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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・レイヴン/トライ

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273◇銘々(8)

 



 ネフレン=クリソプレーズは食堂である人物を待っていた。待ち伏せしていた、ということになるだろうか。食事が済んだ後もトレイを片付けず、席についてじっと出入り口を観察していたのである。

 目的の人物の部屋を尋ねるという手段もあったが、偶然を装って近づきたかった。

 理由はなんとなくだ。プライド、とも言える。

 そして、その人物はやってきた。

 グラヴェル=ストーン。

 彼女達は領域守護者としては特殊で、主従関係が《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》で逆転している。

 とはいえ関係は良好らしく、彼女に話せばツキヒに伝わるだろう。

 彼女が食堂で注文し、トレイに運ばれてきた料理――おかしい。

 待つことしばらく。グラヴェルが受け取ったのはトレイではなく、紙袋。

 ――え、なにそれ。

 ネフレンが戸惑っている間にグラヴェルは紙袋を持って食堂を出ていこうとする。

 計画が崩れてしまった。

「ちょ、ちょっと!」

 思わず呼び止める。

 振り返った少女はこちらを見て、何かを思い出すような顔をした。

「……緑……ツインテール……前に、倒した?」

「ネフレン=クリソプレーズよ!」

「名前覚えるの、苦手」

「そうみたいね!」

「……ツキヒが、誰かに何か言われても無視しろって」

 だから話す気はない、ということか。

「あ、ちょっと待ちなさいって」

 トレイを片付けた時にはもう、グラヴェルは食堂から消えていた。

 慌てて追いかける。

「その、紙袋、なによ」

 なんとか追いついたネフレンが尋ねると、グラヴェルはゆっくりと紙袋を掲げてみせた。

「テイクアウト」

「はぁ? そんなの知らないんだけど」

「一位、だから」

「そんな特権ない筈でしょ」

「ない、けど」

「説明する気なしってわけね」

 彼女達が寮生活を始めたのは予選決勝後。その後早い段階で《エリュシオン》《アヴァロン》へと向かった為に寮での様子はあまり知られていない。知る機会が無かったからだ。それでも料理の持ち帰りなんてものを繰り返していれば既に広まっている筈。

「厨房の人間に賄賂握らせてるとか? そいつが当番の時だけ融通利かせてもらってるんでしょ」

「黙秘、する」

 当たっているかもしれないし、他に方法があるのかもしれない。

「……まぁ、なんでもいいけど」

 階段で四階まで上がる。

 ドアの前でグラヴェルが立ち止まると、向こうから扉が開いた。

「遅いよヴェル。ツキヒが餓死したらどうすんのさ」

「……困る」

「なら急ぐ。ったくちっとも料理の腕が上達しないんだから――って何かついてきてるけど。きみ確か……予選でボコボコにした三十八位?」

「ぐっ。そうよ、その三十八位よ。名前はネフレン!」

「おにーさんと仲いいみたいだね」

「……別に」

「で、何の用? 予選の件はやり過ぎだったって謝ったよね?」

「そのことはもういいのよ。今日はその……そう! 噂を聞いたんだけど、《班》を作るつもりって本当?」

「だったら?」

 一つ、大きく深呼吸。

「わたしも入れて」


 ◇

 

「シベラ=インディゴライト、ラピスラズリ=パパラチア、ネイル=サードニクス、ユレーアイト=ジェイド……」

 『光』の男子寮。ある生徒に割り当てられた一室の、寝室。

 本戦の組合せ表を、ベッドで一人眺めている少年がいた。

「コース=オブシディアン……! クリストバル=オブシディアン……! アサヒ=オブシディアン!」

 五色大家の血を引く参加者を名前を呼ぶ声は、呪詛のようで。

「何が五色大家だ……! まるで最初からそうであったかのように、何も無かったかのように振る舞うクズ共……」

 くしゃり、と紙を握り潰す。

「見てろ。お前らが消し去れなかった過去が、今度はお前らを否定するんだ」

 少年は苦しげに胸を押さえながら、それでも嬉しそうに笑う。粘性を帯びた汗が、頬を伝う。

 とても暗い、昏い高揚。

「ターフェ……!」

 部屋に入ってきた少女が、水の入ったコップを持って少年の許に駆け寄ってくる。

「これ、薬」

 反対側の手には、幾つかの錠剤。

 少年は黙ってそれを掴むと、水で喉に流し込んだ。

「……拒否反応、強くなってる」

 心配げに背中を撫でようとする少女の手を、振り払う。

「大丈夫だ」

「でも」

「決めただろ。俺達で、証明するって。今更やめるつもりか」

「私は、あなたが――」

「心配は不要だ。何の役にも立たない。それどころか不純物になる。《偽紅鏡グリマー》の精神状態は性能に影響するからな」

 少年の言葉に、少女は悲しげに目を伏せる。

「……私なら、大丈夫」

「よかった。俺も大丈夫だから、何の問題もない。それより見ろよ」

 くしゃくしゃになった紙を広げて、少女に押し付ける。

「俺達は運がいい」

「でもこの子、もうオブシディアンじゃないよ」

「関係ない。オブシディアンの血を引いていることは周知の事実だ。そして『白』の第一位。最高じゃないか。ルナ=オブシディアン。実に――否定しがいがある」

 五色大家。オブシディアン、サードニクス、パパラチア、ジェイド、インディゴライトからなる《カナン》を代表する名家。

 共通するのは都市への貢献と、優秀な領域守護者を多く輩出している点。

 だがかつて、彼らは白虹(はっこう)大家と呼ばれていた。

 単純に都市への貢献のみを基準にアングレサイト家、アクアマリン家、アメシスト家を含んだ八つの名家である。

 内、アングレサイト家は商家として今も栄えている。アクアマリン家は廃絶。

 そしてアメシスト家は――取り潰された。

 少年は、その生き残り。

 一回戦。

 《皓き牙》学内ランク一位《黒曜(アンペルフェクティ)》グラヴェル=ストーン

 対

 《燈の光》学内ランク四位《夢想》ターフェアイト=ストーレ 




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◇書籍版②発売中!(オーバーラップ文庫)◇
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↓他連載作↓

◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(書籍化&コミカライズ)◇
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