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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
アンペルフェクティ・ダンス

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144/307

144◇影響

 



 ヤクモ達が風紀委や他の強者に与えた影響は、当人らが思っているよりも大きい。

 どんな人間でも、ある程度成長すると壁にぶつかる。

 今強者と認められている者達は、各々のやり方で壁を打ち破った者達。越えてきた者達だ。

 そんな彼らにさえ、トオミネ兄妹の戦い方は異質に映る。

 黒点化により赫焉という追加武装を手に入れているが、それも言ってしまえばトルマリン=ドルバイトの魔力攻撃と同質のもの。

 技術的に言えば、魔力を持った者であれば習得できる能力に過ぎないのだ。

 無論、自在に操るには相当の苦労を要するだろう。

 だが、それが必要なものであれば、誰しもその苦労を買う筈だ。

 トルマリンという存在が目立ち、悪く言えば『浮く』程に、魔力攻撃は珍しいものだ。

 何故か。

 魔法があるからだ。魔法でいいからだ。

 魔力そのものを成形し、自在に操るというのは非常に困難なのである。

 魔法ならば、《偽紅鏡グリマー》に組み込まれているものを起動し、操作もある程度は楽に出来る。もちろん、ある程度を越えようと思えば鍛錬が必要になるが。

 攻撃の基本形が既に用意されている魔法と、全て自身の脳内で組み上げねばならない魔力攻撃。

 扱いやすさだけではない。

 魔力は、純粋な状態だ。影響を受けやすく、より強大な魔力を前に消え行くのみ。

 だが魔法であれば、変質した状態の特徴をある程度維持することが出来る。

 砕かれた魔力は霧散するが、砕かれた氷魔法は氷塊や氷片となる、といった具合に。

 赫焉の場合も、ある程度は魔力攻撃の欠点が適用される。

 粒子の形や動きは常に、術者が正確に思い描かなければならない。ヤクモもトルマリンも平然とやってのけるが、脳内でどれだけの計算が行われていることか。

 己の身を晒す戦い方をするのは、珍しくはあるもののヤクモ組だけではない。

 学内ランク第十六位《獣牙》パイロープ=キャンドルは獣の爪を模した武器に高魔力を纏わせて戦うし、主に試合でだがユークレースも抜刀術なる剣術を用いる。

 だが双方とも、膨大な魔力を保有、生成可能な者達だ。

 ヤクモ組は、身一つ。

 彼の武器は、身体とカタナだけ。

 身体とは思考であり、体術であり、剣術であり、彼にとれるありとあらゆる手段。

 何も持たない彼らは、だからこそ決まった形に囚われない。

 ネフレン組は《偽紅鏡グリマー》を人として扱うようになり、入校時よりも評価を伸ばした。 トルマリン組は剣術を覚え、魔力操作にはより磨きが掛かっている。

 スペキュライト組は『必中』の弾数制限を超えた後も戦う術を見つけ出した。

 彼と戦った者は、彼と深く関わった者は、彼らを見て、その果てに自分を見つめ直すことになる。

 才能一つ無いヤマトの兄妹が、自分達に届く刃を振るうのだ。

 何故と思うのは当たり前。彼らはどうしてその領域まで来れたのだろう。どうして自分達は押され、負けるのだろう。何故、何故、何故。完全には解決しない疑問。

 そして、考えてしまうのだ。

 どうすれば勝てるだろう。どうすれば勝てただろう。

 見える壁はいい。越える方法を考えられる。

 けれど、その壁が見えなかったら?

 自分達からしたら到達点に立っているつもりで、あるいは進み続けているつもりで、その実立ち往生していたのだとして。

 それに気づくことは、自分達だけでは出来ない。

 トオミネ兄妹は、自分達が壁を前に佇んでいることに気付かせてくれる。

 ラピスが彼らと戦うのはこれが初めてだが、既に救われた。背中を押してもらった。

 大地と己とを繋いでいた鎖は、もう無い。

 ラピスは自由で、ただの少女で、ヤクモ組の対戦相手。

 手を抜くことを、彼らは望まない。

 当然、少女自身も。

 己こそが恩人に立ちはだかる壁となろうとも、全身全霊で相手する。


 ◇


 ラピスの片足を引っ張った鎖は既に粒子へと戻している。

 あと一瞬遅ければ凍結されていただろう。

 ラピス自身も、地面に突き刺した鎖を縮ませることで地に降り立った。

『まるごと凍結されない為には近づくしかなく、近づき過ぎれば目視や接触点から凍結される……。ついでに爆発や近接攻撃もある、と。かなり厄介な相手ですね』

 妹の評価には同意だった。

 ただでさえラピスは魔力強化で空高く跳ねることも出来るのだ。

 フィールドの半分を凍らせることの出来る彼女から距離をとるわけにはいかない。 

「あなた達の大きな武器は思考力と機動力よね。けれど、それはこの寒さの中でどれだけ保つのかしら?」

 そう、今やフィールド内は酷寒の地と化していた。

 言うまでもなく、彼女の魔法によるものだ。

 最初の一撃はまだフィールドの半分を埋めている。

 連続する凍結も、室温低下に拍車を掛けていた。

 うだるような暑さでは頭が働かず、身体のパフォーマンスも充分には発揮されない。それは寒くとも同じこと。

 時間経過は人間を精神的肉体的に追い詰める。

 本来ならばそれは両者平等。

 だが今のラピスにはリツがついている。

 極小の爆破が彼女の周囲で巻き起こり、その熱で彼女は寒さを凌いでいるようだ。

『……舐められたものですね』

 ちゃき、と刀を構える音。

 妹の言いたいことはよく分かる。

「きみやイルミナさんを悪く言うつもりはないけど、この程度なら永遠にだって動けるさ」

「そうかしら」

「あぁ、そうだ。壁の外に比べれば、暖かいくらいだよ」

 任務で壁の外に出るだけの者では、実感が薄いのだろう。

 極寒の大地で日々を生き延びることの困難さは想像に難しいのだろう。

「きみの言う、僕の武器は――太陽の下で磨かれたわけじゃあない」

 この思考も、この動きも、全て。

 震えながらも懸命に戦い続けることで手に入れたものだ。

 今更寒さ如きで鈍るものではない。

「そう。寒さじゃあ鈍らないのね。なら、凍らせることにするわ」

 強大な氷柱の雨が、降ってくる。

 相変わらずの魔法展開速度だ。

 ヤクモも負けじと粒子と空中へ向かわせた。

 氷柱は大量に生成した為に、一つ一つの構成が同じだった。

 速さを実現するにあたって、一つ一つ丁寧に作り上げるのではなく、最初の一つを複製する形で魔法を展開したということだ。

 つまり、綻びの位置も同じになる。

 放置して落下させることも一瞬考えるが、爆発の可能性やラピスの優秀さを考えると無視は出来なかった。

 何かが起こるより前に消すべきだろう。

 だが、それこそが彼女の狙いだったのだ。

「そういえば、あなた達は迅速に意思疎通を図る手段として、特定の行動を符号で表すのよね? それに倣うのであれば、これをどう呼ぼうかしら。登録名にちなんで――氷獄というのはどう?」

 そして、氷獄が顕現した。




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