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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
142/212

第62話 収容所にて

 神国の南ユイフォートへとやってきたヌヌたちは、偽造書を持ってきたグランバニクの使者と待ち合わせたあと、収容所へとやってきた。

 そこは中央地下坑道にも続く地下施設で、何十もの封印術であらゆる魔術や行動を制限している場所だった。一歩でも中に入れば、魔術師たちは非力な一般人になってしまうだろう。

「グランバニクの命令で中に用が出来たでおじゃる」

「拝見します」

 門番は偽造書を読むと、何も疑うことなくヌヌを通したが

「こちらの方々は?」

「ヌヌの部下でおじゃる。此度の用件で力を貸してくれる者たちじゃ」

「え、えへへ……どうも」

「…………。」

 一瞬怪しまれたが、ヌヌへの信頼度が高いのか、この施設の封印術への信頼度か、セルジオたちは”無事に”収容所への出入りを許された。

「―――うっ」

「ぐぇ」

 一歩だ。足を踏み入れたその途端、まるで深海に入ったような重みと息苦しさに、ワンダとセルジオは思わずえずいた。

 どんな最下位の魔術でも発動さえ許さないどころか、魔力を練る操作も、呼吸で魔力を得ようとする行為すら制限されているせいで、この場にいるだけで魔力がみるみる無くなっていく。息苦しさにも増して、全身が淀んだ空気に圧し潰されそうになる。


(重い……! この場所じゃ、とてもじゃないけど魔術を使えないわ)

(そんな……っ)

(一人を脱獄させて試してみるしかないでおじゃるな)

(脱獄だって?! そんなことどうやって……)

(これから考える!)


 収容所の奥に入っていくと、鉄格子の奥に一人一人隔離され、封印術の鎖に雁字搦めにさせられた魔族たちが見えてきた。手足を壁に大の字に磔にされ、猿轡まで嚙まされている。その状態でどれだけ長くいたのだろうか、皆々は既に憔悴しきっている様子だった。

 下へ下へと続いていく牢獄の前には一人の神官兵が松明を持って巡回していた、らしいのだが、神官兵にとっても封印術の環境はきついのか、堂々と休憩を取っていた。隙を見て鍵を盗みだすこと自体はあまり難しくなさそうだ。


「ん?」

 そして、脱獄させる魔族を見定めていたヌヌの目に留まったのは、異形の魔族で―――。



「わざわざ罠に嵌ってくれようとは世話ないな」

 ヌヌたちが出口へと向かおうとしたそのとき、上層から野太い声が響いた。

 出口に向かう道を塞ぐように現れたのは、黒羊のイーゴだった。

「イーゴ……! どうしてお前がこの国にいるんだ!」

 シェール軍に所属していた筈のイーゴが、今は神官服を着ている。それを問い詰めるようにセルジオは声を荒げた。

「どうもこうも、俺はこの国の者だったからだよ。つまりスパイだ。わかるか坊ちゃん?」

「―――っ!」

「魔族の味方なお前らのことだ、このユイフォートの収容所に来ることは予想ついていたぜ」

 更にイーゴは高慢に鼻を鳴らし

「ヌヌ様、こいつらが密入国者と分かっていて匿いましたね?

 あなた様も処罰の対象ですよ」と、かつての上司に言い放った。

「偉くなったもんじゃのぅイーゴ」

「おーっと、ここでは魔術は使えませんよ!」

 此処は魔術の使えない空間。そうなれば腕っぷしと人数が勝利の鍵となる。それをわざわざ仰々しく大げさに表現した。

「素直に投降すれば痛い目に遭わずに済むかもしれないな……あ?」

 だが、筋骨隆々のイーゴに負けず劣らずの体格をしたアスランが、何も言わずに前に出る。

「アスラン……お前はいつだって馬鹿だな。こんなカスみたいな奴の味方なんかしやがってよ」

 それでも尚、無口でいるアスランが構えて―――一閃!

「ぐげげっ!」懐に隠し持っていた投げナイフがイーゴの赤鼻を突き刺し、間を埋める神官兵たちを次々に階段から突き落としていく。

「すまないアスラン!」

 その隙にヌヌたちは少し荒ぶる“松明”を持って収容所の外へ出ると

「―――滅ぼせ、炎帝!」

 ワンダは深呼吸した息を吐き切るように、炎の鳥を召喚し、追手の神官兵を牽制した。そのうちに一気に距離を離していき――――。

 セルジオたちは、収容所から数キロ離れた場所まで逃げた。


「はあ……はあ、此処までくれば……。」

 追手が来ないことを確認し、セルジオは松明を抱えて、外の空気を存分に吸い込んだ。

 その間にも松明の炎は、松明の外に出て行こうと手を伸ばしているかのように燃え盛っている。

「魔力を取り戻した魔族が何をしでかすか分からん。

 今ここで試せるでおじゃるか?」

 これにワンダは頷き、自身も魔力回復に何度も深呼吸を繰り返した後で、巻物一本を広げ

「森羅万象の理に問う……その身を魔の海より浮かばせよ」

 ワンダは慎重に呪文を唱えながら……荒ぶる松明に向けて繊細に魔力を練り上げていった。

 そして、魔力の光に覆われた炎は徐々に人の形を取り戻していき――――。


「お、俺は……、一体……?」

「お、おお! おおおお!!

 成功した!」


 そこには松明の炎と化していた魔族から、屈強なブルーエルフの男が現れた。

「手がある! 足がある! なんだ、何が起きたのだ?!」

「落ち着いて、ちゃんと説明するから」


 ワンダたちから事情を聴いた後、自らを“ワド”と名乗ったその男は、自身がバーブラの親衛隊の一人だったことを告白した。

「今でもバーブラ様への忠誠心は揺るがないが、この恩は決して忘れん」と言い、ヌヌたちに向けて首を差し出すように跪いた。

「例えこの姿に戻ったとしても、俺はもう一度、あの方の前に跪くだろう。

 だから、それを防ぎたいというのならどうぞこの首を切ってくれ。人として死ぬことができるのなら本望だ。」

「それは―――」

「そんなことはしないよ」

 セルジオはヌヌの言葉を遮って否定した。

「この国の平穏がバーブラの統治下でも続いていなければ、こんなにキレイな街並みでいる筈がない。バーブラはちゃんとした支配者だったんだ。

 それにバーブラも魔族なんだろ? だったら彼も人に戻りさえすれば根本的なところは解決するんじゃないか?」

「なんと安直な……」「いつも通りです」

「……かたじけない。今はそのお言葉に甘んじよう」


「そうすんなりいく話とは思えんが……大事なことは、術が有効なことが示されたことじゃ……! これは一大事でおじゃる!」

 だが、ヌヌ一人の指示では収容所の魔族たちを解放できない。ここはグランバニクを通じてジュスカールの指示を貰わねばならない。

「こうしちゃおれん……! 急いで神都へ……、おじゃ?」


 ドゴォォオオオオン……。


 鈍い爆発音が南の方角から聞こえてきて、その方角へ顔を向けると

「おじゃ!? 白塔が!!」

 白塔が根元から折れ、海へと崩れ落ちていく様がスローモーションで見えてきた。

「八竜の住まうとされる白塔で……一体何が」





「───本当に愚かだ! この数の差で勝てるとでも思ったのか?!」

「…………。」

 イーゴと神官兵たちに四方から囲まれ、逃げ場を失くしたアスラン。だが、彼は何も言わず、投降の意志も見せなかった。

「まあいい。お前一人いなくなれば坊ちゃんは弱っちい口先だけの奴だ。いつでもどうにかなるからな」

「…………。」

「……お前本当に、最後ぐらい何か言い残したらどうだ?

 坊ちゃん愛してますだとか、坊ちゃん生き延びてくださいだとか、泣かせるような一言を俺に託したらどうなんだ?」

「…………。」

 アスランはナイフを握りしめ

「ゾールマン家に議長の座を取られなければ、その座についたのはお前たちだったものな」と、言い放ち、神官兵の鎗やさすまたをすり抜けて、イーゴと揉み合い状態になる。

「セルジオ様解放派が勝ったお陰で、神国の属国化は免れてきた」

 神官兵たちの得物が長めのため、もみくちゃになった二人を識別して突き刺すことが出来なくなってしまった。

「この―――っ」

 ベキッ! 頭の角の片方がアスランに噛み折られ、イーゴは堪らず「何をしている!突き刺せ!」と、指示を出す。

「忌むべき相手に頭を垂れてきた、その腹いせに坊を追いかけ回すとは、小物だなイーゴ」

 もみくちゃになる中、イーゴにも構わず鎗を突き立ててきた神官兵に、アスランは作戦を変更。イーゴがふらついた一瞬を狙って彼を神官兵ごと突き飛ばし、前方にいる神官兵を強引に突破。全身が裂けながらも出口への道を確保した彼は、そのまま強引に走り去っていった。

「ふざけるなふざけるなふざけるな……! 逃がすな! 誰一人逃がすな!」

 飛び出していく神官兵を見送ると、イーゴはその場に思わず尻餅をついた。全身を切り刻まれ、角が折られ、イーゴは満身創痍だった。

「何故だ、何故こうもうまくいかない!

 俺はこんなにもこの国に尽くしているのに! 女神よ! どうして報われないのですか?!」

 イーゴの叫びが収容所に響き渡る。

 と、そのとき。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 収容所の地下深くから、何かが動き出そうとしていた。

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