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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
オールドプロミス→ニュークローズ

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256/307

256◇換気

 



「ヴェル、いくよ」

『うん』

 ツキヒの言葉に、グラヴェルは即座に応えた。

 状況が最悪なことも、ヤクモ組が諦めないことも分かっていた。

 この魔力濃度はともかく、酸素不足は誰にとっても辛いもの。

 幸い、どちらも一度に解決する方法がある。

 簡単に言えば、『風』属性の魔法で空気を入れ替えるのだ。

 この一帯は局地的に高濃度の魔力が溜まっている状態。であれば、『風』魔法で濃度を下げればいいだけ。

 何故他の者達がやらないか。

 理由は幾つかある。

 並の騎士は現在、まともに魔法を練られる状態ではない。  

この中で動ける者はゴーレムの攻撃対象となってとても『風』魔法に集中出来ない。

 現在は数少ない動ける者達がゴーレムを食い止めつつ、倒れた騎士達を運び出そうとしているところだった。

 アークトゥルスの選択が間違っているとは思わないが、結果は最上とは言えない。魔力解放でアカツキは死ぬ筈だった。それが欠いたのは彼の片腕のみ。《騎士王》の魔力を再び『吸収』されるという最悪の事態は免れたものの、依然として状況は芳しくない。

そこでツキヒが考えたのが、今から行う荒業。

 普段、ツキヒは《導燈者イグナイター》であるグラヴェルの身体を『操作』している。パートナーの力を借りて魔法を使っているわけだ。

 言うまでもないが、これは普通の領域守護者とは大きく異なる。

 《偽紅鏡グリマー》の地位が不当に低い《カナン》においては、戦闘中に《偽紅鏡グリマー》の発言を許さない者もいるくらいだ。武器は武器に徹しろ、ということなのだろう。

 だから、ほとんど存在しない筈なのだ。

 《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》、どちらも魔法が使える領域守護者は。

 もちろん、同時は無理だ。身体を操っている側のみが、魔力炉の使用が可能。だが、その前段階までなら?

 つまり、魔法の詳細を詰めるだけなら、身体が使えなくとも出来る。

 ツキヒが表に出ると『操作』の分だけ思考が圧迫され、魔力が減る。

 グラヴェルに一時肉体を返し、その間にツキヒが周囲一帯の空気を入れ替える魔法を組む。

 魔力が溜まったタイミングで再び身体を入れ替えれば、その瞬間に大規模な魔法が発動出来る。

 単体では思考までランタンとゴーレムに集中しなければならないが、このやり方なら。

 自分達なら。

『四十位にばっか、かっこうつけさせるわけにはいかないかんね』

「うん。一番は、ツキヒだよ」

 ツキヒは自分でも素直ではないと思う。今だって純粋に姉が心配なだけなのだ。それをそのまま口に出来ない自分を、グラヴェルは理解した上で尊重してくれる。軽口を軽口と知りながら、そのまま乗ってくれるのだ。

「理解出来んな、貴様らは他都市の戦士なのだろう? 命を懸けてまで関わる理由が何処にあるというのだ。元より我らは、貴様らの命に興味など無いというのに」

「また」

 ランタンの言葉に、グラヴェルは微かに反応。相手もそれを見逃さない。

「なんだ、言ってみろ」

「また言ってる。『理解出来んな』」

「思うままを口にしたまでだ」

「違うから、分からないのは当然。普通は、どうでもいいって思う」

「……何が言いたい」

「理解したい、の?」

「私が、人間を? くだらん」

「じゃあ、理解されたい?」

 理解が出来ないと言う。見下すようなことを言う。それでも関わりを絶とうとはしない。

 心のどこかで理解したいという気持ちがあるか、そうでもなければ。

 自分のことを理解してくれと、心の何処かで願っているか。

 ツキヒには、滅茶苦茶にも思えるその感情が、よく分かった。

「――――口調が変わったかと思えば、途端に不快度が上がったな」

 逆鱗に触れたようだ。

 ゴーレムがこちらに向かってくる。

 ラブラドライト組が吹き飛ばされた時と同じだ。

 時を飛ばしたような神速での移動。

 実際は脚部と背部から爆発的な風が噴出され、それによって推進力を得ているようだ。単なる『風』魔法ではないようだが……。

 このゴーレムの厄介なところは陽光で稼働する魔力炉を搭載していること、だけではなかった。未知の技術による魔法補助もあるが、更に厄介なことがある。

 アカツキが大量にこさえたアークトゥルスの魔力入の魔石だが、動き出したゴーレムがすべて平らげた。生物における食事とは違うだろうが、口にあたる部分から体内に取り込んでしまったのだ。

 その所為で破壊の機会を得られずにいた。攻撃が迫ると生物の反射を超えた速度で防壁を展開するのだ。

 だが、その動きはもう、何度も見ていた。

『ヴェル』

「うん」

 最小の魔力で、攻撃を回避する。

 速いが単調な動き。丸太程の右腕部が大地ごと割るように降ってくる。

 ギリギリのところで魔力強化した足によって地を蹴って横に回避。

 元々彼女の身体、これくらいの動きはわけない。

「え」

 ゴーレムの頭部が、こちらに向いていた。赤い二つの光が、見つめるようにこちらに注がれている。

 左腕部がこちらに伸ばされ、そして。

「誰かが言っていたが、腕が飛ぶのは浪漫だそうだ。同じ人間なら――理解出来るか?」

 肘関節から先の部分が分離、いやこれは――発射か。

 太いワイヤーで本体と繋がったそれが、こちらに向かって急接近。

 僅かな滞空時間を突くような攻撃。魔力防壁では破られてしまう。風魔法により緊急回避は――。

「使うな」

 魔法を、ということなのは分かった。

 グラヴェルは迷ったようだったが、その迷いもあって魔法は間に合わなくなる。

 こちらを庇うように飛び出してきたのは、宵彩陽迎を携えた少年。

 その刀身には『風』魔法が纏わされており、迫る拳を迎え撃つのではなく――受け流した。

 僅かに傾斜をつけた『風』の防壁に沿うように、飛ぶ拳は逸れる。

「これを」

 言葉少なに、ラブラドライトはあるものを投げよこした。

 魔石だ。

 ――そういえば、拾ってたな。

 屍騎士を相手取る時にラブラドライトは魔石を手にしていた。

 ――というか、ツキヒ達のやろうとしてること分かったのか。

 言いたいことは色々あったが、それどころではない。

『ヴェル、行くよ』

 再び身体を借りる。

 魔法の準備は整っていた。魔力の不足は今解決された。

 嵐の如き、風が吹く。




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