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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・ブレイド

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191/307

191◇夜行




「ありゃりゃ、もしかして処刑対象死んでません?」

 その声は、闇の中から発せられた。

 年若い少年に見える。人間にして十代前半だろうか。浮かべる笑みは楽しげで、人懐っこい。銀白色の短い髪と、同色の瞳。

 遥か下方には、模擬太陽の輝きに照らされた《ファーム・エリュシオン》が見えた。

「……ミヤビ=アカザの姿が確認出来る。人間どもの騒ぎようからして、その可能性が高いだろう」

 答えた声は、彼より一回り程年齢を重ねている青年だ。無論、人間であれば、だが。

 赤みを帯びた銀白色の毛髪と瞳。髪は少年よりは長い。

 どちらも側頭部から角が生えていた。

 人間の視力ではたとえ光があったとて点程にも人を視認出来ないだろうが、闇の中のもう一人は彼女を見つけ出していた。

「うわっ、マジすか。アカザって《黎明騎士デイブレイカー》の? あのクリードと引き分けたとか言うアカザですか? えー見たかったなぁ」

「そのクリードも既に亡い」

「それ本当っすかねぇ。いや、捕まるような恥さらしでも無いから、《ファーム》に戻ってないなら死んでるんでしょうけど……あれ、なんか変じゃないすか? 魔人の反応が……混血にしては強いな」

 人間の探知能力を遥かに越える感度で、少年はそれを捉えたようだった。

「……どうやら恥知らずがいるようだ」

「クリードじゃないっすね。彼なわけがない」

「これは……あぁ、セレナだな」

「げっ、セレナ? なんでまた……」

「奴の行動は読めん」

 青年は冷静に、それでいて思考を放棄するように呟く。

「この感じだと自主的に協力してますよね? 人間達は気付いてるのに、あいつを攻撃してない。だからって捕まえてるわけでもない。うわ、じゃあそれでカエシウスと愚かな配下達が殺されたってわけっすか」

「奴の魔法は無限に幅を広げていく。空間移動でもすれば、模擬太陽を稼働し魔人を弱体化させることも可能だろう。とはいえ――」

「それだけで負けるわきゃあない、っすね。それにカエシウスなら迷わず混血と魔石を使っただろうし。その上で負けたってんなら、うん、今回の人間共は中々遣えるってことになる」

 少年が好戦的に舌なめずりした。

「どうします? 命令の一つは人間に取られちゃいましたけど、もう一つの方は。混血の回収、実行しますか? 人間共から奪うくらい、わけないですし」

「いや……様子見だ」

 青年の言葉に、少年はあからさまに不満を漏らす。

「えー、なんでっすか~。命令ですよ命令、達成しないといけませんってやっぱ」

「人間共は混血を殺さず保護した。魔人と異なり死体が確認出来ないことから、そう考えていいだろう」

「あー、そりゃまぁ。でもそれは『今の所は』でしょ。それにミヤビ他何組かが《カナン》の戦士だとしても、所詮は現場の判断ですよ。この後どうなるかは分からない」

 混血を一人も殺さなかった『人道的判断』の痕跡は認めるが、それがそのまま都市の方針と重なる保証は無い。

 眼下の人間共だって指揮する者の命令に従っただけで、今の段階でも混血を処分すべきと考える人間が紛れているかもしれない。

「あぁ、それを確認してからでも遅くはない」

「ビスマスさんって慎重過ぎませんか? やっぱ長く生きてっと動きが鈍るもんなんですねぇ」

 ビスマスと呼ばれた魔人は少年の言葉に怒るでもなく、静かに返す。

「《十年級トドル》は性急という言葉を知らぬらしい。セレナは恥を、貴様は落ち着きを知るべきだな、ユウロ」

「ご老人の説教は胸に響くなぁ。ていうかっすね、セレナと同じにしないでもらえます? にしてもあいつ、人間のこと愛玩動物(ペット)とか言っておいて、その手下に成り下がるってどうなんなんだマジで。主従逆転してるじゃん。ペットのペットになってるじゃん」

「考えるだけ無駄だ」

「これ、向こうもこっちに気付いてますよね? ご主人様にチクられる前に行動した方がいいんじゃ?」

「それはないだろう……奴め、読心寄りの『看破』を獲得したようだな」

「えっ、今読まれてんのっ? あっ『遠見』とかと合わせりゃ出来んのか。……やっぱ嫌いだわ」

「こちらに攻める気が無いのだ、報告したところで信頼を積み上げることも出来ん。虚言ととられれば逆効果だ」

 二人が攻めるつもりなら、報告も有り得る。

 人間を殺せる状況で殺さず、逃げようと思えば逃げられる状況で留まっていることからセレナが人間に協力的だとする。進んで協力していると。

 その場合は、人間側の信頼を得ようと考えるだろう。何が目的なのだとしても、得るに越したことはない。

 だが二人は攻撃するつもりが無い。それを報告したところで、魔人の急襲は起こらないのだ。

 ならば襲撃の心配がない魔人の存在など、言う必要が無い。

「人間のご機嫌取りするような奴じゃないと思ったんだけどなぁ」

「あれは魔人と考えぬ方がいいだろう。まともではない」

「いかれてんのに強いって、手がつけられないっすね」

「人格面に問題がなければ、こちらに迎え入れたのだが」

「……やめてくださいよ、あれが同胞(なかま)とか絶対ムリっす」

 二人の関係性は、魔人にしては珍しいものだった。

 共に行動しながら、上下が無い。

 ある一体の主人に仕えていようとも、魔人同士は優劣に応じて振る舞いを変えるものだ。

 だがどちらも対等に口を利いている。

 それが指すのは実力の拮抗か、でもなければ仲間意識だ。

 彼らの場合は後者。

「オレら《耀却夜行(グリームフォーラー)》は魔王サマ直下の選ばれし戦士っすよ? セレナには務まりませんって」

「分かっている」

「でも……本当に静観決め込んでいいんすか? カエシウスの処刑は人間がやっても問題ないっすけど、回収は違うでしょう」

 カエシウスは禁忌に触れた。

 これまでも人間や魔人を使って実験を行った者はいた。両陣営共に、時代を問わずそういった冒涜的な者はいた。自らを革新的な挑戦者だと信じて疑わない愚か者達。進化の促進ではなく境界の侵犯であると気づかず罪を犯す者達を、魔王は残らず消してきた。

 その組織を知る者は少ない。生者に限れば、ほとんどゼロだ。

 魔王の意に背いた存在を、人魔問わず抹消する集団。

 そう、魔王は人の存在を否定しない。傲慢を諌めるだけだ。

 そう、魔王は魔人というだけで肯定しない。咎人には罪を与える。

 カエシウスが混血を作り出しているという情報を手に入れてから、彼らはカエシウスの根城に向かったが既にもぬけの殻。ようやく《ファーム・エリュシオン》にて発見したかと思えば死体だった。

 それはいいが、もう一つの命令は被害者の保護。こちらは対象の混血が生きていることから実行可能。

「今の段階で保護を強行すれば、不必要に人間を殺すことになる」

「人間が何匹死のうが構いやしないでしょう」

「命令にない」

「忠臣っすね。あー、だから見定める、と。丁重に扱うならこちらが保護する『必要』がないと報告出来るし、乱暴に扱うなら殺してでも保護すべきだったって主張が通る」

「あぁ」

 ユウロは釈然としない様子ではあったが、納得したようだった。

「まぁ、ここはセンパイのご判断に従いますよ。あ、もし殺すってなったら、オレ《黎明騎士デイブレイカー》がいいです」

「構わん」

「やったぜ」

「だがな、ユウロ」

「はい?」

「あの御方を魔王などと呼ぶな」

 静かだが、反駁を許さぬ声。

 その時ばかりは、ユウロも軽薄な態度を改めた。

「……プリマサマ、でしたね」

 ビスマスから刃物のように鋭利な殺意が消える。

 魔王直下の魔人二体は、人間の知らぬところで彼らの監視を始めた。


 ◇


 一方その頃。

「ストーーーップ!」

 ヤクモとアルマースの間にアサヒが割り込むように走ってきた。

「まったく油断も隙もない! 兄さんは少し目を離したらすぐ女の子と親密になるんですから! そういうとこ気をつけてくださいほんとに!」

「話していただけだよ」

「許可出来ません」

「えー……」

「それで、話とはなんなんですか? どいつもこいつもすーぐに兄さんの側に寄ろうとしますからね、どうせこの女も同じです」

「失礼だよアサヒ……」

 キッ、と睨みつけるアサヒに対して、アルマースの態度は変わらない。

「側にと言いますか、隊長に『光』に来ていただけないかなと」

「引き抜き!?」

「もちろん、カタナあってのサムライですから、貴方にもお声がけするつもりでした」

「しゅ、殊勝な心がけじゃあないですか」

 武器への敬意も怠らないその態度に、アサヒは「ちょっときつく言い過ぎたかもしれない」という感情を滲ませる。

「今後、異性として好ましく思う可能性が無いとは言い切れませんが。あるいは、恋仲になれば考え直してもらえるでしょうか?」

「あ、兄さん断ったんですね……じゃ、なくて! その発想はダメです。却下です。わたしを敵に回すことになりますよ」

 警戒心を露わにするアサヒ。

「困りました、手詰まりです」

 アルマースは再び困ったような仕草を見せた。


 


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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(書籍化&コミカライズ)◇
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