70◇因縁
《黎明騎士》に、訓練生とはいえ圧倒的な力で学内ランク一位を誇るグラヴェルとルナ、そしてトオミネ兄妹。
その戦力をどう計ったか、セレナは面倒くさそうに肩を落とす。
「ここまで攻略が面倒になるなんて思わなかったなぁ。でも、その方が落とした時に気持ちいいかも?」
セレナの余裕を、ルナが笑う。
「人間相手に欲情? きみってば変態だね」
「愛情、だよぅ。人間は《偽紅鏡》を可愛がらない人の方が多いみたいだけど、魔人は人間の男を愛せるの。優しいでしょう?」
「その上から目線がむかつくよ」
「変なブス。上から目線も何も、セレナは人間より上位の存在なんですけど?」
「そう。参考までに教えてくれる? きみは千年級? 百年級 それとも……十年級?」
セレナが笑みを消す。
人間側が設定した魔人の区分は脅威度順である『級指定』だが、魔人側が自身らを表す区分は違う。
どれだけこの世界で生きているか。
悠久を生き、弱者は淘汰される魔人だからこそ、生きた年数がある程度実力を判断する基準になるわけだ。
ルナは今、セレナを挑発した。意図的に区分を二つ、無視したのだ。
万年級、そしてそれを超え最早死を超越したと言われる不滅者。
更に、 十年級を候補に入れた。
魔人からすれば、生まれて間もない赤子のようなもの。
そうである可能性を人間に指摘された。
「よちよち歩きって言わないでよ。セレナ、その呼び方嫌いなんだぁ」
ヘリオドールがぴくりと肩を揺らした。
ヤクモもその気持ちを理解出来る。
『……十年級? あの女、これだけの力があって百年生きてないんですか!?』
壮年の魔人の方が余程長生きだったわけだ。
彼の言っていた言葉を思い出す。魔人は成長限界点より先へは進めない。だから格上を相手にすれば諦める。生きた年数はあくまで指標であって、絶対的に格を分けるものではない。
彼女のように、百年を生きずしてこれだけの力を持つ者もいる。
セレナはヤマトについて語っていたが、それも百年未満の過去の話をしていたのか、それとも伝聞を経験のように語っただけなのか。
「十年級は十年級でしょ。あれ、でもおかしくないかな? 赤ちゃんがペットを飼うとか、百年早いんじゃないの?」
「――舌を引き千切ってあげる」
『あの子、なんで挑発なんか!』
アサヒは気が気でない様子。
だがヤクモにはわかる。戦い方を見る限り、確かにセレナは未熟だ。攻撃されても命の危機を感じるまで避けようともせず、避けたら避けたで過剰に距離をとっていた。攻撃は強力だが大雑把で、少し通じないと、魔法の性能に頼った大技で切り抜けようとする。
強大な力を持った子供というのが相応しい。
未熟な強者。厄介だが、付け入る隙きがあるとすればそこだろう。
実際、挑発によって彼女の意識はルナに釘付けになっている。
ヤクモとヘリオドールがその間に動けるわけだ。
「セレナはそこまで馬鹿じゃないよ?」
ぐんっ、と彼女の首がヤクモに向けられた。
「きみは強い。認めてあげた。だから、近づけさせない。言ったよね?」
セレナの腕が、ある方向へ向く。
「仲間を見捨てられないヤマトの戦士くん、頑張って」
ネフレン達に向かって高威力の魔法を放つ気だ。
彼女はヤクモを警戒すべき相手と認めた。
そしてヤマトの性質も知っている。
「ヘリオドールさ……ん」
土の壁で仲間とセレナを隔ててもらおうと彼に視線を飛ばし、唖然とする。
その胸に、黒い槍が刺さっている。
彼は倒れなかったが、苦悶の表情を浮かべなんとか耐えているといった様子。
魔法の展開は一瞬の差で間に合わないだろう。
――いつ投げたんだ!?
「誰もがきみみたいに、避けるのが上手なわけじゃあないんだよ」
笑うセレナにルナが斬りかかる。
ヤクモは魔法の軌道上に身を晒すように駆け出す。
「セレナが赤ちゃんなら、君たちはまだ世界に何の影響も及ぼせない胎児でしょ」
「ハッ! 胎児の時間稼ぎのおかげで、お前さんは屍を晒すことになんだぜ?」
空から太陽が落ちてくる。
和装の麗人、ヤクモ達の師、《黎明騎士》第三格。
《黎き士》ミヤビ・チヨペア。
担当箇所の魔人を倒し、ここへ駆けつけてくれたのか。
ヤクモ達が紡いだ時間は、無駄ではなかったのだ。
「一刀落日、喰らえよ魔人」
ミヤビの大太刀は、太陽の如く光を放っている。
その輝きにセレナは目を眇め、忌々しげに唇を噛んだ。
「……魔力炉、が」
魔人は闇の中に在ってこそ魔力を生み出すことが出来る。
ミヤビとて擬似的な太陽とでも言うべき剣戟は長時間維持出来ない筈だが、そんな時間は必要無い。
後はただ、斬るのみ。
「あ~~~~もうっ! あと少しだったのに!」
「あぁ、その少しが為にあたしらは戦い、その少しを稼ぐ為に命が失われ、そうして繋がれた僅かな時を以って、人類の刃は魔族を斬るのさ」
「セレナは――斬られないよッ!!」
ミヤビの刃は、セレナを斬る筈だった。
彼女の姿が消えた。
残った全ての魔力を一挙に開放するのが、一瞬だけ見えた。
『……空間移動で逃げたんですね。全魔力を使ったとすると……もう追えないでしょう』
アサヒの言ったことに、ミヤビも思い至ったらしい。
「んあぁ~~~。情けねぇ! 済まねぇお前ら! あんな決めセリフ吐いておいて取り逃がしちまった! あぁクソ! 好きに責めてくれて構わねぇ!」
何を言っているのだ。
ただの刃の一振りで、あの魔人を人類領域から追い払った。
その凄まじさに憧憬の念を抱くことはあっても、責める気など湧いてこない。
『えぇい使えない女ですね! 折角兄さんが必死で繋いだ時間を無駄にしおって! 無駄巨乳! 無能おっぱい!』
妹は全力で責めていた。
だがそれも、安全が確保されたからこそ言えることだろう。
グラヴェルの身体を使うルナは、バツが悪そうに立っている。
今になって、姉を助けにきた件をどう説明したものかと悩んでいるのかもしれない。
本来、彼女はこの戦いに召集されていないのだ。
五色大家の権力か、それとも別の方法によるものか、とにかく姉の参加を遅れて知り、急いで助けに向かったのだろう。
何故ならグラヴェルは訓練生の制服ではなく、部屋着だった。準備時間が無かったことが窺える。
「だがその前に治療だな。ヘリオドール! お前さんは自分で治せんだろ?」
ヘリオドールは悔しそうに頷く。
「……あぁ。助かった、ミヤビ」
「はっはっは! 格上は格下を助けてやるもんなのさ!」
ぐ、とヘリオドールが唇を噛む。
黒い槍は既に消えている。彼は自身の手を腹部に当て、治癒魔法を展開していた。
――そうだっ! みんなは!?
ヤクモが仲間の方を向くと、青い制服に身を包んだ少女が仲間達を治療しているところだった。
ルナがぼそりと呟く。
「……『青』の六位だよ。治癒使えるの知ってたから、壁の縁で見つけて連れてきたの」
『連れてきたって、ツキヒは落ちてきましたよね』
引き摺って壁から跳んだのか。
「べ、べつにきみを心配したわけじゃないから! 一位の責務っていうか、四十位の雑魚が功績上げる中で何もしないなんて沽券に関わるってだけ! じゃなきゃ夜鴉なんかに加勢するわけないし! あーあ、つかれたなー!」
ぷいっとそっぽを向く。
これまでの彼女の行動や発言は目に余る。許したわけでもなければ、勝つという意志は変わらない。
だがそれでも、彼女はアサヒを助けにきたのだ。
「ありがとう、ツキヒさん」
「ルナだって何度も言ってるし!」
怒鳴るルナに苦笑し、ヤクモは仲間達の許へ駆ける。




