302◇訪問
家に帰ったら世界最強のサムライと特級魔人がいた。
同居人のモカは緊張で涙目になっている。
隣の妹は大激怒。
ヤクモは当然、説明を求める。
「説明ねぇ。男なら、はぁれむを喜ぶべき状況じゃねぇか?」
兄妹の師であるミヤビは、からからと楽しげに笑う。
だがヤクモにはちゃんと見えていた。
ミヤビは現在、妹のチヨを武器化している。
楽しんでいるように見えて、警戒を怠っていないのだ。
「兄さんは一夫一妻制です!」
アサヒが叫ぶ。
「うっさいよブスヒ」
「わたしはアサヒだ!」
アサヒはセレナの角を掴み、ヤクモから引き剥がそうとしている。
だが、魔力炉を抜き取られてる状態でも、セレナは特級魔人。
その身体能力は凄まじく、びくともしない。
「手、離してくれない? ヤクモくんに免じて、一回目は特別に許してあげるからさ」
「わたしも兄さんに免じて一回だけ見逃してあげましょう。さっさと離れなさい。次は殺します」
「カタナはあくまで武器でしょ。武器は何も殺さない。使う者がいないとね。そしてヤクモくんにとってセレナはまだ利用価値があるから、殺せない。けつろーん、きみにセレナは殺せないね」
「んぐぐ……!」
アサヒが悔しそうに歯噛みする。
ヤクモは一瞬で考えをまとめる。
セレナは魔人だ。人とは考え方が異なる。彼女は自由で、彼女は予想がつかない。だが今はヤクモの協力者という立場にある程度満足しているようだ。アサヒというより女性全般に厳しく、セレナの基準で可愛いものや美男子に興味を示す。ヤクモが美男子かというと首を傾げざるを得ないが、セレナの興味は引けているようだ。
「セレナ」
「なぁに、ヤクモくん」
ヤクモの胸に半ば顔を埋めていたセレナが、上目遣いにこちらを見上げる。
「君と僕は、協力者だね」
「うん」
「だから、家に訪ねてくるのはいいけれど」
「おじゃましてまーす」
「いきなり抱きつかれるのは、困るよ」
「どうして?」
「君は女の子じゃないか」
ヤクモの答えに、セレナは目を丸くした。
それから、にんまりと笑う。
「君は本当に、退屈しないね」
そう言ってヤクモからそっと離れた。
確かに、都市に甚大な被害を及ぼした特級魔人を、一人の少女のように扱うのは、ある意味異常だ。
おそらく、この都市ではヤクモくらいだろう。
自覚はあるのだが、自分がこの魔人を協力者に引き入れた以上、当然の対応であるとも考えていた。
大罪人であろうと、協力者であるならば、対等な一個人として扱うべきだ。
セレナはスカートの裾をそっと掴み、その場でくるりと一回転。
「じゃあ、女の子扱いしてもらおうかな。どう? ヤクモくんにもらった服、着てきたよ」
「……似合っているよ」
ヤクモはアサヒの機嫌が悪くなっていくのを感じながら、素直に感想を口にする。
「あは、嬉しいかも」
「……魔人にそんな乙女心が搭載されてるんですか?」
アサヒがセレナを睨んでいる。
「君の妹は酷いことを言うね、ヤクモくぅん」
「兄さんに甘ったるい声を向けないでください!」
「セレナが誰に何を言おうがセレナの自由なんだけど?」
「人の恋人に手を出すのは、人間の世界ではルール違反なんです!」
「恋人? 誰と誰が?」
「わたしと兄さんです! むしろ婚約者といっていいでしょう!」
「君、頭でも打った? 人間ってその程度で死んだりおかしくなったりするからねぇ」
「わたしは正常だ!」
「アサヒ、落ち着いて」
ヤクモがアサヒの背中を撫でると、アサヒはしゅばっとヤクモに抱きついた。
「兄さん! この魔人に言ってやってください! 兄さんが誰のものなのかを!」
「……確かに、大会で優勝したらアサヒと付き合う、という約束をしているよ」
ヤクモの発言に、セレナはぱちくり、と瞬きをしたものの、大きな反応はしない。
小さく頷いて微笑むのみ。
「そうなんだね。わかったよ、ヤクモくん」
「ふんっ! ようやく理解しましたか!」
「大丈夫、セレナは気にしないから」
「気にしなさいっ!」
このままでは話が一向に進まないので、ヤクモはアサヒをそっと横抱きにした。
お姫様だっこ、というやつである。
アサヒは驚いたような声を上げるが、すぐに大人しくなる。
セレナに見せつけるような笑みを向けている気がするが、放っておく。
そのままミヤビの対面まで来ると、アサヒを座らせてから自分も腰を下ろした。
「あーずるーい。セレナもそれやってほしいなぁ」
セレナが唇を尖らせながら、アサヒとは反対側の、ヤクモの隣に腰を下ろす。
「これは妹限定です」
「君に言ってないから」
「わたしは兄さんの対女性窓口担当です」
「――師匠」
二人の会話を遮るように、ヤクモは師匠に声を掛ける。
「なんだい、モテ期到来の愛弟子よ」
「アルマース組との試合で、セレナを連れてきていましたね」
真面目な話題になったと分かったのか、アサヒもそれ以上言わずに静かになる。
セレナがヤクモの腕をとって絡みついてきたが、これも放置。
アサヒは叫ぶ代わりに、負けじと密着してきた。
モカは師匠とセレナの分のお茶を卓上に置いてから、兄妹の分を淹れるべく台所へ向かう。
彼女が進んでやってくれてるとはいえ、この状況では緊張も相当だろう。あとでしっかりと労わねば、とヤクモは心に留めておく。
「あぁ、その魔人に、ちぃとばかし借りが出来てな」
「はぁ? 命を救われた恩って、人間にとって重いんじゃないの? 『ちぃとばかし』ってのは、格好つけすぎでしょババア」
セレナが不満げな声を上げた。
「ちょっと待ってください。命を救われた? 一体何があったんです?」
どう説明したもんか、とミヤビは自分の顎を一撫で。
「ランタンって魔人がいたろ? 《耀却夜行》の連中が、あれを取り返しに来てな」
《アヴァロン》という都市で捕らえた魔人だ。
彼女の所属する《耀却夜行》は魔王直属の集団で、メンバーにはヤマトの青年アカツキもいた。
「過去形のようですけど、一体いつの話なんですか」
「このババアがね、ヤクモくんの試合は邪魔したくないとか言うからさ、セレナが手伝ってあげることにしたんだよ。で、ババアが死にかけたところを、セレナが助けたってわけ。ねぇ、えらい?」
ミヤビの説明を聞くと、セレナの話は概ね正しいようだ。
アカツキ組もまた黒点化を果たしており、《黎明騎士》相当の使い手だった。
更には、敵側に特級魔人も確認されたという。
セレナの手で二体の魔人が討伐されたが、ランタンは奪還されてしまった。
「……師匠」
「言い訳するとだな、お前さんの邪魔をしたくないとか抜かしたのは、その魔人の方だぜ」
セレナを見ると、ニコッと笑う。
「ヤクモくんには、一番になってもらわないとね。余計なところで消耗されるのは困るよ」
彼女が敵の侵入なり襲撃に気づいたとして、ヤクモに知らせないことを条件に情報提供を申し出れば、この都市は断れない。
「僕の心配をしてくれた、ということかな」
「うん……って言いたいけど、セレナに勝った人が他の人間に負けるのが許せないってだけ」
魔人らしい、と言っていいのか。
とにかく、そういう事情でヤクモ達に声を掛けられなかったようだ。
師匠あたりなら、それでも必要とあればセレナの意向を無視しそうだが、しなかったということは彼女も納得済みなのだろう。
「師匠……弟子の言うことではないかもしれませんが、次からは声を掛けてください」
ヤクモは真面目な声で言う。
ミヤビはバツが悪そうな顔で頭を掻いた。
「わぁってるよ。カエシウスの奴に一発食わされた時といい、今回といい、情けないお師匠さんで悪いな」
かつて魔人カエシウスは、自分の支配する廃棄領域で、ミヤビを殺したと宣言。
チヨだけを《カナン》に返し、他の戦士たちを廃棄領域に誘い込もうとした。
そして今回、死の間際までいき、セレナに治癒されたという話。
ミヤビは、二度もヤクモに心配を掛けたことを恥に思っているのか。
「そんなふうには思っていませんよ。師匠のおかげで今があるんですから」
ヤクモの言葉に、ミヤビは唇を歪めるようにして笑う。
「泣かせること言うんじゃねぇよ。抱きしめるぞ」
ミヤビがそう言った瞬間、アサヒとセレナから鋭い視線が放たれた。
そんな二人に、師匠は笑う。
「息ピッタリじゃねぇか、お前ら二人」
「有り得ません」
「ブスと同列に扱わないでくれる?」
ミヤビは再び笑ってから、茶を啜る。
そして、真剣な表情になって言った。
「こいつを連れて来たのは、褒美代わりってのもあるが、少し気になることを言い出したもんでな。お前さんには聞かせておこうと思ったのさ」
アルマース組との試合観戦を許したのも、今日ここに連れてきたのも、命の恩人だというセレナへのご褒美――というわけではなく。
特に今回の訪問に関しては、別の理由があったわけだ。
「なんでしょう」
答えたのは、セレナだった。
「試合の日だけどさ、一瞬感じたんだよね」
「感じた?」
「そうだよ、ヤクモくん。この都市の中に、魔人みたいな反応を、さ」
書籍版2巻発売まであと4日!!!!!!!!!!
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