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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
アンペルフェクティ・ダンス

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149◇対極

 



 二組の訓練生が向かい合っている。

 フィールドは破壊されても土魔法の遣い手が修復してくれるので、常に綺麗な状態に保たれている。

 観戦者の数が異常だった。

 これまでのどの試合よりもずっと多い。

 決勝ということもあるだろうが、みな対戦カードに惹かれて一目見ようと押し寄せているのかもしれない。

 一位と四十位。五色大家の《偽紅鏡グリマー》と、壁の外からきた《偽紅鏡グリマー》。最強の訓練生と、次代の《黎明騎士デイブレイカー》。

 どちらが勝つのか、どのような戦いをするのか、気になるのだろう。

「きみ、覚えてる?」

 ルナだ。

 嘲笑うようにこちらを見ている。

「ルナに『負けました』って言わせるとかほざいてたよね?」

「あぁ、確かに言ったよ」

 彼女はネフレンを過剰に痛めつけた上、家族を愚弄した。

 その後何度も助けられたが、それとこれとは別だ。

 感謝もしてるし恩もある。だが和解はしていない。

「正気じゃないね。勝てるわけねぇだろ雑魚」

 言ってから、彼女は不快げに、それでいてどこか不安げにヤクモを睨む。

「……きみらじゃあ、魔法を使ったって勝てやしないんだよ。今のうちに諦めたら?」

 ――あぁ……やっぱりこの子は。

 ヤクモは確信する。

 ヤクモ達が魔法を使うことを恐れている――のではない。

 彼女はそこまでヤワではない。

 なのにどうして不安そうな顔をしているのか。わざわざ棄権を勧めるのか。

 姉に魂の魔力炉接続をさせたくないからだ。

 アサヒに命を削らせたくないからだ。

 彼女は姉に執着している。そして、彼女が死なないように手を尽くしている。

 最初の魔人戦では召集されていないにも関わらず救援に現れた。

 イルミナがパパラチア家の奸計に嵌った際には一度協力を拒んだものの、ラピスとロータスの戦いにアサヒが賭けられていると知るや手を貸した。

 魔人襲撃時には本家の命令を終えてすぐ駆けつけ、最終的にヤクモを治した。

 気まぐれではない。

 彼女はアサヒを、姉を心配していたのだ。

 どれだけ性根が曲がっていようとも、姉を想う心を持っている。

 ヤクモにはずっと考えていたことがあった。

 自分達は、どうして十年もの間、生き残れたのだろう。

 アサヒが現れ、ヤクモが戦えるようになった。

 でも、一組の戦士が出現したくらいで、常闇の世界を生き残れるだろうか。

 もちろん、ヤクモ達は努力した。これ以上ないくらいに頑張って、多くの犠牲を払いながらも勝利を積み上げ、今日まで至っている。

 それでも、思うことがあるのだ。

 ヤクモ達のやってきたことに、あの師でさえ驚嘆していた。師の相棒であるチヨに至っては奇跡とまで。

 ヤクモもそう思う。正確には、奇跡『的』だと思う。

 これまでは、『白』の活躍によるものと思っていた。

 しっかりと任務を果たす『白』の戦士が魔獣をほとんど倒してくれるから、ヤマト民族の村落にまでやってくる魔獣が、兄妹でもなんとか凌ぎきれる数だったのではないか、と。

 それが間違い、ということはないだろう。実際に訓練生になって分かった。『白』の隊員に気を抜いて任務にあたる者はいない。みな命がけと知りながら『白』を選んだ者達だった。

 自分達だけの力で生き残れると思い込める程、兄妹は傲慢になれない。

 ヤクモ達の考えは間違っていない。間違っていないが、全容を捉えてもいなかったのだ。

 ルナだ。

 ルナとグラヴェルは、幼い頃から壁外で実力を発揮していたという。

 正規の手順を踏まず、五色大家の権力を使って壁の外へ出ていた。

 そのことを知った時、ヤクモは確信した。

 ――アサヒを助けようとしたんだ。

 家に戻すことは出来ない。

 何処にいるかも分からない。

 でも、壁の外に姉がいる。

 このままでは魔獣に食べられてしまう。

 アサヒが捨てられるまで、ルナは何者にも使われなかったという。

 だが姉が壁の外へ送られてすぐ、グラヴェルというパートナーを得た彼女は、これまでの者が無能であったと証明するかのように力を示した。

 その力で魔獣を倒し続けた。

 ある段階で、姉の場所を突き止めたかもしれない。

 それでも逢いに来ることなく、ただその村落へ魔獣が向かわぬようにと戦った。

 同じ五色大家のコスモクロアに頼んで調べてもらったところ、毎日だそうだ。

 彼女はある日から、姉が壁内に戻った日(、、、、、、、、、)まで欠かさず出撃していた。

 そしてそれは、その日を堺にぷつりと止まった。

 彼女が強いのは当たり前。

 兄妹と同じように、彼女も十年間闇の中で刃を振るっていたのだから。

 それを感謝し称えることを、ルナは喜ばないだろう。認めさえしない筈だ。

 真意を語り、姉と和解することもない。

 このままでは、きっと。

「僕らは戦うよ。戦って、勝つんだ」

「……だから、勝てるわけないじゃん。ばかなんだな、ほんと、どうしようもないよきみ」

 苛立たしげに髪を掻き乱し、ヤクモを睨む。

 彼女はそこで、視線をアサヒに転じた。

 ドームは沸き立つ観戦者らによって喧騒の地となっている。

 それでもルナは声量を少し落し、姉に話しかけた。

「きみはどーなのさ。分かってんでしょ、ルナときみは違う。格がさ、段違いなわけ。分かってるよね、昔はそれを自覚して、いつもヘラヘラしてたじゃん。分際を弁えて、ちゃんと全部ルナに譲ってたよね。今回もそうしなよ。そうすれば、無駄に傷つかずに済む」

「……心配してくれてるの?」

「ッ。時間の無駄を省こうってだけだっつの、頭悪いのは変わってないな。雑魚は雑魚らしく隅っこ歩けよ、無能は無能らしく天才を見上げてろ。きみじゃあルナには勝てない。何一つルナに勝っているものなんてない。……あの日、残ったのはルナで、捨てられたのがきみだ。それが全てだ」

 見下すような言葉は、されど苦しげで。

「そうだね、ツキヒ」

「ルナだって言ってんじゃん!」

「あの日、わたしだけが捨てられた。ツキヒはとても才能があって、すごい《偽紅鏡グリマー》だから。それを忘れたわけじゃあないよ」

「なら――」

「けど、今は?」

「あ!?」

「今、あなた達の前に立っているのは、わたし達」

「――――」

「わたし達は、実力で決勝まで上がってきた。ツキヒ、あなた達と戦う資格はあるよ。わたし達は互いに決勝進出者。ランクも性能も、過去だって関係ない。わたし達は――同格だ」

 悲鳴のような、叫び声が上がる。

「ざ――ッけんな! どっ、同格? ルナときみが同格? なにそれ、なにそれなにそれ、何言ってっちゃるわけ? んなわけねぇだろばーかッ! 相棒を見つけようが黒点化しようが、何も変わらない! きみとルナの差は、絶望的なまでに広がっている!」

「言ったよ、ツキヒ。わたしときみじゃない、わたし達ときみ達の話をしてるんだ」

「……調子に乗んな! 偽善者の夜鴉一匹手篭めにしたくらいで、自分の価値があがると思ってるなら哀れでならないよ」

「兄さんを悪く言わないで」

「そいつは! ……そいつときみは、兄妹でもなんでもないだろうがっ!」

 その言葉は、兄妹の絆の否定ではなく。

 むしろ、自分と姉の――。

「血の繋がりは関係ないよ」

 アサヒの言葉に、ルナが目を見開く。

「関係ない? 関係ないだって? ならなんで(、、、、、)――」

 ルナが俯く。

いつまで待っても、続きの言葉は無かった。

 次に顔を上げた時、彼女からは表情が消えていた。

 その口が開かれる。

 出て来る言葉は、きっと先程の続きではない。

「分からないなら、教えてあげるよ。どうあっても、格の違いってもんは縮まりっこないんだってことを、ばかな頭でもわかるように教えてあげる。サムライごっこが通じないって分かれば、きみも思い出すでしょ。自分の分際ってものをさ」

 ルナが視線を外す。

 それを合図とするように、グラヴェルが唱えた。

「イグナイト――スノーホワイト・ナイト」

 アサヒが言うには、彼女の本当の銘ではないという。

 そして、それは武器にも言えた。

 カタナの要素を極力排除し、まったく無関係な曲刀に見せている。

 それを悲しげに見つめていた妹の手を、ヤクモは握る。

「行こう、アサヒ」

 すると、彼女は手を握り返して淡く微笑んだ。

「はい、兄さん」

抜刀(イグナイト)――雪色夜切・赫焉」

雪白の刀、その柄を握る。

 同色の粒子が周囲を舞う。

 グラヴェルの身体を操るルナが、底冷えした声で呟いた。

「来なよ、潰してあげる」

「参る」

 学内ランク第一位《黒曜ペルフェクティ》グラヴェル=ストーン 

 対

 学内ランク第四十位《白夜(ファイアスターター)》ヤクモ=トオミネ

 開始。



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