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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
ファイアスターター

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52/307

52◇姉妹

 


「ひどい……」

 前のパートナーの痛ましい姿に、モカが顔を覆ってしまう。

 スファレが救護班を大声で呼んでいる。

 ヤクモの腕の中で、ネフレンがうっすらと目を開けた。

「……や……くも……?」

「……あぁ、僕だよ」

「でも、なんで……アタシ、まだ、負けて」

「そうだね。君は負けてない。大丈夫だ、ネフレン」

 ルナは人を見下し、嘲り、手を抜いて戦い、弄んだ上で放り投げた。

 それでもネフレンは、その絶望的な力を前に屈しなかった。

 心が負けていない限り、真の敗北は訪れない。

「はぁ? 雑魚が雑魚慰めてるとか笑える。傷の舐め合いなら壁の外でやってもらえるかなぁ?」

 ルナが手すりに立っていた。

 グラヴェルではなく、ルナ自身の体。

「訂正しろ。ネフレンは弱くない。僕も、僕の妹だって」

 ヤクモが睨みつけるも、ルナの笑みは変わらない。

「おにいさんさ、ルナを使うのはどう?」

「――――は?」

「そこの不良品と違って、ルナなら折れないよ。魔法が使えないのはヤだけど、おにいさんなら魔法無しでも戦えるでしょ? ちょっと面白いかもって、思わない?」

 何を考えているか、まるでわからない。

 今の言葉だけで、どれだけの人間を蔑ろにしたのか。

 姉を不良品などと宣い、ヤクモの十年を面白いかもの一言で片付け、自分の《導燈者イグナイター》を捨てる仮定を平気で口にする。

「お断りだ。心を容姿で交わさないように、魂も性能で結び合うわけじゃない。その程度のこともわからないような人間と、組みたいとは思わないよ」

 すると、彼女は瞬く間に表情を歪めて、舌打ち。

「はぁああ? このルナちゃんが、オブシディアン家の人間が、囲ってやるって言ってるんですけど?」

「……可哀想に」

 ヤクモの哀れみの視線に、ルナは怒気を露わにする。

「あ!?」

「今まで家名の前に膝を屈する者ばかりだったから、気づけていないのか。悪いけど、きみ自身に醜さは感じても、魅力は感じない」

「~~~~ッ! なにそれ。なにそれなにそれなにそれ! はぁ!? ムカつく! 人間以下の夜鴉のくせにえっらそうに! たまたま黒点化したからって、その欠陥品がルナより良いわけないじゃん! 馬鹿でも分かるようなことなのに、ほんっと救いようなさすぎ! 理解できない!」

「……あと一度でも家族を愚弄してみろ」

「どうなるっての? 決闘? いいね! 今すぐやろうよ!」

「大会規約によって、予選参加者は期間中の決闘を禁じられていますわ」

 窘めるようにスファレが言う。

 救護班がやってくるのが見えた。

「きみには話しかけてないんだけど!? 一回戦で脱落したモブキャラがルナの邪魔しないでくれる? 端っこの方で黙って見てるのがお似合いでしょ!」

「――ツキヒ、やめなさい」

 アサヒが声を掛ける。

「だからッ! その名前で呼ばないで! 頭悪いの!?」

「ツキヒはツキヒでしょう。お母さんがつけてくれた名前を、どうして捨てるの」

「きっもいからに決まってるでしょ! あの女あからさまに夜鴉みたいな名前つけて! お父様だって賛成してくれたもん!」

 唾棄するように叫ぶルナに、アサヒの表情が曇る。

「……お母さんを、あの女だなんて言わないでよ」

「指図すんな! 昔から気に食わなかったんだよ、きみ。オブシディアン家に相応しいのは、その髪の色だけ! それ以外は全部ルナにあった。全てにおいてルナが勝ってた! なのにいつもいつも姉面しちゃって! ルナはきみなんかいなくても完璧だっていうのに!」

「……なら、どうして今になってわたしに関わろうとするの」

「苛々するんだよ! あの女と同じ目でルナを見ないでよ! きみ、ルナを下に見てるでしょ! 有り得ないし! 許せないから! 這い蹲って見上げて、自分が下なんだって自覚させたいの! わかる!?」

「……わたしにどう思われるかが、そんなに重要?」

「な、あ、ち、違う! ルナはただ雑魚が調子に乗ってるのがイヤなだけ! 黒点化したからって、ルナに勝てるとか思ってるでしょ? ゴミはどこまでいってもゴミなんだって教えてあげる!」

 もう、聞くに堪えなかった。

 駆けつけた救護班にネフレンを任せると同時、ヤクモは動いていた。

 跳ぶ。左足で手すりに着地。跳躍の威力を回転に変換、右足での回し蹴りを放つ。

「うっ……!?」

 驚愕と恐怖に歪むルナの顔。

 その手前で、ヤクモの足は止まっていた。

「いつ気づくんだ。弱いのは周囲じゃなくて、きみの心なんだと」

「――――ッ、きみ、死んだよ」

 羞恥に顔を赤く染めたルナが、射殺さんとしてヤクモを睨みつける。

「試合で、言わせよう」

「あ?」

「きみに『負けました』って言わせると、そう言ったんだ」

「…………身の程知らずの大言壮語は、あとで恥を掻くことになるよ? おにいさん」

「いいや、そうは思わない。僕の妹は武器としても人間としても、きみに(まさ)っているという自負がある」

 ヤクモは言い切る。

 決闘は禁止。故に今ここで彼女と戦うことは出来ない。

 だが、宣言することは出来る。

「……どいつもこいつも(、、、、、、、、)、その女のどこがいいっていうの。ルナの方が……ルナこそが、完璧なのに」

 一瞬だけ、彼女の瞳が悲しげに潤んだように見えた。

 だがそれも、すぐに怒りに塗り戻される。

「僕には、程遠く見えるよ」

「目が腐ってるんじゃないの?」

 ルナは姉を一瞥し、それから後ろに倒れ込む。

 下に待機していたグラヴェルが彼女を受け止めた。

 振り払うようにしてグラヴェルから下りると、ルナはヤクモを見上げて嘲笑を浮かべた。

「きみ達全員、壁の外へ送り返してあげる。夜鴉は夜の闇に還さないと」

「……いい加減にしろ」

「ルナとおにいさんがあたるのには、そっちが決勝に上がってこないと無理だけど。出来なかったら笑うからね」

 自分達が勝ち上がることは確定しているというような口ぶり。

「誰が相手だろうと、僕達は負けない」

「あはは、既におもしろーい。妄言は人種柄? 愛とか根性とか勇気とか! そういうのが役に立つ時代じゃないから、きみ達は壁の外で数を減らすしか出来ないんだって――まだ気づけてないの?」

「安全圏から吠えるのが、随分と好きなようだね」

「天才に生まれるのは罪?」

「君が思う程、君は強くない」

「こっちのセリフ。もういいよ、バイバイ」

 会話を打ち切り、ルナは去っていく。

「……ごめんなさい、兄さん」

 消沈する妹の頭をそっと撫でた。

「アサヒが謝ることない。勝とう、僕らで」

「はい……えへへ」

 妹は笑ったが、その瞳にはまだルナを心配する色があった。

 険悪というより、ルナが一方的に姉を目の敵にしているようだったが、何があったのか。

「それより、あの貧乳が気になりますね。死なれたら寝覚めが悪いですし」

 妹の声によって、一行(いっこう)は既に運び出されたネフレンの安否確認に向かった。




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