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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
156/212


「黒曜石の原盤……」

 魔術師協会会長トンプソンは、自身の別宅で、“ゲルニカの義眼の裏に刻まれた”魔法陣を使い、黒い石板を召喚した。

 彼はこの石板の意味を、理解していた。ゲルニカの目論み―――魔王復活など言語道断だった。

(おおよそ予測通りに義眼に隠し持っていたな……さて、この石板をどう処理してしまおうか)

 物理的に壊してしまおうかと金槌に魔力を込めて、思いっきり振り下ろしてみるが、ガキィン!

(ダメか……物理的強度が段違いだ。ビクともしない)

 黒曜石の原盤はヒビ一つつきやしなかった。物質強化の術式が魔法陣の中に組み込まれているからだろう。

(隠すのは無駄だ……調査で見つかってしまう)

 調査では魔法陣の中身までくまなく見られる。術式に込めて召喚術で異空間に隠しておいても、その術式を何処に描くかが問題だ。ゲルニカのように意表を突くような場所―――義眼にでも込められればいいが、トンプソンにはそのようなパーツはなかった。

 そうして義眼と黒曜石の原盤の処理に困っているうちにも

『マーガレット様』

 シェール議会の控室に通されている傀儡のマーガレットの方で動きがあった。

『ゲルニカの言っていたことは本当でしょうか?』

 魔術師協会副会長のワンダはマーガレットが亡くなったことを知らない。彼女はマーガレットに話をするつもりで『トンプソンがゲルニカ襲撃に加担したと』口にした。

『正直なところ、否定しきれないところがあるのですが……』

(ワンダくん、本当に正直だねぇ……そこが彼女のいいところなんだけどさ)

『大丈夫でしょう。自分の事は自分で落とし前をつけるでしょうから』

『そうだといいのですが……』

 マーガレットの瞳に映るワンダの顔から不安が拭えない。拭えるはずもない。実際に加担しているのだから。

 ゲルニカが今回の襲撃で死んでくれれば良かったが、ゲルニカは強かった。遠隔とはいえ、憑狐の闇魔術を使い、一瞬の隙を突いて義眼を奪えたものの、あの一瞬で奴の首を取ることは叶わなかった。


『ゲルニカ様がお呼びだ。来て貰おうか』

(きーっ、しつこい男だね!)

 ゲルニカからの三度目の召喚。休む機会を与えようとしないつもりなのか、何か思いついたのかは知らないが、人使いの荒い男だ。だが今は、これに応じないわけにはいかない。

『何度も何度も悪ぃな姉ちゃんたちよ。まあまあ座って俺の話を聞けよ』

 露骨に嫌な顔でもしていたのだろうワンダに釈明するゲルニカが、珍しく茶を差し出してきた。

『地底国の魔術師協会ってのを解体してからというもの、魔術師たちのモチベーションが低いのなんので……云云かんぬん』



 ひた……。


 雫が水面に落ちるような僅かな足音。

「!」

 トンプソンが意識を向けたときにはそこに、確かに“影”があった。

 黒ずくめの何者かが振り抜く刃を―――ガキィン! 腰に提げておいた刀で防ぎ、散る火花で影に僅か人肌が映る。

(得物は金属、人間か)

 薄暗い部屋に馴染む、頭の天辺から足先まで黒く染まった影纏いの闇魔術を使った何者か、その頭身は7ほどあり、ドワーフの3頭身ではない。ジグザグに湾曲したナイフを持っており、一般的に金属アレルギーを持つエルフたちには持ちえない得物だった。

(王国か、神国か―――どっちの差し金か)

『マーガレット妃、聞いていますかな?』

(しかし面倒くさいことになったぞ―――!)

 突然の襲撃にゲルニカの対応、その双方を同時に行わないといけなくなった。トンプソンは『これは時間稼ぎですか』ゲルニカへの返事をしながら、襲撃者の振るう刃を弾く。

『既に夜も更けたというのに』

 片手間で戦うとトンプソンは防戦一方になり、襲撃者の刃が苛烈になる。

『まあまあそう言うなって。俺はあんたのことを可哀想に思っているんだぜ』

 逆手に握られた襲撃者のナイフがトンプソンの刀を流し受けた刹那、ヒュ、と風を切る投げナイフがトンプソンの頬を撫でる。

「!」

 だが、トンプソンは特異体質で、金属アレルギーを持たない珍しいエルフだった。金属のナイフで切られた傷は腫れ上がることなく、血の雫だけが滲み出る。

『夫のバカ殿様に良いように扱き使われてばかりいる。まるで傀儡だってな』

『無礼な! いくら何でも口が過ぎましょう!』

(ワンダくん、一瞬でもいい―――こちらに専念できれば)

 何かないか、と、マーガレットの視界に映るものを探る。そして、トンプソン(マーガレット)は、とあるものに手を伸ばした。

 お茶だ。

『ああ、そのお茶は地底国の環境にでも生える最上級品の茶でな! 是非ともご賞味いただきたいね。ほら、そこの姉ちゃんも』

『ワンダです』

 お茶を口に運ばせたトンプソンは―――その直後『うっ』苦しむ素振りをして『あ?』バタリ、と倒れた。

『マーガレット様? マーガレット様……、まさか』

『おいおい待てよ待て待て』

『ゲルニカ! 貴様毒を盛ったな!』

 ワンダの大声に部屋に他のドワーフも雪崩れ込んできて、一斉にゲルニカの方を向く。ワンダが震える手でマーガレットの脈を確認し、そして、悲鳴を上げた。

『よくも―――前代未聞だぞ!』

(ちょっとそっちで盛り上がってて)

 トンプソンは死霊術で、マーガレットの脈拍まで再現できる。蘇生処置を施してくれている最中に、適当に目を覚まし、脈拍を再開させればいいだろう。

 そう思い、マーガレットの操作から解き放たれたトンプソンが一気に攻勢に転じようとしたとき

「神の名において魔を封ず」

(しまった 封印術!)

 襲撃者は封印術を唱え、トンプソンの魔術を封じた。

 これが―――まずかった。

「!?」

 じわ……、トンプソンの腰に提げていた黒い本から闇が漏れ出し、その闇がトンプソンの脇腹を深く突き刺した。

「ぐっ」

 トンプソンは急ぎ黒い本を投げ捨て、溢れ出す出血を手で押さえる。

 放物線を描き放り投げられた黒い本は呆気に取られている襲撃者の影にとぽん、と潜り込む。すると、襲撃者の目が白目を剥き、一瞬痙攣した後で

「黒の黙示録は既に解き放たれている」と、声を出した。

「エバンナ……っ!」

「この私を封じておくことは不可能だ」

 エバンナ―――その名は八竜、黒紫の竜エバンナを指していた。

「崩壊への運命は回り始めている―――私はお前たちのすべてを冒涜し、八竜さえも超越する」

「……好きにさせないよ!」




 黒の賢者トンプソンが前の賢者から受け継いだ黒の黙示録には、人類を滅ぼすことに執念を持っていた神、八竜エバンナが封印されていた。だが、生前のマーガレットがその封印を解いてしまった。

 トンプソンは魔術によってギリギリのところでエバンナの復活を阻止していたが、襲撃者の唱えた封印術のせいで、その魔術が消えてしまい―――エバンナが黒の黙示録から出てきてしまったのだ。


 エバンナの操る襲撃者は、人ならざる動きをして襲い掛かってきた。

 人が無意識に課すストッパーを捨て去り、筋肉の限界を超えて放たれるナイフの一撃は、トンプソンの身体を弾き飛ばす程の威力を持っていた。

「ぐぅ」

 脇腹から血を噴き出しながらゆらりと起き上がるところを、身を屈めさせて傷が広がるよう下段を攻め続け、反撃を許さない。

 トンプソンは飛び退り、距離を取ると、刀を一度鞘に納め、足を広げて低く構えた。

 これに、襲撃者は投げナイフを放ってから前に突っ込む。

 トンプソンは投げナイフを最小限にだけ避け、飛び込んでくる襲撃者に向けて、渾身の力で抜刀した。

 バキィン! トンプソンの刀はナイフをへし折り、襲撃者の右足を切り落とした。だが、切り落とした右足から

「うぐっ!?」

 闇の刃が伸び、深手を負ったトンプソンの脇腹を十字に切り裂いた。

 遂に片膝をついたトンプソン。その傷の深さを確かめた襲撃者は

「黒の賢者に用はない」

「!」

 机の上に置いてあった黒曜石の原盤を手に取ると

「待て!!」

 自らの影に潜り、気配を消してしまった。




 ナラ・ハのマーガレットにゲルニカが毒を盛った。その話は瞬く間に拡散し、二つの国は大混乱に陥った。

 ドワーフたちは種族柄に血気盛んで、決闘や戦争における盛り上がりはあっても、相手に毒を盛って殺すなどという手段を講じるのは、ドワーフの主義に反したのだ。

 熱狂的な後ろ盾があったゲルニカだったが、この一件のせいで内政が崩れ始め、戦争どころではなくなってしまった。


 一方の、ナラ・ハもマーガレットが“植物状態”になっただけではなく、トンプソンまでも何者かに襲撃されてしまい、魔術師協会副会長のワンダが相談役のヨハネと共に報復を謳う民衆を抑え込むのに必死になっていた。






 情勢が一気に変わっていく中。


「思ったより遠かったなぁ」

 ベラトゥフはキキ島に到着していた。


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