224◇限界
――なるほど、こういうことか。
ラブラドライトは騎士達の謀反に驚いていなかった。
それは、アークトゥルスとの話が関係している。
「《カナン》の在り方に批判的とのことだが、貴様は具体的にどう在るべきと考える?」
湖での会話。
道中のヤクモ達との会話だけで、ラブラドライトの目的を知るには充分。
「基本的には、この都市のように」
「誰も捨てない、か。だが《アヴァロン》は理想郷ではない」
誰も捨てないという意志を貫く代わりに、資源の減少は加速する。
「才在る者が、贅沢をやめればいい」
ラブラドライトは知っている。
五色大家を頂点とする者達の、無意味に豪華な暮らしを。
それだけではない。領域守護者は都市防衛において重要な職ではあるが、《導燈者》限定とはいえ扱いが手厚過ぎるのだ。
必要なものを申請すれば与えられ、食堂に行けば好きなものを食べることが出来る。
訓練生の時点で、いつでも。
これらをただちにやめれば、幾らか余裕も生まれよう。余裕とは言わずとも、他に回せば飢えずに済む民は増える筈だ。
「青いな」
幼い子供の夢を聞くような、柔らかい視線と笑顔。
「間違っているとは思わない」
「貴様のような人間にとっては、な。だが誰もが、弱者の為に命がけで戦えるわけではない。才能を正しく使わせるには、正しき道が報われる道でなければならん」
「報われる道?」
「溢れる才能を持つ者の血の滲む努力に対し、都市の存続や民の笑顔のみを報酬とすることは、ある種の搾取に他ならん。他より優れた者に、他より努力した者に、相応に報いることが出来ないのであれば、その者達の心も離れよう。《カナン》はそれを何よりも避ける為に、五色大家を筆頭した『名家』に富と権力を与えたのだ。滅私には限度があると、知っていたわけだな」
「…………」
ラブラドライトにも、アークトゥルスの言わんとしていることは理解出来た。
そもそもラブラドライトだって、かつての経験が無ければ領域守護者など目指さなかっただろう。
才能と呼べるものは無かったし、戦いを好む性格でもない。
とても簡単な理屈。
理由があるからそうする。ないからしない。
得があるからそうする。損するからしない。
名家はいい暮らしの代わりに、その地位に相応しい活躍をしなければならない。
領域守護者を候補の時点から厚遇するのは、彼らが晒される危険への報酬のようなものだ。
「かつてそれを怠った都市は、不満を抱えた騎士達によって支配された。才ある者達による統治だ。魔人による支配と変わらない有り様だったぞ」
誰であろうと、不当にこき使えば叛意を煽るのは当然。
それが力ある者で、更に集団となれば、逆襲は実行可能なものとなる。
《カナン》は、領域守護者を立てることでそれを防いでいるのだ。
領域守護者は誇り高き職業で、才ある者を多く輩出する家は素晴らしいとすることで。
都市の平和を守るという正しき道を歩めば、自分が報われる。
なるほど、正しい道が報われる道とは、そういうことなのだろう。
だが全ての正しい者が報われるわけではない。そこが問題。
「それでも、やりようはある筈だ。そもそも貴方は贅沢とは無縁の暮らしをしている」
「言ったろう。誰もが弱者の為に命がけで戦えるわけではないと」
それは同時に、少ないながらそれが出来る人間はいるということ。
ラブラドライトや、ヤクモ組もそうだろうし――アークトゥルスもそういう人間ということ。
「……この都市の騎士達は、どうなんだ」
「相応に報いておるよ。それを都市に還元する者も、ありがたいことに多い」
「そういう都市にしたいんだ」
才ある者が、努力する者が報われるのはいい。けれど、才無き者が、努力しても報われない者が捨てられる世界が嫌だ。
「都市の存続だけでなく、全ての民を抱えることを第一に考える都市か?」
「あぁ」
そんな《アヴァロン》でさえ、徐々に衰退している。
完全に手遅れになるより先に太陽を奪還しなければ、そう遠くない将来、人類は滅びるかもしれない。
だが空を闇で覆ったとされる魔王の所在は不明。
この暗闇の世界で、あてもなく魔王を見つけ出すなど不可能に近い。
「貴様は確か、《燈の燿》だったな」
「あぁ、訓練生の身分だが」
「太陽は奪還できそうか?」
何かを期待しての言葉ではない。間を埋める為に口をついた言葉。
「出来そうなら、都市の在り方を悩んだりしない」
本物の太陽さえあれば、魔力税などというものを理由に人の生死が分けられることもない。
「違いない」
力無げに笑うアークトゥルス。
「貴様、妹は大事か?」
「唐突になんだ」
「答えろ」
「……当たり前だ」
色々な思いがあるだろうに、ラブラドライトの目的達成に力を貸してくれている。
そうでなくとも家族だ。
「たとえば、アイリの命一つで貴様の望みが叶うとしたら?」
「なに?」
「《カナン》は誰も捨てず、都市の寿命が百年は延びるとしたらどうだ?」
冗談にしては悪質だが、アークトゥルスの表情は真剣そのもの。
「断る」
即答する。
アークトゥルスは呆気にとられたように、ぱちくりと瞼を開閉する。
「迷わないのだな」
「ただでさえ大事な人間を持っていかれたというのに、妹まで差し出せるか」
「なる、ほど」
何かを悩むように、アークトゥルスは俯く。
「……何かあるのか」
「何がだ?」
「今のたとえは無意味なものじゃあないんだろう。《アヴァロン》の都市寿命を延ばす何かがあって、でもそれは貴方にとって容易に差し出せるものではない。そんなところか?」
「……分かりやすかったか?」
「隠すつもりがあったのか?」
自嘲するように笑うアークトゥルス。童女の顔に、それはあまりに似合わない。
「貴様のように、迷わず選べればよかったのだが……」
アークトゥルスのような人間でも、スパッと決められないことがあるのか。
そのことが強く、印象に残った。
◇
湖の水と魔石を取り引きすれば、《アヴァロン》の寿命は幾らか延びるという騎士達の主張は間違っていないように思う。
だが、アークトゥルスはそれを許さないという。
それが、ラブラドライトにとってのアイリのような存在なら、差し出せないのは当然。
そもそもアークトゥルス程の人間が断固として拒否し、理由も説明出来ないというなら、そこにはそれだけの理由があると考えるべきだ。
少なくとも、ラブラドライトはそう思う。




