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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・レイヴン/トライ

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288/307

288◇天秤




 赤銀の魔人ビスマスとセレナの視線が交わされたのは、実際には一瞬程度のことだった。

「……よかろう。こちらは四、貴様らは二の駒を損なわずに済む。相違ないか」

 ランタン、全裸女、そしてアカツキとミミで四。ミヤビとチヨで二。

「分かりきったことは言わなくていいから、さっさと消えなって」

十年級(トドル)風情がよく吠えるものだ」

「その首噛み千切ってあげようか」

「フッ」

 ビスマスは何を思ったか、小さく笑った。

 アカツキとミミの身体が宙に浮く。

 『風』魔法だ。

「魔王に従う人間、《黎明騎士デイブレイカー》を庇う魔人。この時代は、退屈せずに済みそうだ」

「勝手に満喫してろよ、おじいさん」

「次はその命、貰い受ける」

「誰があげるかバーカ」

 ビスマスの身体も浮き、彼らはそのまま闇の中に消えていく。

「待っ、逃がす……わけにゃ」

「うるさいよババア」

 セレナが杖代わりとなっていた太刀を蹴ると、ミヤビはそれだけで体勢を崩して倒れてしまう。

 普段ならば絶対にこんな醜態は晒さない。

 ミヤビの身体はとうに限界を越えていた。今生きているのも不思議な程。人間の脆さを知っているセレナからすれば、その生命力はとても自分が殺してきたゴミ共と同じとは思えない。

 呆れる頑丈さだ。

「てめぇ……」

 まだセレナを睨む力も残っているらしい。

「死にたくないなら黙ってなよ」

 セレナが屈んで彼女に手を伸ばす。

 反射的に警戒心を見せたミヤビだったが、即座にそれを解く。

 身体に染み込んだ反応と、それを瞬時に御し切る精神力もまた人間離れしていた。

「クソ……」

 ミヤビが素直に仰向けに倒れる。

 どこにそんな元気が残っているのか、拳を地面に叩きつけるミヤビ。地面が拳大に陥没。余程悔しいらしい。

 彼女の傷口に手をあて、『治癒』を施す。

 太刀が人間状態に戻り、ミヤビの傍らに膝をつく。

「……セレナ、貴方」

「うるさいよ。圧し折られたくなかったら黙ってて」

 『治癒』を中断されるわけにはいかないからか、チヨは素直に口を閉ざす。

 言いたいことは分かる。だが言われたくない。

 自分でも答えがよく分からないから。

 セレナは美しいものが好きだ。美しいものを作る者と、美しい顔をした男。これがあればいい。

 戦いで満たされる魔人という生き物の中にあって、セレナは異物だった。

 強さにこだわりを持つ魔人にとって、セレナの『万能』という魔法は蔑みの対象となった。

 自ら何かを生み出すことが出来ず、これまで目にしてきた魔法を劣化させて再現する魔法。

 思想も魔法も魔人らしくないのに、強さだけは冠絶している。

 さぞかし疎ましかったことだろう。それでも強かったから従う者は沢山いた。

 人間との戦いで命を落とした部下は大勢いたが、助けられるタイミングがあっても見捨てていただろう。思い入れなんてないから。

 じゃあ、何故この人間を助けた。

 魔人らしくない? 違う。セレナらしくない。

「……お前さん」

 ミヤビだ。気持ちの切り替えが済んだのか、もう落ち着いている。

「半死人は大人しくしてろよ」

「ヤクモに執着してんのは、ほんとらしいな」

 傷は急速に癒えているとはいえ、その顔は蒼白。だがミヤビは楽しげな笑みを浮かべている。

「はぁ? なんでそこでヤクモくんが出てくんのさ」

「てめぇで考えな。脳みそ使えよ」

 くっくっくと、ミヤビは愉快げ。

 ……いつだったか似たようなことをセレナが言った気がする。こんな時に意趣返しとは、このババアに殊勝な態度など期待するだけ無駄なのだろう。

 この女を助けてしまったことが、ヤクモに関係ある……のだろうか。

 ――ッ!

「そっか……」

 思い当たる。

 ランタンと全裸女を捕らえていた位置からぼんやりとアカツキとミヤビの戦いを眺めていたセレナは、ミヤビが死にそうになり、他の魔人が接近してることに気づいた時には移動していた。

 上手く分からないが身体が動いた。

 身体の動きに大きく遅れて、脳が理由を描画。

 こういうことだ。

 そもそも、ミヤビ組とセレナだけが此処へやってきたのがヤクモの為。

 彼を大会本戦に集中させる為に、秘密裏に問題を処理しようとしたわけだ。

 それだって、セレナに勝利したヤクモが人間同士の戦いで敗北するなんて許せないから。

 つまり、これも同じ。

 あそこでミヤビが死に、敵のヤマトだけ助かった場合。ビスマスとヤマトと戦うことになっただろう。別にそれはいい。

 問題は《カナン》に齎される影響。

 わざわざランタンと全裸女を返す理由もないから二体は殺すとして、ミヤビと相打ちに持ち込んだヤマトに加えビスマスと相手取るのは厄介。

 どちらが勝利するにしても、ミヤビの死は知れる。

 最悪の場合、同じヤマトに殺されたという情報も。

 ランタンの記憶を抜いたことでセレナは知っているのだ。そのヤマトは名をアカツキといい、ヤクモとの戦いを生き延びている。

 そのことを一体どれだけヤクモに隠せる? 大会とやらは一日二日では終わらない。どういう伝わり方をするにしろ、彼のコンディションに多大な影響が出ることは必至。

 そもそもが心とやらで強くなる戦士なのだ。逆も十分有り得る。

 ミヤビの死は、ヤクモの精神衛生によくない。そういうことなのか。

「…………」

 セレナの胸に去来したのは、安堵に近い感情。

 自分が分からない、変わってしまったのかという困惑からは抜け出せた。

 人間の抱える情のようなものが芽生えたわけではない。

 自分は自分のまま、この女の命を拾ったに過ぎないのだ。

「あいつは、あたしが死んだくれぇで弱くなるような奴じゃあねぇけどな」

「はっ、じゃあ今からでもセレナが殺してあげようか?」

()るってんなら構わねぇよ。あたしとしちゃあ、やり辛いがな」

「はぁ?」

「てめぇが何考えてようが、どんだけむかつく魔人だろうが、命の恩人だ。首を刎ねるのは、ちと胸が痛む」

「ほんとむかつくよきみ、どこがってその状態でセレナに勝てるつもりでいるところがさ」

「助かったぜセレナ(、、、)。この恩はどこかで返す」

 ミヤビが軽薄に笑う。

「キモ過ぎるんですけど?」

 鳥肌が立った。

「情けない限りだが、帰るしかねぇな。あ、当たり前だが魔力炉抜いてまた牢に入れるからな」

「感謝してる奴のセリフじゃないよね」




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