212◇都市
まず目に入ってきたのは、人だ。
《カナン》は昇降機の存在もあってか哨戒は壁の縁で行われるが、《アヴァロン》は壁内部に空間を設けていた。
窓のように四角く切り取られた箇所から外を見るらしい。
そしておそらく、そんな『青』に相当する騎士が魔力構造物に乗るヤクモ達を見つけたのだろう。
それが瞬く間に都市中に広まり、一行が門の前に到着するまでにアークトゥルスを一目見ようと民が殺到した。
爆発するような歓声がアークトゥルスを迎える。
手を振ったり声を掛けたり。
それでいて誰も魔力構造物の進路は妨害しない。本当にただ、彼女の顔を見ようと集まっただけ。邪魔になるようなことはしない。
「……大した求心力だ」
ラブラドライトが不思議そうに、だが感心した様子で呟いた。
民の中にはヤクモ達の姿を目にとめ首を傾げる者もいるが、アークトゥルスが手を振ってやるとすぐに意識から外れたようだ。
「《カナン》とは違うんですね。あ、見てください兄さん。わたし達みたいな家が沢山あります」
「僕達みたい……? ――あぁ、なるほど」
思わず納得するような家屋が、確かにあった。
建物の軸組が露わになっており、その間を建材で埋めている。
その中に幾つか、白と黒が見事に調和している家があったのだ。
《カナン》では何かと避けられがちな黒色だが、そういった考えの無い都市だからこそ見られる組み合わせと言えるかもしれない。
「かわいい『でざいん』です」
「……ふぅん。別にいいケド、ツキヒも黒髪だけど、お姉ちゃんはおにーさんと自分のって思うんだね」
予選中は白に染めていたツキヒだったが、決勝後に黒に戻したのだった。
ツキヒの拗ねるような言葉に、アサヒは嬉しいような困ったような顔をした。
「見て、あっちの家、わたしとツキヒみたいだね」
「はいはい」
「あっちもわたし達みたいだね。ねっ?」
「わかったって」
姉にぐいっと腕を引かれたツキヒは表面上うんざりしているようだったが、明らかに唇が緩んでいた。
すると反対側の腕を彼女のパートナーであるグラヴェルがくいっと引く。
「ツキヒとわたしの家……ない」
落ち込んだ様子のグラヴェル。
表情は変わらないが肩を落としているのでそう判断。
彼女の髪色と同じ紫色の家は、周囲には見られない。
だがグラヴェルは何も、それが悲しいわけではないだろう。
アサヒとツキヒの仲良しぶりは、グラヴェルからすると妬けるのかもしれない。
上手く割って入ることが出来ず、不器用な行動に出たのだ。
「何しょげてんのさ」
「……ない」
「紫はあんまないでしょ……あぁもう、そんな顔すんなよな。屋根とかならあるかも。探してあげるから」
相変わらず表情の変化に乏しいが、ツキヒにはその僅かな変化が分かるようだ。
「壁は黒がいい」
「わかったわかった。そんな嬉しそうな顔して……何の遊びだよこれ」
呆れた様子のツキヒだったが、いやいやという感じではない。
なんだかんだ、グラヴェル組も仲がいいのだろう。
ヤクモはちらりとラブラドライトの《偽紅鏡》を見た。
――きょうだい、かな。
髪と瞳の色が同じだ。
それだけならばよくあるだろうが、彼らの場合は七色に姿を変える不思議な毛髪をしている。
偶然ということもないだろう。
「……美しい街の景観より僕の妹に夢中かい、ヤクモ」
目ざとく気付いたラブラドライト。
だが今の発言で二人の関係性が明らかになった。
「君たちも兄妹で組んでいるんだね」
「僕らは血が繋がっているから、君達のようにベタベタしないけれどね。それが不思議だったのかな」
「あまりに、会話が少ないから」
それに、彼女はラブラドライトの発言や行動を止めこそしないが、悲しげな表情を見せることが多かった。
気にならないと言えば、嘘になる。
「アイリの心配をしているのか……? 君は……いや、いい。別に無理に従えているわけでも険悪なわけでもないよ。アイリ」
兄に名前を呼ばれると、彼女はヤクモを見た。
「別に従えられているわけでも険悪なわけでもない」
兄の言葉を肯定する為だけの言葉。
と、思いきや。
「それに、二人きりの時は優しい」
人差し指を立て、唇の片側だけを吊り上げている。
そんな妹の言葉に、ラブラドライトはこめかみをひくつかせた。
「……アイリ、余計な情報を与えるな」
「ラブは誤解されがちだから」
「誤解じゃないし、誤解されたって構わない」
「《班》でも浮いてる」
「それは今関係ない」
「ヤクモ、友達になってくれるかも」
「求めてない」
「嘘。前に褒めてた。『彼のような努力の人が報われる姿はとても喜ばしいものだな』――むっ」
「アイリ。さっきの今で申し訳ないが少しだけ兄に従ってはくれまいか。黙っていろ」
口を塞がれたアイリは表情を変えることなく兄の指をがじがじと噛んでいる。
「やめろ噛むな」
そんな姿に、思わず笑いが溢れてしまう。
「笑うなヤクモ、何も面白くない」
彼は実に不機嫌そうだ。
「仲が良いんだね」
「たった二人の兄妹なんだ、仲がよくて何が悪い」
「いや、いいことだなと思って。でもアイリさんはどうして今まで喋らなかったのかな」
「こいつは相手の側が自分に興味を示した後でないと喋れないんだ。それに会話のきっかけを誰かが作らないと喋らない」
言われてみると、これまでアイリに話しかけようとしたことは無かった。常にラブラドライトの側にいたし、そのラブラドライトが極力接触させないようにしている様子だったから。
「がじがじ」
「噛むな。……それとヤクモ、誤解なきよう言っておくが」
「僕も、ラブ達のように創意工夫で戦う人は凄いと思うよ。発想の実現を支えるのは努力量だ。それだけの努力が出来る人、ということだから」
「僕の発言は、君の妹がオブシディアン縁の者と知る前のものだ」
「アサヒにオブシディアンの血が流れていたら、僕達の努力は否定されるようなものに変わるのかな」
「いいや、努力は否定はしない。だが喜ばしいものではなくなる」
それほどまでに、怒りは深いということ。
そんな兄に、またアイリが悲しげな顔をした。
悲しげな顔をしながら兄の指を噛んでいる。
「おいアイリ……分かったよ。手を離すから口を離してくれ」
どうやらこの兄も、妹には弱いらしい。




