194◇陽光
アルマース=フォールス。
天賦の才に恵まれた上に、己を高める為の努力を惜しまない者のみが入校出来るという《陽の燿》の学舎にて、学内ランク第一位に君臨する訓練生の《導燈者》。
その戦闘スタイルは、多彩にして万能。
グラヴェル組に近いが、性向が異なる。
グラヴェル組がその能力を直接戦闘で発揮しようとするのに対し、アルマース組は最終的な勝利に利用する、という違いだろうか。
今回の作戦がいい例だ。
どちらも攻守優れ、近中遠距離に対応し、治癒を含む拡張・増強系の魔法にも恵まれている。
だがグラヴェル組は戦うことを選び、アルマース組は部隊への貢献を重視した。
良い悪いではなく、そういう差異があるということ。
彼女にとって強さは手段でしかないのだ。
では目的は?
「私は――」
アサヒも気になるのか、固唾を呑んで言葉を待っている。
ヤクモも同じだ。
トップクラスの実力を持つ《導燈者》は、どういう理由で太陽を求めるのか。
僅かな躊躇いのあと、彼女は言った。
「ひなたぼっこをしたくて」
「…………」
「…………」
アルマースが、唇を一瞬だけむにっと歪め、反応を急かすように兄妹を見る。
「どうされましたか?」
ヤクモとアサヒは顔を見合わせ、お互いに聞き間違いでないことを頷きで確認。
それからアルマースに向き直る。
「その、アルマースさん?」
「はい、アルマースですが」
「ひなたぼっこって、太陽の光を浴びるやつですよね?」
「ひなたぼっこという言葉にそれ以外の意味があるのですか?」
「いえ、わたしは知りませんけど」
「私もです」
「……つまり、えぇと、その……?」
困惑するアサヒに代わり、ヤクモが口を開く。
「本物の太陽の光を浴びたい、ということかな」
「そう言ったつもりですが?」
そういうことらしい。
アルマースは詳しく説明してくれた。
少女は昔から、太陽の光が好きだった。浴びているとぽかぽかと温かくなるし、世界はきらきらと輝いてみえる。
それが模擬太陽と呼ばれるもので、本物の太陽を真似たものだと知った時、アルマースは思った。
本物はどれだけすごいのだろう、と。
壁の内だけでなく、世界を照らす程に大きく眩しいのだという。
とてもとても高いところにあるので、都市どころか空まで明るくなるのだとか。
想像も出来なかったが、それだけに胸が膨らんだ。
見たい、と思った。
本物の太陽光を浴びて、涼しい風の吹く草原にでも寝転べたら、どんな気分だろう。
一度気になったら、もう我慢出来なかった。
アルマースはパートナーを見つけ、そこからひたすらに努力した。
空を闇で覆った魔王という存在がいるらしい。
それを倒せば、魔法が解ける筈だ。
倒せるくらいに強くなろう。
その一心で努力し、アルマース組は『光』の第一位にまで至った。
「残念なことに、同じ夢を持つ方には逢ったことがないのです……」
アルマースは本当に残念そうに言う。
実際は、彼女と同じことを考えたことがある者はいるだろう。
だが、その思いを人生の目的に据え、ひたむきに努力出来る者となれば稀だ。
「なるほど、あなたが兄さんを……わたし達を選んだ理由が分かりました」
志なき者でも、使命感に駆られる者でもない。
極めて個人的で、だからこそブレない芯を持つ者。
自分と同質の理由・熱量を持つ仲間を、彼女は求めている。
「ご理解いただけたようでなによりです」
そう言いつつ、アルマースはそわそわしているように見えた。
兄妹は反応したが、感想や意見は口にしていない。
彼女からすれば気になることだろう。
色々考え、ヤクモは決める。
「なら、僕らの代で太陽を取り戻さないとね」
アルマースは目を瞬かせた。
太陽を取り戻すことを目的としている『光』だが、本気でそれを目指している職員達も自分達の代でそれを成し遂げられるとは思っていないだろう。
諦めではなく、単に冷静なのだ。
長く続く夜の時を、自分が現役でいる内に明かせると考える方が楽観的というものだ。
だから、次の世代への繋ぐことを前提にして全力を尽くす。
アルマースが言っていた『真の勇者たち』というのは、彼らを指すのだろう。
太陽の奪還を望みつつも、アルマースとは明確に異なる。
本物の太陽を見ること自体が目的なら、自分でなければならない。
太陽を取り戻すのは、自分が生きている内でなければならない。
「そう、です」
アルマースが頷く。
「そうなんです。そのあたりを、どうにも分かっていただけなくて……」
確かに、難しいだろう。
彼女の言っていることは現実味に欠ける。
人によっては狂人にも見えるだろう。
自分が太陽を見たいから魔王を討伐するだなんて、夢見る子供でも言わない。
だがヤクモもアサヒも、そうは思わない。
この世界の常識で言えば、夜鴉が領域守護者になること自体がありえない。ましてや魔王を倒すなど、いかれているとしか思われないだろう。
それでも兄妹は『白』に入り、四十位に食い込み、大会予選を一位で通過した。
自分達の想いと、力を貸してくれた人たちのおかげで、不可能を可能にしたのだ。
だから、笑わないし馬鹿にしない。
同じように、不可能に挑む人を笑えるものか。
「やはり、《班》を組んではいただけないでしょうか?」
ぐいっと近づいてくるアルマースだったが、アサヒが壁のように立ちはだかることで阻まれる。
「あなたの夢は個人的に好きですけど、必要以上に兄さんに近づかないでもらえますか?」
「必要な距離とはどの程度なのでしょう」
「二十メートル程です」
「会話もままなりません」
「『伝心』があるでしょう」
「仲間との会話に魔法が必要ですか?」
「仲間以上を求めるならば、近づけさせるわけにはいきません。兄さんはわたしのなので」
「お二人はご兄妹では?」
「禁断の関係って背徳的で燃えますよね」
「興味深いです」
なんだかんだ、アルマースのテンポについていけているアサヒだった。
それはともかくとして、話が脱線しているけどいいのだろうか、とヤクモは思った。
その後、ツキヒなども会話に加わり、増々騒がしくなる。
数日後、数組を残して、ヤクモ達は《カナン》へ帰還することになった。




