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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・レイヴン/トライ

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277◇抽出

 



「終わったよ」

 ランタンの牢に入ったセレナが、あっさりと言う。

 動けはするが、腕や足は拘束されている状態。魔力炉を治すのではなく魔石を渡し、ランタンから情報を引き出すよう頼んだ。

 ランタンからの恨み言は全て無視して、セレナは笑顔のまま。

「《タカマガハラ》だって」

「《タカマガハラ》、だと……?」

 反応したのは、ミヤビ。

「ふふっ、そういえばそこって元々はヤマトの領域だったっけ? 最小にして、模擬太陽さえもない夜鴉の街。よくもまぁ最近まで残ってたものだよね」

「……あそこを襲ったのは、魔王の一派じゃねぇ。普通の魔人だった」

 師の声は落ち着いていたが、殺気を帯びていた。

「あれ、もしかしてきみの出身地?」

 悪気もなく尋ねるセレナだが、師は答えない。それが答えだった。

 《タカマガハラ》は――ミヤビの故郷だ。

 セレナは肩を竦めた。

「ま、いいケド。そうだね、えぇと……? そう、アカツキとかいう子の提案で拠点の一つになったみたいだよ。こういうのも仲間思いって言うのかな?」

 それを聞いたミヤビは、顔を顰める。

「……あの馬鹿」

 報告書にはアカツキの名前も記載されている。一通り報告を受けたのであれば、ミヤビはアカツキが《耀却夜行(グリームフォーラー)》であることも知った筈だ。

 アカツキは去り際に言っていた。ミヤビと同門だと。

 此処に来る道中、ミヤビの方からその話はなかったが……。

「他の拠点は」

「この子が知ってるのは他に三つだね。ただ……」

「なんだ?」

「記憶を見る限り、『彼女』は三年近く動いてない」

「……そりゃ、どういうことだ」

 ヤクモにはピンとくるものがあった。

「アカツキとランタンは、ヴィヴィアンさんを狙っていました。湖の乙女の加護を欲していたとしても、水の入手方法なんて幾らでもある」

「……延命手段を探してんのか」

 ヴィヴィアンが亡き後、アークトゥルスは過去の話をしてくれた。

 始まりの《黎明騎士デイブレイカー》である《騎士王》はアークトゥルス自身。それを成立させていたのがヴィヴィアンの加護。肉体の限界さえも越えて、寿命を延ばす力。

「この子も詳しいことは知らないみたいだけど、仲間たちが各地で不死にまつわる伝説に片っ端からあたってるみたい」

「待って下さい、じゃあ魔王は死にかけてるって言うんですか? 一体何が理由で?」

 アサヒは信じられないといった様子。

「魔人は人間よか寿命が長い。病気になるなんて話も聞いたことねぇが」

「ないね、病気なんてものとは決別した生き物なんだよ魔人は。ただ異能なら効くよ、呪いとか無茶苦茶なやつはね」

「はっ、魔王を呪う奴なら星の数程いるだろうよ。誰のが成功したんだか」

「星を見たことがない人間が言うと面白いね」

 ふと見ると、ランタンがセレナを睨みつけている。それに気づいた彼女は、悪戯っぽく笑っていた。

「セレナ、何か隠しているんじゃないか?」

「え、ヤクモくんセレナのこと疑うの? ひどーい」

 傷ついたような顔で口許を押さえるセレナ。

「『彼女』のことで、僕らに伝えてないことがある。そうだね?」

「どうしてそう思うの、こんなにも協力的なのに。献身的って褒めてくれてもいいくらいじゃない?」

「そうだね。さっきから師匠にさえ協力的だ。きみがそんなに機嫌がいい理由が分からない」 

 ヤクモの指摘に、セレナは唇をむにむにと動かした。

「やっぱヤクモくんは鋭いなぁ。そっかそうだね、ババアに優しくするなんてセレナらしくなかったよね。うっかりしてたよ」

「セレナ」

教えない(、、、、)

 それは結論だった。

 これからヤクモが、人類側が何をしたところで、隠していることについてセレナが口を開くことはない。

「協力するんじゃねぇのか、魔人」

 大太刀状態のチヨを構えるミヤビにも、彼女は動じない。

「嘘はついてないよ、それは本当。陥れようとしてるわけでもない。ただちょっと、言ってないことがあるだけ。なんなら『看破』持ちを連れてくればいいよ、あのチビとか」

 ハッタリ、ではないだろう。

 セレナは仲間ではない。だが協力者として裏切っているわけでもない。

 裏切りにならない範疇で、意図的に伏せている情報がある。

 そして、おそらくわざと、ヤクモに気付かせた。

 些細な違和感も見逃さないヤクモに対し、隠し通すこともセレナには出来た筈だ。

 彼女がヘマとしたというより、気付かないならばそれでもいいといった程度の気持ちだったのではないか。

 ヤクモは違和感に気づいた。そのこと自体に意味がある筈。

 セレナは、この状況を楽しんでいるのだ。

 だが今は、より優先すべきことがある。

「嘘ではないと思います」

「だが、確認しないわけにもいかねぇ」

「えぇ、そうですね」頷く。「それで、次はどうします? 場所と何人かのメンバーは分かった。魔王が動けないというのであれば、《ヴァルハラ》にいるでしょう」

「そうだな……」

 思案顔になるミヤビだったが、すぐに何か思いついたような顔になる。

「お前らは本戦に集中しろ」

「え、それはもちろん全力を尽くしますが」

「必要になったら呼ぶ」

 師の声はどこか素っ気ない。

「師匠、手伝わせてください」

「気遣いだけで言ってるわけじゃねぇ。あたしを信じるか?」

「当たり前です」

「なら、任せろ」

 ――…………。

「え? ヤクモくん酷くない? セレナのことは信じてくれないのに、ババアには即答?」

 大げさに泣き真似するセレナ。

「分かりました。眼の前の戦いに集中します」

 ミヤビは満足げに笑い、ヤクモとアサヒの頭を乱暴に撫でた。アサヒは嫌そうな顔をした。

「よし。取り敢えず、信用ならない協力者を檻に戻すか」

「触んなババア。セレナを閉じ込めるのは、ヤクモくんにやってほしいなぁ」

 相変わらずなセレナに、師は額を押さえる。

 



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