272◇銘々(7)
「いやぁ、ルチルちゃんとの見回りは楽しいですねー」
ロード=クロサイト。薄紅色の髪はさっぱりと短め。同色の瞳は活気にきらきらしている、と親友との対比でよく言われる。
「うん、わたしも楽しい」
そんな親友ことルチル=ティタニアはつい先日まで《エリュシオン》にいたのだ。そのため、『赤』の任務である治安維持の為の巡回を一緒に行うのは久々なのである。
二人の衣装は共に『赤』の訓練生服。他校との目立つ違いは、帽子だろうか。ルチルはそこにプラスマフラーを巻いている。普段はそれで口元を隠すようにしていた。
「寂しかったんですよ?」
「わたしもさみしかった」
金色の毛髪の隙間から覗く瞳に、感情の色は見られない。声も平坦だ。けれど彼女の言葉は嘘じゃない。ロードにはそれが分かった。
「壁外はどうでした?」
「くらかった」
「ずっと夜ですからねぇ。心配してたんですよ。あたしもついて行けたらよかったんですけど……」
自分で口にしておいて、ロードは少し落ち込む。
あの任務に、ルチルは呼ばれて自分は呼ばれなかった。
ルチル組の能力が必要だったと理解しているが、それでも何も思わなかったわけではない。
「たいちょう、ちゃんとたいちょうしてた」
「たいちょ? あ、ヤクモっちですか。へぇ、それは見たかったですねぇ」
「ロードのこと、ともだちって言ってた」
「ふ、ぇ、っと? あたしの話が出たんですか?」
「わたしがした」
「なっ」
「おすすめのびしょうじょ、って言っておいた」
「なっ!? あたしは別にそういうあれではないんですけど!?」
興味深い人だと思うし、友人と思われているのは嬉しくもあるのだが、ルチルは致命的に勘違いしている。
「でも、気になるって前に言ってた」
「そういう意味じゃないですよぉ……」
《導燈者》適性を持つ人間は特別だ。だから、自分を特別だと認識する者が実に多い。ひけらかす者もいれば、表には出さないが振る舞いに滲み出る者もいるが、基本的に誰もがそうだ。その認識は間違っていないし、ロードだってその例に漏れない。
だがヤクモは自分をただの人間だと思っている節がある。ヤマトでありながら学舎に入れるだけで異例だというのに。それは彼が勝ち進んでからも変わらなかった。
恋愛的に気になるというより、同業者の中で目を引く存在なのだ。
「よけいなこと、した? たいちょうにも言われた……」
かくん、と俯くルチル。
「い、いやぁ、ルチルちゃんがあたしの為を思ってしてくれたことなら、嬉しいですよ。……それにまったくこれっぽっちも気にならないと言えば嘘になりますし」
後半は声が小さくなる。
「ロード」
「なんです、ルチルちゃん」
「しんけんしょうぶ」
不意打ち。これまで敢えて避けていた話題に、ルチルがふっと斬り込んでくる。
「そう、ですねー。負けませんよ、ルチルちゃん」
親友。同僚。同時に、自分達はライバルでもあるのだった。
一回戦。
《紅の瞳》学内ランク五位《現在視》ルチル=ティタニア
対
《紅の瞳》学内ランク八位《断罪者》ロード=クロサイト
◇
壁の内と外で大きく違うものは数多くあるが、衝撃だったのはやはり食事だろう。
「うまうま……」
妹が顔をとろけさせている。肉と野菜をさっと炒めただけとモカは言うが、ヤクモが同じことをしてもここまで妹を幸せそうな顔には出来ない。
そう、モカも既に帰還していた。今は風紀委会長であるスファレの《偽紅鏡》である彼女だが、寝泊まりは兄妹の部屋でしていた。主に料理担当として。
「モルガンさんの料理も激ウマでしたけど、うちのおっぱいも負けていませんね」
「えへへ、よかったです」
モカは嬉しそうだ。もじもじと照れた様子で身を捩らせる。その動きに伴って豊満な胸が左右に揺れた。
「どうしたらモカさんみたいに出来るんだろう」
自分には何が足りないのか、真剣に悩むヤクモ。
「邪魔するぞー」
蹴破るような勢いで玄関の扉が開かれる。
「よっ、お師匠さんが帰ってきてやったぜ」
ミヤビだった。
その後ろにはチヨもいる。
「え、師匠? 帰ってきてたんですか?」
食事の手が止まる。モカは緊張しているようだ。
「そうだぞ師匠だぞさっき帰ってきたばっかだ逢えて嬉しいだろう分かるよ」
うんうん、と勝手に納得しながらこちらに何かを投げ寄越す。
革製の水筒だった。
「《エリュシオン》土産の酒だ」
《カナン》では十五から飲酒が許されているが、ヤクモもアサヒも飲んだことがなかった。
「……お酒は飲みません。判断力が落ちるそうですから」
「っく、お前らしいな」
「師匠、酔ってます?」
いつもは豪気だが、今はどちらかというと陽気だ。
「酔ってねぇよ」
「……すみません、報告を受けてからすごく機嫌をよくして」
チヨは申し訳なさそうだ。
「馬鹿を言うんじゃねぇよ、おちよ。それじゃああたしが《アヴァロン》の被害を喜んでるみてぇじゃねぇか。ヴィヴィアンだって知らない仲じゃねぇんだ」
「でも、姉さん喜んでますよね?」
「悲嘆に暮れてないだけだ。それを不謹慎だと責めたきゃそうしろ。だがな、考えてもみろ! こんな好機は今後二度と巡ってこないんだ。《黎明騎士》四組が魔王討伐に乗り気、少なくとも二都市が協力、んでもって魔王の部下を捕らえてある!」
ミヤビは、自分達の代でなくとも、いつか太陽が取り戻せるようにと戦っている。
だが。
「この時代なのか、ヤクモ。なら、やるぞ」
悲しんでいないのではない。目的を忘れていないだけ。
「はい」
それが分かったからこそ、ヤクモもまた簡潔に返す。
「……兄さんとわたしには本戦がありますけどね」
ぼそりと、アサヒが溢す。
忘れてねぇよと、ミヤビは豪快に笑う。
「幸い中止にはならねぇようだから、安心して優勝してこい」
ヤクモ達も、師との誓いを忘れていない。
大会で優勝し、この世界に太陽を取り戻す。
それを果たす時が、近づいていた。




