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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
オールドプロミス→ニュークローズ

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258◇全霊

 



 アークトゥルスの長寿の理由は、単純な寿命の延長だけによるものではない。

 そもそも人間の精神は、数百年という時に耐えられるようには出来ていないのだ。肉体の側を超常の力で変質させても、心の強度や限界は変えられない。それを変えて悠久の時を生きようとした者もいたが、それはもう同一人物とはいえないだろう。過去の記憶は継いでも、過去の感覚は持ち合わせていない。

 アークトゥルスが人のまま在れたのは、幾度も彼女を『休眠』させたからだ。

 《騎士王》は最初期から現代まで全てアークトゥルス本人だが、他都市も知っているように《騎士王》は常に君臨していたわけではない。彼女が《黎明騎士デイブレイカー》として活動していない空白の期間が、歴史上何度も存在するのだ。

 彼女は不定期に、主に《アヴァロン》が危機的状況に陥った際に眠りから覚め、それからしばらくの間、都市での生活を送る。そして再び眠りにつく。

 それを繰り返すことによって、アークトゥルスは人の心を保ったまま、長い時を超えて存在することが出来た。

 だが、それはとても孤独な在り方だ。

 都市を救い人々と親しくなっても、次に目覚めた時にはその者達は大きく年を重ねている。この世を去っていることもあった。

 アークトゥルスとヴィヴィアンにとって、お互いだけが不滅のものだった。

 しかし、それもここまで。

 ヴィヴィアンの(あるじ)は、自分が先に朽ちることを悟ってヤクモ達を《アヴァロン》に招いた。次の適格者になるかもしれないと。

 確かに彼らは素晴らしい人間だ。

 特別な理由もないだろうに、命がけでこの都市の為に戦ってくれている。

 アカツキ達を恨む気持ちもない。いや、多くの騎士を手に掛け、アークトゥルスを傷つけたことは到底許されることではないが、少なくとも今から自分がやることに関して、彼らの所為にするつもりはなかった。

「ヴィヴィアン様! アークトゥルス様は!? 大丈夫なんですか!?」

 この声は、パーシヴァルか。

 そう思うのだが、ヴィヴィアンには反応している暇が無い。

「今、モルガン様が向かっています! だから――」

 無駄だ。

 モルガンは優秀な魔法使いだ。治癒魔法が得意なだけではない。

 武器破壊後すぐに人間状態に戻らない、という《准神装(エピック)》の特性を八人の妹に組み込んでみせたくらいだ。

 だがたとえ彼女でも、今のアークトゥルスを救うことは出来ない。

 証明できたかと、アークトゥルスは言った。

「えぇ、さすがはアークトゥルス様です」

 特別な力を人に与えてしまう自分が、悪しき存在というわけではなかった。

 彼女のように、間違わない人間もいてくれた。

 掬われる想いだ。もう、これ以上要らないというくらいに。

 ただ、どうしても気掛かりなのは。

 アークトゥルスの側はどうだったのだろう、ということ。

 父親に置き去りにされたまま死ぬことを、自分の力で回避した。 

 だが、それが必ずしも彼女の為であったとは限らない。

 ヴィヴィアンが孤独を恐れたあまりに、心優しい童女を付き合わせただけなのではないか、と。

 自分との約束を守ってくれたが、その代わりに童女は多くのものを背負った。

「もう、大丈夫ですよ」

 安心させるように彼女の手を握る。

 ヴィヴィアンの身体が、徐々に溶け出す。


 ◇


「……もういい」

 アカツキから戦意が消えた。

 ヤクモは怪訝に思いながらも、追撃を一時停止。

「任務は失敗だ。お前は見事、オレ達の目的達成を阻んだ」

「なに、を――っ!?」

 気づく。

 アークトゥルスの魔力反応は辛うじて生きているのが分かる程度まで小さくなっていたが、それが完全に消えているのだ。

 それだけではない。

 今まさに、それが凄まじい速度で復活している。

「アカツキ! これはどうなっている!」

「ランタン、オレ達は精霊の愛を見誤っていたようだ」

「どういうことだ! 再契約だとしても、最早アークトゥルスにこれだけの力を得られるだけの代償は支払えない筈だろう!」

「……あぁ、だから彼女が払ったんだろう。湖の乙女が」

『兄さん……ヴィヴィアンさんは、何処に?』

 アークトゥルスが、上体を起こしている。

 その右手から、水が伝ってこぼれた。周囲にはどういうわけか、水たまりが出来ている。

 ヴィヴィアンの姿は、ない。

 消えてしまったかのように。

「ふ、ふざけるな! 朽ちる寸前の契約者を救う為に、精霊が己を代償に延命を望んだとでもいうのか! 人間の為に、精霊が死を選んだと!?」

「らしくない、なんて言葉をオレ達は言えないだろう。人間らしくない人間と、魔人らしくない魔人なんだから」

「だが、これではプリマ様が!」

「他の方法を探そう。オレ達以外も動いているんだ、見つかるさ」

「~~ッ! 貴様の所為だぞアカツキ!」

「あぁ」

 軽口を返すこともなく項垂れるアカツキに、ランタンがハッとする。

「……忘れろ。貴様ばかりに責を負わせるのは間違いだな」

「いいさ」

 それからアカツキは、改めてヤクモを見る。

「オレ達は帰投する。目当てのものが手に入らなくなったんだ、留まる理由もない」

 これまでの死闘が嘘とばかりに、アカツキはあっさりと引き下がる。

 ――意味が分からない。

 いや、ヤクモの理性はそれをとっくに理解している。

 彼らは最初から一貫して、ただ一つを求めていた。

 これはそれを拒否したから起こった争いで。

 それが入手不可能な状態になれば、戦いを続けることは無意味。

 だが《アヴァロン》側は、ヤクモ達は、そう簡単に話をまとめられない。

 ヴィヴィアンが、消失したなどと。




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