ぶおおおん
山形市在住のMさんは、大学入学を機に初めての一人暮らしを始めた。
大学には実家からでも通えたのだが、一人暮らしをしてみたいと強く親を説得したところ、市内のとある低い山の近くで親戚の持つアパートに入居することになった。半分下宿のようなとにかく安いアパート。
そのアパートは、古い建物で風が吹くといつもぶおおおんと奇妙な音がしたが、安く住まわせてもらっていることもあり、特に文句はなかった。
風が強い日だった。
Mさんが暗くなってからアパートの前まで帰ってくると、いつもどおりぶおおおんと音がする。外からでも聞こえるんだなと思って、音の出処を探してみようとするが、どうも音はアパートではなく、敷地内に生えた木の上から聞こえているようだった。
暗い中で目をこらすと、木に何か小動物のようなものがしがみついているのがわかった。
ああ、じつは何か動物の鳴き声だったのかと得心しかけるが、違った。
赤ん坊だった。
木の大きな枝の中央に、下からへばりつくようにしがみついていた。
赤ん坊は、風に合わせ唇を突き出し激しく震わせて、ぶおおおんと音を発していた。
Mさんは「うわっ」と声を出してしまった。
赤ん坊は、首を回して、ぎょろりとした目でMさんを見て、しわがれた低い声で言った。
「なして見どる?」
Mさんは慌ててアパートに駆け込んだ。
その晩はずっと、ぶおおおんと音がしていて、一睡もできなかった。
この出来事を大家に話すと、「そりゃ山赤児だ。昔っからいんだ。裏の山にはすごだまおる。悪さはすねがら気にすな」とそれだけ。
裏の山にたくさんの赤ん坊が木にぶら下がっている様子を想像したMさんは、その場で実家に戻ることを決めたという。




