それで」

「……はい」

「そう……わかった。なら送って行くよ。シヴァ、今日はこの奴隷商館の奥に部屋が取れてる。店じまいする時間までその部屋にいな。部屋番号は216だよ」

「はい、わかりました。……それでは……クレハ様。いつか、またお会いしましょう」

「……うん、またねシヴァくん。また会うまで、元気でね」

「はい、クレハ様もどうか、お元気で」


そう言って頭を下げると、シヴァくんは奴隷商館の奥に歩いて行き、そこにある扉を開けて、その向こうに姿を消した。

私は扉が閉まってシヴァくんの姿が完全に見えなくなるまで、じっと見つめ、見送った。


「……クレハ様……」

「あ……。……大丈夫だよ、ギンファちゃん。少し、寂しいだけだから。……さぁ、帰ろっか! 灰色猫さん、失礼します」


シヴァくんの姿が消えると同時に、ギンファちゃんの気づかうような声が聞こえてきて、私はギンファちゃんに視線を移し、明るい声でそう言った。

次いで灰色猫さんを見て、軽く頭を下げながら挨拶をした。


「ああ、お待ち下さいクレハ様。ひとつお聞きしたいのですが、先ほどシヴァと交わしていた、"また会うまで"という言葉は何でしょう? シヴァと、いつか再会する約束でも……?」

「あ、はい。シヴァくん、成人したら、私の家に帰って来るって、そう言ってくれたんです」

「……成人したら、クレハ様の家に"帰って来る"、ですか。なるほど。シヴァは、本当にこの一年、楽しく過ごしたようですね」

「シヴァくんだけじゃないですよ、灰色猫さん! 私も毎日、とっても楽しいです!」

「おや……そうかい。それは何よりだねギンファ。………………」


ギンファちゃんにそう返事を返すと、灰色猫さんは何かを考えるように顎に手を当て、沈黙した。


「灰色猫さん? どうしました?」

「……クレハ様。これはまだ仮定なのですが、次に私がこの街に来るときに、クレハ様がお気に召す事間違いなしの契約奴隷が販売できると思うのですが、その子をご予約なさいませんか? 普段はこんな話はしないのですが、今回は特別です。いかがですか?」

「えっ? ま、"間違いなし"って……でも、私の護衛なら、ギンファちゃんとフレンさんがいるし、動物達や畑の世話ならイリスさんがいるし……新たに雇う必要はないから、いいです」

「まあまあ、そう言わずに! 護衛が一人抜けたら、一人新たに加えたほうが安心でしょう! 販売できるだろう子は銀髪の子ですよ! 是非ともクレハ様にお買い上げ戴きたいのです!」

「灰色猫さん……たとえ銀髪の子でも、今回は本当に……。人数は、足りていますから」


私が声をかけると、灰色猫さんは販売のチャンスだと思って勧めてくるんだろうけど、私はどうしても新たに雇う気にはなれなかった。

一歩後ずさって、首を振る。


「まあまあまあ! では、その子をご覧になるだけでも! 次に来るのは10日後くらいになりますから、その時に足をお運び下さいませ! ひと目ご覧になって、お気に召さなければ今回は大人しく引き下がりますので! ね? それならばよろしいでしょう?」

「……いえ、ですから……!」

「……いいんじゃないクレハちゃん? 見るだけなら見てみても。気に入らなきゃ買わなくていいって言うなら、それだけ灰色猫さんにはクレハちゃんが気に入るって自信があるって事だしさ? 来るだけ来てみようよ、ね? ……でないと、後悔するかもしれないよ?」

「えっ……?」


尚も言い募る灰色猫さんに、私が少し苛ついた声を上げると、フレンさんがまるで私を説得するようにそう言った。

私が困惑したようにフレンさんを見上げると、フレンさんは灰色猫さんに視線を移した。


「10日後だね、灰色猫さん?」

「そうだよフレン。それくらいに来ると思うよ」

「わかった。なら10日後、僕が責任を持ってクレハちゃんをここに連れて来るよ」

「なっ!? フ、フレンさん!? 何を言って」

「見るだけ。見るだけだよクレハちゃん。ね? 見てそれで気に入らなきゃ買わなきゃいいんだから。ねっ?」

「……………………」


……説得するように、じゃない。

フレンさんは私を説得してる。

どうして……?

私が新しい人を雇いたくない理由は、フレンさんならわかっているはずなのに。

私は胸の中にそんな疑問が浮かび、フレンさんを軽く睨んだ。


「……クレハちゃん。お願いだよ。この通りだ」

「えっ、フレンさん……!? ……どうして、ですか? どうしてそこまで……!!」


私が睨むのを見て、フレンさんは真剣な顔をして頭を下げた。

そんなフレンさんに驚きつつ、私はフレンさんに疑問をぶつけた。


「……灰色猫さんが言う、"クレハちゃんが気に入る事間違いなし"って子に、心当たりがあるんだよ。だからさ」

「へ? ……フレンさんの、知り合いの子なんですか? 灰色猫さん?」

「……そうですね。知り合いと言えば、そうかもしれません」

「……。……わかりました。私としては新しい人なんて雇いたくないけど……フレンさんの知り合いなら、話は別です。……10日後ですね。その時にまた来ます。……でも! これは貸しですからね、フレンさん!」

「……うん、わかった。ありがとうクレハちゃん」

「…………。……じゃあ、帰りましょう。灰色猫さん、また10日後に」


そう言って、私は灰色猫さんに背を向け、スタスタと早足で歩き出した。

……はぁ、買うつもりはなかったのに。

灰色猫さんは本当に商売上手だよね……。

けど、フレンさんの知り合いかぁ……どんな人かな?

銀髪なんだよね……て、あれ?

銀髪で、私が気に入る事間違いなし、っていうだけで、どうしてフレンさんは自分の知り合いだなんてわかったのかな?

……その人が、そんなに私好みの人って事なのかな……?

私は首を傾げつつ、奴隷商館をあとにした。

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