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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・レイヴン/トライ

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278/307

278◇交差

 



「ぐぐぐ……」

 地下牢から《タワー》の一階に出た兄妹。

 先程からアサヒの機嫌が悪い。

「あのセレナとかいう魔人、どうにも気に食わないです」

 アサヒの気持ちは分かるどころか、彼女の反応でもまだ優しい方と言えた。セレナがこの都市にもたらした被害を思えば、いまだ生かしていることの方がおかしい。彼女の協力によって得られる恩恵がいかに大きかろうと、それはあくまで理性的な判断。政治的な選択。

 だが被害者や彼ら彼女らを大切に想う者達からすれば、到底許せることではない。ヤクモ自身、父を殺めたクリードと対峙したから分かる。憎しみは、あらゆる理屈に優先するのだ。

 ましてや彼女は自分が悪いことをしたとも思っていない。

「アサヒの感覚は、正しいと思う」

「……嫉妬とか抜きにしてですよ? もちろんそっちの方でも気に食わないどころではないですが」

「でも、彼女がいなければ《エリュシオン》は救えなかった。救えてもかなり時間が掛かることになったと思う。そうしたら僕らが《アヴァロン》に行くこともなくて、もっと沢山の騎士が死んでいたかもしれない」

「結果論ですし、それは理屈です。わたしは、心の話をしているんです」

「そうだね」

 アサヒがぎゅっとヤクモの腕を抱くように近づいてくる。

「アサヒ?」

「確認と周知です」

 ふんす、と鼻息を荒くしながら言うアサヒ。

 やはり、セレナのヤクモに対する言動を気にしているらしい。

 そんな妹を微笑ましく思いながら、気恥ずかしさを感じるヤクモ。

「周りの人たちが見ているよ」

「見せつけてやりましょう」

 アサヒがこうなっては言うことを聞かない。ヤクモはすぐに諦めた。


「おやおや、首輪付きと《導燈者イグナイター》が腕を組んで歩くなんて一体どんな変態かと思ったら、きみかトオミネくん」


 少し離れたところから声を掛けられる。

 タワー一階。玄関ホール。任務後の『白』は各班ごとに報告を済ませる決まりになっている。この際に魔獣の種類や脅威度、個人の魔獣撃滅数なども報告し、それが(給料)に影響する。

 白い正規隊員の制服に身を包む彼らには見覚えがあった。特に関わり合いは無いが、夜間の任務時に何度が姿を見たことがある。

 『風』『火』の前衛二組、『光』と『治癒』を持つ一組で構成される《班》だ。少人数構成だがバランスの整った優れた《班》だったと記憶しているが、それと思想は別。

「おつかれさまです。僕らの行動が何か問題ですか?」

「ヤクモくん、だったね。今日はシフトが入っていなかった筈だけど、此処に何の用で来たんだ? まさかデートじゃあないだろう?」

 『風』魔法の遣い手の青年が近づいてくる。表面上は笑みを浮かべているが、好意的でないのは明らか。

「別件で報告しなければならないことがあったので」

「へぇ、さすがは次期《黎明騎士デイブレイカー》だ。僕らのような平隊員には話せないお仕事を任されているらしい」

 ――こんな人だったろうか。

 ヤクモの周囲に特別優しい人間が多いだけで、彼のようにヤマトに否定的な人間の方が多い。《偽紅鏡グリマー》を見下す者の方が多い。

 だが、妙だ。

 ほとんど話したこともないが、彼は一度だって突っかかってきたことは無かった。

 違和感を抱く。

 まるで、話しかける為に尤もらしい理由をでっち上げたような。

「やるべきことをやるだけです。先輩方も同じではないのですか?」

「きみのやるべきことってのは、なんなんだい?」

「おい、その辺にしとけ」

 『火』魔法の遣い手である別の《導燈者イグナイター》がやってきて、青年を止める。

「悪いなヤクモ、こいつ最近嫌なことがあったみたいで気が立ってるんだ」

「なんだよ、少し後輩と談笑していただけじゃないか」

「可愛い後輩を困らせて談笑も何もないだろう。ほら、報告に行くぞ」

 話はそこで終わりとなり、半ば引きづられる形で青年は去っていった。

「兄さん、なんかさっきの人たち変じゃありませんでした?」

「うん。だけどどこが明確におかしいのか、上手く言い表せない感じで」

「《偽紅鏡グリマー》への差別意識から話しかけてきたと思ったら、やけにわたしたちが何やってたか知りたがってましたし、なんなんでしょう」

「分からない……」

 少し考えても答えは出ず、兄妹はそのまま帰路についた。


 ◇


「……お前、馬鹿だろう」

 『火』の遣い手改めアカツキが、呆れたように言う。

「うるさい。此処でこそこそやってるなら、ランタンもいるかもしれないでしょ。探りを入れただけよ」

 ヤクモの仲間に武器を『複写』する遣い手がいたが、今アカツキの仲間がやっているのは生物の『複写』だ。本人の記憶や能力を上書きするもので、これで人間に化ければ魔人とはばれない。それどころか記憶から本人らしく振る舞うことも可能。

 普通にしていれば疑問を持たれることもないだろうに、先程の会話でヤクモは自分たちを警戒しただろう。

「ヤクモは勘が鋭いんだ。さっきので疑問を持った筈だ」

「だから? 疑いが確信に変わる前にランタンを助けて離脱すればいいでしょ。それにしても、こいつら使えないわね。ろくな情報持ってない」

 自分達が複写した六名は、『白』の正規隊員ではあるが階級は高くない。必然、持っている情報もたかが知れていた。

「報告がてら偉そうな奴に『成る』のもアリよね」

「……危険だが、ランタンを救うには近道だな」

「あら、少しは話が分かるじゃない」

「オレだって責任を感じてるのさ」

「仲間見捨てて逃げ帰っておいて、罪悪感一つないって言うなら殺してたわ」

「怖いな」

「思ってもないくせに。それにしても、夜鴉ってなんなの? 弱いのか強いのか分からない種族ね」

「弱いし、強いんだ。分かってくれなくていい」

「あっそ」

 一行は進んでいく。

 そして――。

「――は?」

 全員が己の感覚を疑った。

 ランタンの魔力反応を感知。

 だが場所がおかしい。

 都市の、外で――。




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