177◇各地
ヤクモ隊は現在、三つの《班》に分けられている。
風紀委の《班》そのままに、ヤクモ組を抜いたもの。
それ以外の全員をまとめ、グラヴェル組を抜いたもの。
ヤクモ組とグラヴェル組。
そしてセレナの単独行動だ。
ヤクモ組は《黎き士》によるものと思われる戦闘音を感知、急行。グラヴェル組がこれに続いた。
セレナは本気で協力するつもりらしく、模擬太陽の起動を実行。今の所途切れる様子は無い。
付近に特級魔人の魔力反応は無いが、都市の中心部から激烈な魔力を感知。
そして――。
◇
《班》でもまた、人数を分けて作戦にあたっていた。
ある魔人が地上から空へと向かっていた。
『風』魔法だ。
魔人は《偽紅鏡》を必要とせずに魔法を扱えるが、だからといってあらゆる魔法を使えるわけではないようだ。
模擬太陽の光は魔人にとって害悪。
魔力炉が機能しなくなるだけでなく、視界は大幅に制限され、身体の動きも鈍る。
だがそれでも体内魔力を使用することは出来るのだ。
人間からすれば、それだけでも充分以上に驚異と言える魔力量だった。
その魔人は自ら模擬太陽に近づいていた。直接破壊するつもりなのだろう。
「――――ッ!?」
そんな魔人を打つものがあった。
天より地へではなく、空より空へと奔る雷電。
ユークレース=ブレイクの『雷』属性魔法だ。
いまだ壁の縁に立つユークレースは、模擬太陽破壊を試みる魔人を撃ち落とす役目を担っていた。
だがさすがに魔人も愚かではない。侵入を許したばかりか模擬太陽まで起動された。セレナが手筈通りに動いているからこそ正規の手順で明かりを落とすことは出来ず、よって模擬太陽そのものの破壊を選んだ。
そんな状況で魔力防壁を展開しない程、魔人は馬鹿ではない。
だがユークレースの雷槌は魔力で構成されたものの表面を駆け抜ける。
綻びさえ例外ではない。
だから魔力防壁で防いでしまった時点で――魔力防壁は消失する。
魔人は魔力量で勝っているにもかかわらず自身の防壁が砕け散ったことに驚愕し、一瞬空中で動きが止まった。
「ここからは、私達が」
その隙きを、無色透明の剣がすかさず突く。
トルマリン=ドルバイトの魔力操作。《無謬公》とまで称される彼の腕前は実に見事で、一切の無駄と誤りが無い。
魔力炉を背から、脳を下顎から、それぞれ刃状の魔力攻撃で貫く。
トルマリンが剣を消すと、魔人は真っ逆さまに地へと墜ちる。
――ここまで違うのか。
ユークレースは戸惑っていた。
魔人と言えば、遭遇が死に繋がる強大な宿敵だ。
彼らは闇でこそ真価を発揮し、人類は基本的に闇の中で奴らと対峙せねばならなかった。
どうしようもなく不利な条件で戦っていた。だから多くの領域守護者が命を散らし、魔人は恐怖された。
だが、太陽が輝いているだけで。
いや、だけではない。奇襲に近い形で襲撃出来たことや、隊員個々の優秀さやコンビネーションも大きい。
それでも、実感が湧かない。
――こういう戦い方もあるのか。
この作戦はヤクモやセレナ、アルマースやツキヒ、クリストバルが中心となって考えたものだ。
壁を守る戦いと、己の強さを証明する戦いしか知らぬユークレースにとって、彼らの発想はあまりに自由で、想像を越えていた。
条件に合わせて柔軟にやり方を変え、保有魔法や性格・戦法・相性などを考えて人員を配置。
戦いというのは、会敵する前より始められるものなのだ。
事実、この状況は魔人よりもユークレース達が強いから生まれたわけではない。
種族として劣ってなお、勝てる方法を考えた者たちの策が嵌ったというだけ。
これも立派な戦いなのだ。
《魔人撃破確認。ティタニア隊員によると二体の魔人がブレイク、ドルバイト両隊員の現在地に気付いたようです。迎撃準備を》
《燈の燿》第一位アルマース=フォールスと《現在視》ルチルは模擬太陽の『裏』へと回っていた。
アルマースは『遠見』の姉妹魔法とでも言おうか『俯瞰』を保有しているようだった。
戦場を上から見下ろすような視点を得られるわけだ。
その魔法を己だけでなくルチルにも掛けることで、『戦場を上から見下ろし、適宜対象の思考を読む』という有用極まる戦術を可能にした。
口で言う程容易な行為ではないが、彼女達はそれをこなしていた。
恐るべきは、アルマースもルチルも人類の至宝とでも言うべきその魔法が最大の長所ではないということ。彼女達は単騎で充分な戦力でもあるのだ。
今この瞬間、この作戦ではこういった形での貢献が《隊》に利するというだけ。
《また、三体の魔人がそれぞれ別の『柱』を登ろうと画策。……いえ、破壊も視野に入れているそうです》
壁の縁には四本の湾曲した柱が立っており、それぞれ都市の中心部に向かって曲線を描いている。
それらを繋ぐのが、模擬太陽だ。
空を飛んでゆけないのであれば、壁伝いに柱を登ろうというのだろう。そしてそれさえ叶わないなら、柱を破壊して模擬太陽を都市に落とそうというのだ。
太陽光によって実力を発揮出来ずに死ぬことは魔人にとってこれ以上ない屈辱だろう。
それを阻止する為であれば、模擬太陽落下によって引き起こされる甚大な物的人的犠牲もやむを得ないというわけか。
ユークレースやトルマリンの近くに柱の一本が立っている。
そこへ二体の魔人が接近中。
残る三箇所に各一体ずつ。
当然、人員の配置は済んでいる。
「何体来ようと、何度来ようと、死守します」
「あぁ、救い出した都市に太陽が無いのでは困るからね」
ユークレースの言葉に、トルマリンが優しい声で応えてくれた。
「では、今日こそはトルマリンの魔法が見られるのでしょうか」
彼の魔力操作はそれだけで『白』の七位に至る程に優れているが、魔法があれば更に戦術の幅は広がろう。
流儀にケチをつけるつもりなど毛頭ないが、彼の本気というものを見てみたい気持ちがあった。
「……あぁ、そのことだけれど。実を言うと――無いんだ」
トルマリンはさり気なく口にしたが、その顔は不安そうでもあった。
「――――」
「隠していて済まない。ヤクモや会長は勘付いているようだけど、今度改めて皆には打ち明けようと思う。だから、ユークレース。きみの期待しているような魔法は披露出来ない」
驚いたどころではない。
だが同時に、これ以上なく腑に落ちた。
どうして、魔力操作を極限まで鍛えていたのか。どれだけの窮地に立たされても魔法を使わなかったのか。そもそも彼がヤクモ戦で魔法を使わないわけが無いのだ。手を抜くような人間ではない。
ヤクモはそれで気付いたに違いない。彼が魔法を使わないなら、それは使わないのではく――使えないのだと。
そしてそれを悟られぬよう、それをパートナーが負い目に感じぬよう、彼は魔力の操作を極めた。
「失望させてしまったかな」
今まで隠していた理由など幾らでも想像がつく。
そして、吹っ切れたのか、状況が状況だからか、トルマリンは話すことを決めた。
話してくれた。
「見縊らないで頂きたい。魔法などなくともトルマリンは仲間です。それどころか、好ましくさえある」
「好ましい?」
「だってそうでしょう。あなたは相棒を、性能で選んでいない。逆なんだ。武器を求め共に在るのではなく、共に在りたいと思ったから武器とした。ロマンチストは好きです。自分だけでないと分かって安心するのかな、多分ですが」
ユークレースが領域守護者になることを望んだのは、彼の周囲ではユークレースだけだった。
身体が弱いから、戦闘には堪えられないと思われた。
だがどうだ。
自分は相棒に恵まれ、師に恵まれ、仲間に恵まれ、今こうして一つの都市を救おうと戦っている。
諦められないものがあったから、死に物狂いで努力した。
その点で、ユークレースとトルマリンは同じなのだ。
自分の夢の為と、愛する女性の為という違いはあれど。
彼が相棒に向ける愛情の種類が友愛か親愛か恋愛かについて語るのは野暮というものだろう。
「まいったな……私は想像以上に、仲間に恵まれていたらしい」
「気づくのが遅いのでは?」
照れるトルマリンを茶化すように言うと、彼は楽しげに笑った。
「返す言葉もないよ」
会話しながらも、二人は気を抜いてなどいなかった。
「トルマリン」
「分かっているとも」
魔人が来る。




