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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・ブレイド

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160◇錚々

 



 放課後。

 本戦はひと月後に開始だが、その前に一つイベントがあった。

 表彰式である。

 全ての本戦出場者が出揃ったことで、普段は戦いの場として使用されるドームのフィールドが式場となった。

 予選参加者全員が集められ、本戦参加者が名前を呼ばれる。例のごとく、《導燈者イグナイター》の名前のみだが……。

 一位通過、二位通過の次は三位通過が二組。上位四名出場ということで、三位決定戦などは行われていない。 

「三位通過、学内ランク第四位ユークレース=ブレイク」

 中性的な容姿で儚げな印象を受ける少年だ。色素の抜け落ちたような白い毛髪と猫背、空咳から身体が弱いことが窺えるが、その強さは領域守護者としても剣士としても一流。

「……あのジグザグは、まぁ速かったかな」

 三回戦でユークレースを打倒したツキヒが、ぽつりと漏らした。

 そういえば彼女にしては珍しく、試合の最後に相手を認めるような言葉を口にしていたか。 

「もちろんツキヒ……と、ヴェルのが上だけど」

「うん」

 ツキヒの発言に、アサヒは微笑ましげな視線を向け、グラヴェルはこくりと頷いた。

「三位通過、学内ランク第九位ラピスラズリ=アウェイン」

 紫を含んだ青色の長髪と、同じ色合いの双眼。容易く手折ることが出来そうな細い身体をしているが、そもそも容易には近づけない強者。

 かつてよりも薄笑みに感情を乗せるようになった美貌の少女は、銀の髪を靡かせる従者を伴って前へ出た。

「二位通過、学内ランク第一位、グラヴェル=ストーン」

 夜を纏わせたかのように黒く、月光を織り交ぜたかのように艶やかな黒の毛髪。清流のごとく流れる長い髪は風に美しく揺られ、陽光を綺羅びやかに反射する。烏羽色に相応しき色合いを演出する。

 白銀の瞳には挑戦的な炎が燃えていた。

「……一位なのに二番目って、締まらないな」

 面白くなさそうな顔をしながら、ツキヒは進み出る。

 本来と主従が逆転している《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》。

 濃い紫色の長髪、同色の瞳をしたグラヴェルは己が(あるじ)と定めた者の後ろを歩く。

 普通でなかろうと、周囲からすればおかしなことだろうと、自分に恥じるところはないとばかりに堂々と。

「一位通過、学内ランク第四十位ヤクモ=トオミネ」

「はい」

 進み出る。

 妹と並んで。

 普通のペアとも、グラヴェル組とも違うけれど、ヤクモ達にとっては大事なこと。

 主従ではない。対等な相棒。故に並び立つべき。

 全ての本選出場者が呼ばれると、各組織のお偉方が直々にメダルを授与することとなった。

 一番の大物はなんといっても、『白』の総司令・アノーソ=クレースだろう。

 妙齢の女性で、全てを包み込むような笑顔が特徴的。何かがあっても彼女が微笑むだけで、なんとかくその場の空気が和み、まぁいいかと思わせてしまう。そんな先天的な魔性とでもいうべきものを備えた麗人。

 かつて師に連れられてタワーに顔を出した際、見たことがある。

「また逢ったわね、坊やにお嬢ちゃん……いえ、これでは失礼にあたってしまうかしら。次代の《黎明騎士デイブレイカー》であるヤクモにアサヒ」

 ヤクモが彼女に好印象を抱いているのは何も笑顔の所為ではない。彼女は当たり前のように、兄妹が二人一組であるとして扱ってくれる。ヤクモとアサヒを同列に、対等に扱ってくれている。

「……総司令がお越しになるとは思いませんでした」

「みんな忙しいから。特に今は、とてもね」

 大会もあるが、二つの廃棄領域奪還、それと並行して都市の防衛強化、魔力石が奪われたことによって魔力の枯渇が懸念される模擬太陽の稼働など、問題は山積み。

「あなたは暇なんですか? うちの兄に唾つけようたってそうはいきませんよ」

「……アサヒ」

 兄に微笑みかけるような女性とあれば何者であろうと噛み付く妹である。

 少しはツキヒの姉モードの時のような分別が欲しいものだ……と少し悩むヤクモだった。

「ふふ、いえいいのよ。媚びない強さというものもあるでしょう。もちろん、ヤクモのように礼儀を忘れないというのも素晴らしいけれど」

「で、要件は?」

「ヤクモとアサヒに、ね。言わなければならないことがあるのよ。他の者から告げる・呼びつけて告げる、なんてことはとても出来なくて。せめて、わたしが直接と思って足を運んだの。これはその、ついでね。それと、心の準備をしてほしくて」

「……何があったんですか?」

「また後で話しましょう」

 アノーソは肩を撫でるように叩いて、去ってしまう。

「……意味深女。あぁいうのをミステリアスとか勘違いした男が熱中するんですね。胸も大きいし」

 アサヒの巨乳憎悪は根深いらしい。

「そうだね、本当になんてことのない話ならいいんだけど」

 胸に下げられたメダルへの喜びを感じる余裕は無くなってしまった。

 あるいはそれさえも、彼女の言う心の準備の為のものなのか。

 今ここで喜ぶことによって、のちの絶望との落差を少しでも減らそうという配慮?

 ――考え過ぎであってくれ。

 ヤクモがそんなことを考えている内に、閉式となった。

「ヤクモっち、ヤクモっち」

 ヤクモをそう呼ぶ人間は、そういない。

「ロード、本選出場おめでとう」

 《紅の瞳》学内ランク第八位ロード=クロサイト。

 快活な印象を受ける少女だ。薄紅色の髪と瞳をしており、隣には童女がすがりついている。

 その子の頭に手を乗せて撫でながら、ロードはにっこりと笑う。

 かつてヤマトの村落に差別的な近隣住民が押し寄せた際、もう一組の訓練生と共に助力してくれた少女だ。

「やぁ、よかったよかった。覚えててくれたんですねー」

「忘れないよ。きみには助けてもらったしね」

「あの程度、お安いごようですよー。にしても、すごいですねー。まさか一位通過とは!」

「ありがとう。きみの試合も見ていたよ、とても強いんだね」

「そうですかねー、三位通過なんですけども……。でも次期《黎明騎士デイブレイカー》にそう言われると照れちゃいますなぁ。とはいってもあれですからね? あたったら勝つ気でいきますからー」

「もちろん。それが聞けて嬉しいよ」

「あはは、ヤクモっちは色々と面白いですなぁ」

「ロード! なに夜鴉と口利いてんのよ、『赤』の品格が下がるからやめなさい!」

 話に割って入ってきた少女を見て、ロードが「うへぇ」と辟易した様子で肩を落とす。

 雪色の髪をした、勝ち気そうな長身の女性だった。そして、白銀の瞳をしている。

 アサヒの髪と、ツキヒの瞳。

 なのに、どうしてこうも心が揺れないのだろう。

 むしろ、逆。

 要素は同じなのに、醜悪とさえ感じられた。

「汚らわしい視線を向けないでよ夜鴉。……おまえもよ、無能」

「……コースお義姉さま」

 《紅の瞳》学内ランク第三位にして、予選三位通過コース=オブシディアン

 今回、本戦には五色大家の者が大勢名を連ねている。

 アサヒやツキヒと歳の近い本家の者も、本戦へと駒を進めていた。

「ちょっと、吐き気がするからわたしを姉なんて呼ばないでくれる? わたしにまで汚い鴉の血が混じっているだなんて誤解されたらどうすんのよ。あなた、わたしに嫌がらせしたいわけ!?」

 すごい剣幕でアサヒを怒鳴りつけるコースに、ヤクモはむっとする。

「コースセンパイ、それはいくらなんでも言いすぎではないでしょうかー……」

「うるさいのよあなた、オブシディアン家の息女たるわたしに逆らうつもり!?」

「いやぁ……そういうわけではー……」

 ロードはとても面倒くさそうに、けれど失礼な態度はとらないよう気をつけて発言している。

 一般的には、それが五色大家に対する当たり前の対応。怯えて従うか、嫌々従うか。喜んで従う者もいるだろう。

「うるっせぇなブス。昔みたいに返り討ちにされたくないなら消えろよ」

 ツキヒだ。

 苛立ちも隠さずコースを睨みつけている。

「ルナ……あなた自分がオブシディアンの家名に泥を塗ったという自覚が無いの? 半分夜鴉のあなたを実子として迎えたオブシディアンへの恩を仇で返すような真似して! 恥を知りなさい!」

「ルナなんて知らないっつの。ツキヒはツキヒなんで。むしろあんな退屈なとこ出られて喜んでるくらいだっつの!」

「……あなたね、立場が分かっているの? もうオブシディアンではない。なら、あなたを壊すことでお父様のお叱りを受けることはない」

「笑えるんだけど。お姉ちゃんを虐めて自分の無能を慰めてた雑魚が、ツキヒを壊す? やってみろよ。出来るわけないけど」

「~~~~っ、この恩知らずッ!」

 コースが手を振り上げた。

 ヤクモは咄嗟にツキヒの首根っこを掴み、場所を入れ替えるように前へ出る。

 だがコースの手のひらが迫ってくることはなかった。

「……このような場で恥を晒すな。オブシディアンの名に泥を塗りたくないのであればな」

 雪色の少年だ。

 背が高く、訓練生服の上からでも鍛え抜かれていることが分かる肉体。恵まれた体格にあぐらをかくことなく鍛錬を続けた者とひと目で分かる。

 《燈の燿》学内ランク第二位にして、予選二位通過クリストバル=オブシディアン。

 白銀の瞳の奥に湛える感情は何か。

 真意を覗かせない冷たい眼光は、コースに対して向けられていた。

「クリス兄様っ……! ですがこの夜鴉共がっ!」

「私に、二度も妹を窘めろと、そう言いたいのか?」

 低い声でそう言われた途端、コースの顔が真っ青になる。

「い、いえクリス兄様。コースの振る舞いに問題がありました。以後気をつけます」

 萎縮した様子のコースを見て、クリストバルは掴んでいた手を離す。

「あぁ、そうしろ」

 それから彼は周囲の面々を一瞥。

「アサヒ、こうして言葉を交わすのは十年ぶりになるか」

「……はい、クリストバルお義兄さま」

「とうに死んでいるものと考えていたが、遣い手に恵まれていたらしい。あるいはルナの行いあってこそか」

「そう思います」

「姉妹揃って、マヒルに似てきた」

 アサヒとツキヒの眉が揺れる。

「……お義兄さまは、母をご存知で?」

 クリストバルの言葉は全て、淡々と響く。

 波が無い。

「美しい刀だった。感謝もしている。全ての武器が、遣い手の為に死ねるわけではない。あの忠誠心は評価すべきだろう」

 ツキヒが目を剥き、アサヒが視線を落とした。それから睨むように彼を見上げる。

「母を、ものであるかのように言われるのはやめてください」

「生者であると認めたつもりだが」

「生きた武器ではなく、生きた人です」

「認識の相違だな」

「いいえ、認識ではなく価値観が異なるものと思います」

「貴様が、己と人と思うことを否定はせん」


「アサヒは人間だ。彼女の母も、ツキヒも、全ての《偽紅鏡グリマー》も」


 言わずにはいられなかった。

 仮にも妹を、その母を、生きた武器などと。

「否定はせんと言ったろう。それ以上何を望む。他者の認識を歪めることが正義だとでも?」

「他者の存在を下に見ることが正義でないことくらいは分かる」

「価値観の相違だな」

「えぇ、あまりにも違う」

 ヤクモの視線はだが、彼には届いていないようだった。見えてはいるが、届いていない。

 心が少しも動いていない。

「他に言うことがないのであれば、私はこれで失礼する」

「一つある」

「なんだ」

「もしあなたとあたることがあれば、僕達が勝つ」

 ヤクモの宣言さえも、彼には届いていないようだった。

「そうか。行くぞ、コース」

「は、はい……!」

 二人が去っていく。

「……ぷはぁ。いやぁ、え、みなさん凄いですねー。あのオブシディアンに真っ向から逆らうぜって感じがもう、真似出来ないですよー」

 息を潜めていたのか、苦しそうにめいっぱい息を吸い込むロード。

「でも、きみもコースを窘めようとしてくれた。ありがとう」

「……あんな情けない姿を晒したというのに、感謝ですかー。きみはやっぱり変だなぁ」

 ロードは困ったような、照れるような顔をする。

「……あいつら、ぶっ殺す」

「ツキヒ、言葉が不穏過ぎるよ?」

「お姉ちゃんは悔しくないわけ!?」

「悔しいけど、今は兄さんだけじゃなくてツキヒも怒ってくれるから。わたしはその分、冷静でいられるのかも」

「……昔から、そうやってヘラヘラして。だから虐められるんだよ」

「えー? 酷いこと言うなぁ」

「ヘラヘラすんな!」

「ツキヒが守ってくれる感じ、懐かしいなって」

「守ってなんかない」

「えー?」

 姉妹は仲睦まじい。

 ともかく、本選出場者十六名が出揃った――。

 《皓き牙》

 一位通過・第四十位ヤクモ=トオミネ

 二位通過・第一位グラヴェル=ストーン

 三位通過・第四位ユークレース=ブレイク

 三位通過・第九位ラピスラズリ=アウェイン

 《紅の瞳》

 一位通過・第一位ネイル=サードニクス

 二位通過・第五位ルチル=ティタニア

 三位通過・第三位コース=オブシディアン

 三位通過・第八位ロード=クロサイト

 《蒼の翼》

 一位通過・第一位エメラルド=スマクラグドス

 二位通過・第二位ユレーアイト=ジェイド

 三位通過・第六位アンバー=アンブロイド

 三位通過・第十七位シベラ=インディゴライト

 《燈の燿》

 一位通過・第四十位ラブラドライト=スワロウテイル

 二位通過・第二位クリストバル=オブシディアン

 三位通過・第一位アルマース=フォールス

 三位通過・第四位ターフェアイト=ストーレ

 全員とあたるわけではない。

 だが、誰とあたろうとも負けるつもりは無かった。

「……あぁ、待っていたよ」

 選手の入退場口に、アノーソはいた。

 彼女の姿が見えたので、兄妹は足早に近づく。

 アノーソの視線によって、ロードは「あ、じゃあ失礼しますねー」とその場を後にした。

 だがツキヒは動かない。

「お姉ちゃんが聞くならツキヒも聞く」

「あら、お姉ちゃんっこなのね」

「……あ?」

「ツキヒ、目上の方への態度というものがあるよね?」

 ――あれ、さっきの自分は……。

 と思うが、口にしはしない。

「いいよ、そのままで。それで、その、廃棄領域《エリュシオン》の件なのだけれど」

「師匠に何かあったんですか!?」

 アノーソは中々次の言葉を紡がない。

「……帰って、きたんだよ。……チヨだけ」

「――え」

 意味が分からない。

 《エリュシオン》を奪還しようと、何らかの理由で失敗しようと、それは有り得ない。

 二人でなければ帰ってこれないし、帰ってこない筈だ。

 つまり。

「……魔人がいて、チヨだけを壁の近くに捨てにきた。わざわざね。チヨは生きている。怪我が酷いから、今は治療中だ」

 ぐらりと、視界が歪むようだった。

「兄さんっ」

 咄嗟にアサヒが支えてくれなければ、倒れていただろう。

 ――有り得ない。

「……しょうは。し、師匠は」

「その魔人は……どうやら何者かの配下のようでね。その、言ったそうだよ。真実か分からない。おかしなところだらけだし、魔人の言うことだ。信用ならない」

「なんて……なんて、言ったんです。その魔人は、なんて」

 ――有り得ない。有り得ない。そんなことは起こるわけがない。

 けれど、アノーソから告げられた言葉は、ヤクモの考えを否定するようなもので。

「――《黎き士》は討ち取った、と」




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 学園編あるあるだけど、研修生なのに皆んな強すぎない? 魔人下位を班で倒せたらプロとして一人前って設定なのに、特級単独で倒した主人公と研修生らが同格なのがバランスおかしく感じる。 後人…
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