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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デア・フライシュッツ

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65◇連携

 



 肌がひりつく。対峙しただけで死の未来が脳裏をよぎる。

 雪色夜切・赫焉を構える。

「ふむ。良い目だ。適正な恐怖を抱きながら、それを律する精神を持つ者の目だ。自棄的な者ではつまらない。強き人間は、恐怖を捨てない。素晴らしいよ、少年」

「強き魔人は、どうなんです」

「そこがまたつまらないところでね。魔人には成長限界点というものがある。そこに到達すると、小手先の技術以外での成長は見込めない。その上寿命が無駄に長いものだから、一部の血気盛んな若者を除けばもう皆分かっているんだな。格上には逆らっても無駄。対峙した瞬間に勝敗が見える。実に退屈だろう?」

「……退屈しのぎに人類を滅ぼすんですか?」

「あぁ、そうさ? 人類は個々の脆さを集団化することで補い、世界を手中に収めるところだった。夜が永遠になった後でさえ、しぶとく生き残っている。キミ達の生き汚さが好きなんだ! 無理だと知ってなお道を探す愚かさは愛おしくもある! そして、時折現れる先導者、あるいは英傑! そういった者達との殺し合いは血湧き肉躍る! キミが、せめてその卵であることを祈るよ」

後閃(こうせん)

 滑らせるようにして右足を下げる。合わせるように上体を捻る。二つの動きと連動して、右手だけで握った刃を振るう。斬撃の一瞬前に右足の反動を汲み上げ、捻りの力を加え、腕の振りに連結。

 振り向きざまの一閃は、そうして魔人の胸を切り裂いた。

「――ほぅッ! 予備動作は削ぎ落としたつもりだったのだがネ!」

 その行動に移る前の予兆。大きなところで言えば、殴る為に拳を握るだとか、腕を上げるだとか。

 小さなところで言えば、視線や呼吸、重心の移動や筋肉の微動など。

 近接戦闘を廃した領域守護者には不要とされるスキルだが、剣のみを頼りに戦うヤクモとアサヒには必須の能力だった。

 だが魔人の言うとおり、兄妹の目を以ってしても魔人の動きは目で追えなかった。予兆が無かった。

 それどころか、一歩も動いていないようにさえ見えた。斬る直前まで、視界に魔人がしっかりと映っていたのだ。

 しかし、それでも。

「殺気は隠せてない」

 こちらに死を届けんとする意思が背後に現れたが故に、兄妹は反応出来た。

「あぁ! そうか! だがそればかりは隠せない! だってワタシは、キミを殺したくて堪らないからネ!」

『させませんよ』

 返す刀で彼の首を狙う。

『断頭』

 魔人は後退しようとしたが、失敗する。

「むっ?」

 トルマリンの魔力防壁だ。この場合は文字通り、壁として機能した。

『抜重』

 斬撃を中止し、膝から力を抜く。

 重心が下がり、上体が落ちる。

 ヤクモの頭部があった空間を、赤い槍が貫いていた。

『血です。魔法でしょう』

 胸を切り裂いた時の出血か。この魔人は破壊魔法だけでなく、血も操れるようだ。

「浅知恵ダネ」

飛重(ひじゅう)

 着地と同時に、重心を後方へ移す。

 蹴られたのは、完了と同時。

「キミが戻ってくるまでに他の者を殺しておこう。邪魔の入らないように、ネ」

 巨人にでも蹴られればこうなるだろうかという程の衝撃。

 身体が吹き飛ぶように上空へ舞い上げられる。

「トルッ!!」

 トルマリン先輩などと呼んでいる余裕は無かった。

 彼の反応は迅速。

 ヤクモは中空で体勢を立て直す。

 天空から斜めの位置に壁があれば、そこに着地出来る。

 そのように身体を準備し、そして壁は在った。トルマリンが絶妙のタイミングで展開したのだ。

 衝撃を膝から足先へと逃し、残りの反動で壁を蹴る。

 グン、と加速。

「アサヒ、あれを」

『……承知』

「白銀刀塚(かたなづか)

 赫焉が雪色夜切を象る。その数、十二振り。

 それが空から地上へ、ヤクモから魔人へ、降り注ぐ。

「なんだい、これは」

 驚きからか、いつでも殺せるという余裕からか、魔人は仲間へ向かっていく歩みを止め、それを眺めていた。

 刃を振り上げる。

 背後から魔人を真っ二つにする軌道。

「予備動作も殺気も見えはしないが、風の音は聞こえるヨ」

 振り向いた魔人の腕が、刀へ向かって伸びる。

 だがヤクモは止まらない。

 止まる必要なんて無い。

 魔人の背中が切り裂ける。

「――――」

 トルマリンの魔力防壁が展開され、それを蹴って彼の背後への移動。

 天地を逆にした体勢から、刃を天に向かって振り下ろしたのだ。

「着地まで生きていられるカナ?」

 魔人はまだ笑っている。だが殺気は先程までの比ではない。

「それは僕が? それともあなたが?」

「ジョークのセンスまであるとはネ!」

 血の剣を生み出した魔人はそれを握り、ヤクモに刺突を放とうとした。

 その眼前で、光球が弾ける。

「な――」

 魔人は世界を見るのに光を必要とはしない。だがそれは見方が違うというだけで、見え方が大きく異なるというわけではない。彼らの王が太陽を隠した理由は、魔力が生み出せないというだけではないのだ。

 彼らにとって太陽の光は、眩し過ぎたのである。

 目が眩んで、視界が漂白される程。

 スファレにはずっと魔力を練ってもらっていた。魔人の反応速度ならば展開と同時に魔法を破壊される恐れがある。だが今この瞬間、魔人は意地になってしまった。二度も自分の裏を掻いたヤクモ達を着地の前に殺そうと。意識はヤクモに集中し、身体は突きの準備段階。

 その所為で一瞬の隙きが生まれ、その一瞬で光は爆ぜた。

「見えずとも――!」

 ヤクモを殺すくらい出来るのだろう。分かっている。

刀葬(とうそう)

 十二振りの刀が地面から引き抜かれ、ひとりでに動き出す。鋒を魔人へと向け、一斉に飛びかかる。

「小賢しい!」

 魔人がおそらく、破壊の魔法を展開した。空間を押し潰すような、いびつな音が響く。

 だが刀は一振りも欠けない。

幻刀(げんとう)

 全て非実在化を済ませていた。

「刺さりは――」

 しないだろう。魔人の魔力強化によって皮膚さえも硬質化しているだろうから。事実、二度の斬撃も皮を薄く裂くに留まっていた。

 もちろん、実体があればだ。

 実体を持たぬ刀の群れが魔人に突き刺さると同時、ヤクモは非実在化を解除。

 途端、刃は彼の体内に在ったこととなる。

 魔人の動きが一瞬硬直する。

 その硬直を狙って、彼の立つ地面から衝撃波が噴き上がった。

 ネフレンの魔法だ。

 刀で串刺しになった傷口が、衝撃によって急速に広がる。体中至る所から血が噴出する。

「ッ!?」

 回復に気を回さなければならなくなったのか、ようやく魔人は後退しようとしたが、遅い。

(のが)しはしない」

 トルマリンの魔力防壁が展開されていた。

 箱に閉じ込められるような状態。

 体中に突き刺さった刀と箱の狭さ、自身の体勢が災いして、身動きはとれない。

 それでも彼には破壊の魔法と血を操る魔法がある。

 発動する一瞬はだが、与えない。

 彼の下腹部に風穴が空いていた。

「今度はわざと喰らったようには、見えねぇな」

 スペキュライトの魔弾。神速にして必中の弾丸が貫いたのだ。

 魔力炉の消失。

 魔人は悩んだ筈だ。

 身体の再生を優先させるか、魔力防壁の突破を優先させるか、あるいは死を受け入れてヤクモだけでも殺そうとするか。

 彼が選んだのは最後者(さいこうしゃ)

 いまだ視界が霞む中、ヤクモに向かって突きを放つ。

 その刀身に、ヤクモは降り立った。

 分かっていた。魔人がそう選択することは。

 それを前提に体勢を整えていた。

 腰溜めからの一刀。

 魔人は表情を歪め、刹那、満足げに笑う。

「お見事」

 首を刎ねる。

 箱の中で飛び跳ねた首が、転がる。

 着地。

「……勝った、の」

 ネフレンが信じられないといった様子で呟く。

 再生する様子は無い。殺気も完全に消失していた。

 呼気を漏らす。

「あぁ、僕らの勝ちだ」


 


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