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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・ブレイド

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178◇人形




 人類にあって魔人に無いものがあるとすれば、チームワークがその一つと言えるだろう。

 彼らは集まりはすれど、手を組むことはあれど、協調することは無い。

 (あるじ)の命にこそ従うが、共に行動したところで戦闘で助け合うことは無い。互いを補い合うということをしない。例外もあるだろうが、基本的に魔人とはそういう生き物だ。

 同胞が死んで悲しむことも無い。感じるのは魔人を殺した人間への怒りや、人間に負けた同胞への失望くらいのもの。種族への誇りはあっても個人への想いは無いというわけだ。

 チームで動かないから、チームワークなど生じるわけがない。

 どれだけの魔人がいるかも定かでない状態で都市の奪還など馬鹿げていると、コース=オブシディアンは思っていた。

 だが兄を始めとした幾人かは、魔人のそんな性質がこの場合は弱点になると考えたようだ。

 確かに、こうして見るとその通りだった。

 足並みが揃っていないのだ。

 四本ある支柱の一本でも突破されれば模擬太陽は終わり。

 ならば魔人は戦力を一点に集めればいい話だ。

 太陽がいかに輝いていようと、二桁程数を集めれば数名の人間を殺すことは難しくないだろう。

 だが奴らが選んだのは、戦力の分散。

 協力して一本を落とすのではなく、我こそが人間共の策を潰すのだと単独行動を選択。

 ――気に食わないわね。

 セレナとかいう魔人からの助言や情報提供は、驚く程に役に立っている。

 今回の作戦が成功すればセレナの有用性が改めて認められるだろうが、問題はそこではない。

 セレナは夜鴉の剣士にしか協力しないと宣言している。

 つまり、魔人から情報を引き出せるのは夜鴉の剣士だけということになり、魔人から齎された情報の価値が認められた時、それは少年の功績となるだろう。

 コースは人並みに夜鴉を蔑視している。

 魔力炉性能に乏しく、人類の存続と繁栄に何ら貢献出来ない劣等種共。その血は早々に絶えるべきだとさえ考えている。

 いや、人並み以上に蔑視している。

《『赤』のオブシディアン隊員、新たに二体の魔人が第三柱への向かいました。足止めを》

 アルマースの声。

「その呼び方やめなさいよ、癇に障るわ」

 《隊》は柱に番号を振り、アルマースとルチルの連携によって導かれる魔人の行動を各員に伝達。

 魔人は協力体制を敷かないとはいえ、無用な仲違いをするほど愚かではない。

 連携はしないが同時にこちらを攻めてくることはある。

 都市襲撃などもこのパターンと言えるだろう。

 複数体の魔人が一つの柱に集中することは充分考えられることだし、実際に今起きた。

 対策の一つとして用意されたのが、コースの魔法だ。

 『赤』の第三位コース=オブシディアン。

 与えられた登録名は――《人形師》。

 人形劇で用いられる糸繰り人形からの連想だろう。

 だがコースの魔法は、劇ではなく戦闘用。

 姿形は自在だが、凝る程に消費魔力が増えてしまうので今回はシンプルなデザイン。

 顔はないが、平均的な成人男性程の体格。木目のようなものがあるが、それ以外は完全に人と同じ。

 不自然な関節や動きなどもなく、挙動は人間的。

 無貌の操り人形。

 人形は擬似的な魔力炉さえ持ち、陽光を魔力に変換する機構を備えている。

 そしてコースの命令に従って動くのだ。

 行動指針を与えることで自律行動も可能であり、もちろん直接命令を下すことも出来る。

 幾つもの属性を組みわせることで実現した、コースだけの魔法だ。

 コース本人は、壁の縁で兄の隣に立っている。

 人形の操作に集中する為、自分の両手で目を塞ぐようにするのがクセだった。

「コース」

 兄に名を呼ばれる。

「はい、クリス兄様。二体の内、一体を十五秒、もう一体は三十秒ほど足止め可能です」

「そうか」

 クリストバルは、コースにとって自慢の兄だった。

 だからこそ、父の決定をコースは許せていない。

 武闘派というと違うかもしれないが、オブシディアンは戦士の家系だ。

 生まれ落ちる者はその才に怠らず日々己を磨き、率先して戦場に出ては魔のモノを狩る。

 そうして壁の内の平和を守護してきた。

 だから、優秀な子供は必然的に『白』に入れられるのだ。

 父が身に纏う純白の隊服を自分達も着るのだと、子供達は幼ながらに確信していた。それが使命であり、誇りだと思っていた。

 だというのに、だ。

『クリストバル、貴様は《燈の燿》に入るように』

 愕然とした。

 兄は間違いなく天才だった。他のどの子供達よりも、もちろんコースと比べても比較にならない程に優秀で努力家な息子で、長男だった。

 《燈の燿》は確かに、全ての学舎の中で最も入校と卒校が困難とされている。

 エリート中のエリートであっても平気で入校審査で弾かれ、謎めいた判断基準で人材を集めると有名。

 その分、訓練生の質が異様に高い。

 例年、大会の優勝はもちろん、『光』の者は『光』の者以外に敗北しない。

 それぐらいに圧倒的な戦力を有する学舎だ。

 兄の才能を思えば、充分に資格はある。

 でも、違った。

『貴様ではルナに敵わん。遅れて入校したあれにランクを抜かれることだろう』

 ――なんだ、それ。

 卑しい夜鴉との間に出来た、醜い混血如きが兄以上だと。

 学舎の在籍期間は大会優勝者や一部の特例を除き三年。

 だから、クリストバルであれば三年次に、コースであれば二年次に、ルナが入校することになる。

 同じ学舎に入れば否応なくランクで優劣がついてしまう。

 ルナに劣る自分達は、それが世間に示されることがないようにと入る学舎を変えろというのか。

 クリストバルもコースも、他のきょうだいも、『白』に入ることは許されなかった。

 同じ学舎を選べば、新入生として入ってくるルナにその瞬間学内ランクで抜かれてしまうから。

 ルナは幼い頃から壁の外で戦っていたが、だからといって何故自分達が彼女に譲らなければならないのか。

 コースも他のきょうだいもその母達も、不満を隠せなかった。

 父はそれらを一顧だにもしなかった。

 普通、《導燈者イグナイター》は《偽紅鏡グリマー》を家でまで引き連れはしない。

 本家の敷地を踏ませない者もいるくらいだ。

 だが父は、マヒルとかいうカタナの《偽紅鏡グリマー》を家で飼っていた。それに留まらず、子供まで設けてしまった。

 それだけでも大問題だというのに、その片割れを特別扱いした。

 そして最悪なことに、その片割れは特別扱いに値する大天才で、兄さえ凌駕する努力家だった。

 許せない。

 それでも、我慢していたのに。オブシディアンの為ならばと堪えて『赤』に通ったのに。

 ルナはオブシディアンの名を捨て、あろうことか夜鴉混じりであることを公言。

 なんてことだろう。

 自分達に我慢を強いた元凶は、そんなこと歯牙にも掛けずに自由気ままに振る舞う。

 ならば、自分達は一体何の為に――。

 百を超える人形は街中に広がり、住民に害が及びそうになった時に助けられるよう待機したり、今この瞬間のように魔人と戦ったりなどしている。

 コースが魔人の足止めをした理由は単純。

 兄が複数体の魔人を同時に相手にする事態を避けるためだ。

 それが功を奏し、先んじてこちらに迫っていた一体の魔人と兄の一対一が成立。

「家畜風情が……!」

 壁を駆け上がってくる男の魔人。

 《燈の燿》第二位クリストバル=オブシディアン。

「理解が足りぬな、魔人。昼夜の逆転が、彼我の有利不利をも逆転させると何故分からぬ」

「黙れ! 家畜一匹、忌々しい光があろうと――」

 魔人は最後まで言葉を発することが出来なかった。

 《銀雪(ぎんせつ)》の名を冠する領域守護者の魔法が、その生命を断っていたからだ。

「お見事です、クリス兄様」

「そうか」

 ――美しい。だけど……。

 それは、雪華を思わせる魔法。

 その花冠一つ一つが高魔力の結晶にして刃であり、いかに堅牢な盾や防壁であろうと即座に貫通する。

 魔人の急所を雪華が貫く。

 機能はまったく異なるが、その見た目だけは――アサヒに似ていた。

 いや、逆だ。

 彼女の『赫焉』が、兄の雪華に酷似しているのだ。

 《黒点化》の仕組みなど分からないが、武器の性能などが《偽紅鏡グリマー》の精神状態の影響を強く受ける事実から考えるに、充分有り得ることだった。

 アサヒが捨てられた当時はもう、クリストバルは《偽紅鏡グリマー》を所有していた。

 だからアサヒが己のが思い描く強さの形を再現しようとした結果、古い記憶の中のクリストバルが参考にされた可能性は、ある。

 魔法は多彩だが、似ることはよくある。炎遣いや風遣いは数が多いし、一々似ているなどと騒がれることもない。

 あくまで形態変化の延長でしかなく、小賢しくも形を千変させる赫焉と、完成された武の形である兄の雪華は別物だ。

 実際、同列に語る者はいない。

 それでも、雪の華が咲き乱れ世界に舞うその姿は、どことなく似てしまっていた。

 ルナといいアサヒといい、その母であるマヒルといい、夜鴉はどうしてこうもコースの神経を逆撫でするのか。

《魔人討伐を確認。人形を突破した魔人がそちらに接近中です》

「承知した。迎撃にあたる」

 兄は父の決定に異を唱えたことがない。

 粛々と与えられた役目をこなす。

 その芯の強さもまた尊敬しているが、胸の内を知りたいという思いも強かった。

 コースはどうにかして兄の方が優れているのだと示したかった。

 だが、このままでは……。




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