箱
あの美しい箱には何が入っているのだろう。螺鈿の細工が施された小さな漆塗の箱。ずっと開けたくてたまらなかった。
触るな、そして魅せられるなと言い聞かされてきた。でも、隠されることもなく、箱はそこにあった。
先祖代々伝わるというその箱は、神棚に飾られ、大事にされてきた。
水を供えて、定期的に拭いて、たまに甘いものを供えるのが家長の役割だ。でも、絶対に開けてはならない。そうしていれば、この家は安泰なのだという。
小さい頃、あの箱を開けたらどうなるのと祖母に尋ねると、中にいる神様に箱の中に連れ去られてしまうのだと言われた。
家長になった兄は、言いつけどおりに箱を守っている。
私といえば、働くでもなく、今でも家で怠惰に過ごしている。両親や兄からは家の会社で働けと言われるが、ずっと絵ばかり書いてきた私に、働く自信など全くないのだ。かといって絵で食べていける見込みもない。
小さい頃に箱を開けようと思ったことは何度もある。その度に、恐怖に襲われ、開けることができなかった。
でも、今は違う。興味本位と、兄や実家への反発心で、私は箱の中を見てやろうと決めた。
兄が出張でいない晩に、家人が寝静まったころ、箱を神棚から降ろした。お札のようなものを複数枚剥がし、蓋に両手をかけると、恐る恐る蓋を持ち上げる。あっけないものだ。子供のときに感じていた恐怖は何だったのだろう。蓋が数センチ持ち上がりあと少しで中が見えるというときに、それは起こった。
何か柔らかいざらざらしたものが、私の手に触れた。ぺろりと舐められた。舌だとそう思った。
咄嗟に、箱の蓋をしめると、箱に元通り札を貼り、神棚に戻した。
あれから随分と身体の調子がよく、イラストの仕事も見つかった。
最近は、兄が忙しいときは、私もせっせと箱の世話をするようにしている。




