99◇嵐風
試合前に学舎へと戻ってきた第六位《劫風》コスモクロアは事の経緯を聞くや否や殺意を漲らせた。
「……パパラチア家め。最早捨て置けん。こうなれば力づくで全て吐かせる他ないようだな……!」
赫怒を露わにロータスを探しに向かおうとする彼女を、執務室の全員で押さえる。
「ええいなんだ貴様ら! 私の邪魔をするな! まんまと出し抜かれた責任をとろうというのだ、止めてくれるな!」
じたばた暴れる彼女の力は凄まじかった。魔力強化を施した様子は無いから、身体を鍛えているのだろう。それにしても大した出力だ。
このまま押さえつけておくのは無理。
「コスモクロア先輩」
「なんだ!?」
「今先輩が出ていっても、事態は好転しません」
「そんなことは無い! 私の威信に懸けて奴を叩きのめし、謝罪させてみせる!」
尾のように結われた翡翠の髪を振り乱し、コスモクロアは叫ぶ。
「ですから、それが不要だと言っているんです」
「不要? ……説明しろヤクモ。どういうことだ」
疑問を持たせることで、怒りに割いていた感情が僅かに緩む。
「ラピスから、克己の機会を奪わないんでほしんです」
「克己、だと」
「彼女はパパラチアに縛られて生きてきました。その鎖を、なんとか千切ろうと立ち上がっている。ここで誰かが外側から事態を収束させたら、意味が無い。他人が突き破った壁の穴をもぐって、成長出来ますか。自分自身で挑戦し、時に拳を傷つけ、時に立ち尽くし、苦悩した末に乗り越える。突き抜ける。それなしに、人は前進出来ません」
「…………」
「僕らは仲間だ。背中を押すのはいい、求められれば手を貸しましょう。でも、道を作ってはいけないんだ。切り開くのは、彼女自身でなければならないんです」
コスモクロアは、それを黙って聞いていた。
やがて、納得したように一つ頷く。
「貴様の言う通りだ。私は自身の不甲斐なさが許せず、奴に無礼を働くところだった。感謝するぞ、ヤクモ。止めてくれて助かったよ」
一同がほっとしたような声を出す。
「いえ」
「ラピスとイルミナに任せればいい話なのだったな。何故ならば、奴らは勝つ」
「はい」
コスモクロアは吹っ切るように笑うと、それからヤクモの肩を叩いた。
「そもそも奴らを気にしている場合ではない。私の敵は、余所見して勝てる程やわではないようだからな」
ラピス達の試合の前に、ヤクモとコスモクロアの試合があるのだった。
彼女はしっかりと、ヤクモ達をライバル認定している。
なればこそ、先輩後輩など関係ない。
こちらも対等な対戦相手として応える。
「正面から見据えたところで、勝てはしませんよ」
「言うじゃないか」
「言わずに実行出来る程、優れた人間じゃないだけです」
ヤクモの言葉に、コスモクロアは嬉しそうに笑う。
「私も同じさ。勝つのは、私達だ」
◇
そして、試合の時は来た。
フィールドで二組の領域守護者訓練生が対峙する。
学内ランク第六位《劫風》コスモクロア=ジェイド
対
学内ランク第四十位《白夜》ヤクモ=トオミネ
互いに《偽紅鏡》を展開する。
兄妹はやはり、手を繋いで。
「抜刀――雪色夜切・赫焉」
雪白の打刀と。
「嵐を起こせ――ビリジアン・ウィップ」
翡翠の鞭。
ヤクモの周囲で純白の粒子が舞い。
「向かい風に注意しろ。なにしろ私の風は、少しばかり鋭い」
嵐が具現する。
彼女を中心として、風が荒れ狂う。
魔法だ。
だが――。
『さすがに戦法が筒抜けですね』
そう。
ヤクモをただの夜鴉だと侮っていた者達も、これまでの戦いを通して実感したことだろう。
彼らの刃は自分達に届くのだと。
まともな強者なら、対策を講じる。
どんなものにでも弱点はある。
魔力の塊があれば、そこに綻びがあるように。
彼女の風は渦を巻くように発生している。
つまり、絶えず回転しているわけだ。
言い換えれば、綻びが絶えず移動している。
トルマリンのように意図的に綻びの位置を調整するのは難しいが、これならば彼の防壁以上の効果を発揮できる。
なにせ動き回る綻びだ。捉えて斬るのは容易ではない。
更には、嵐は一見して一つの魔法なのだが、その実違う。複数の『風』を重ね合わせるようにしてこの嵐は作られているのだ。
たとえ斬っても、一番外側が弾けて消えるだけ。
後には何重もの『風』が残る。
そもそも、この風はヤクモの接近を許さなかった。
凄まじい風圧。凄まじい向かい風。
「吹き飛ばされず、微塵に刻まれるなよ、ヤクモ」
更には、風刃まで飛んでくる始末だ。
身体が浮き上がる程の暴風では身体を思い通りに動かせない。
『……大雑把に見えて、抜け目がなさ過ぎます』
彼女も風紀委の一員。トルマリンやスファレと同じ領域の強者。
この程度、出来ない方がおかしいというもの。
ヤクモは笑う。
雪色夜切を構える。
「いざ、尋常に」
雪の色をした、純白の粒子達に命令を与える。
嵐の中に、少年は踏み込んだ。




