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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
アンペルフェクティ・ダンス

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133/307

133◇学友




「……で、なんでアタシなわけ?」

 深緑の長髪を、低い位置で二つに分けていた少女だ。

 同色の瞳は嫌悪感に歪んでいるように見えるが、友人――少なくともヤクモはそう思っている――視点から見れば心から嫌がっているわけではないと分かる。

 いきなり呼び出されて不機嫌になっている体裁で、ヤクモに応じているだけ。性格かプライドか、差別主義者を自認する学友には、こういった面が見られた。

 一言で言うと、素直じゃない。

 ネフレン=クリソプレーズである。

 現在地は、女子寮。彼女の部屋の前。

 セレナの衣装選びをすることになったヤクモだが、残念なことにふぁっしょんなるものには疎い。とんと縁がない。

 なにせ五歳までは貧乏人で、それ以降は壁の外だ。身につけていたものは襤褸布だったり、裁縫が得意な家族のおかげでぎりぎり服の形を為しているものだったり、ヤクモにとって温かなものであっても、衣装なんて立派なものではなかった。

 そんなヤクモでも分かる。いわゆる『衣類』は人体を保護する為だけに存在するわけではない。装飾品なんて言葉があるように、人は己を飾ることを覚えた。それが出来るのは生活にある程度の余裕がある者。

 衣類や服飾品は己の社会的地位を象徴するものでもあるわけだ。

 制服などは顕著な例だろう。一組織で統一されたそれにより、身に纏った者の所属が一目で分かる。

 また、自己主張の手段でもある。

 セレナの場合は、これだろう。

 美しい己を、より際立たせる為に服を纏う。

 共感は出来ない感覚だが、大いに理解は出来た。

 同じ人物でも、何をどのように身につけるかで印象は変わるか、という話である。

 今回、ヤクモはセレナがより美しく見えるよう服を選ばなければならなかった。

 しかし、だ。

「僕達、友達だろう? 助けてはくれないかな」

「ふぅん?」

 ネフレンは鼻を鳴らすも、満更でもない様子。

 だがすぐに、疑うような視線を寄越した。

「待ちなさいよ。なら、それこそアタシじゃなくて同じ《班》の奴らに頼むべきじゃないの」

「あー……。考えてはみたんだけど、その、ね」

「あのクソ魔人は条件を出してきたんですよ」

 妹が荒んだ目で言う。

「条件って何よ」

「衣装代は兄さんの(ろく)で賄うこと、なんて! まっっったく不愉快極まる! 不届き千万! そもそもわたしだって兄さんに服を買ってもらったことがないというのに!」

 妹が荒ぶっている。

 だが、妹の言う通りだった。

 ヤクモの得た金で服を揃えろというのがセレナの要求だった。

 なので、いわゆる上流階級の仲間達には声を掛けなかったのだ。

 彼女達が知るのはドレスメーカーによるオーダーメイドであり、いわゆる街のお洋服屋さんになどは通わない。店を構えた店主自身が直々に本宅へ顔を出すのが当たり前の世界だ。

 悲しいことに、ヤクモの財布では支払いなど叶わない。

「納得だわ。庶民出のアタシが丁度いいってわけね」

 ネフレンは何の後ろ盾もなく、それでいて入校と同時に四十位に数えられる程の実力を得た努力家だ。

 普通の夫婦の元に生まれ、普通の街に暮らしていた。

 今回頼るべき相手としては、これ以上ない。

「卑下しないほしい。真っ先に思い浮かんだのがきみなんだ。ほら、街で買い物を教えてくれたのもネフレンだったじゃないか。また頼るというのは、迷惑だったかな?」

 ネフレンは舌打ちした。

 顔が少し赤い。

「別に、いいケド」

「兄さんの言葉に顔を赤くししないでもらえます?」

「してないから!」

 自分の髪の毛先を弄りながら、ネフレンはヤクモを見た。

「でも、それならほら、いるでしょう? モカとか、《魔弾》んのとこにも女が」

 同居人でもあるモカや、スペキュライトの姉であるネア。

 彼らも壁の内で、裕福とはいえない生活を送った者達だ。

 選択肢には無かったのか、と言いたいのだろう。

「正直、考えなかったわけではないんだけど」

「けど、何よ」

「急いでいるというのもそうだし、きみなら確実かなと思ったんだ」

 ヤクモの答えに何を思ったか、彼女はしばらくヤクモを見ていた。

 不意にため息を溢し、上着を取りに室内に戻る。

 すぐに出てきて、ヤクモをじろりと睨んだ。

「それは分かったけど、まずはアンタの服ね」

 まだ病人服のままだった。

 とはいえ、買っていたら財布が更に軽くなってしまう。

「えぇと、取り敢えずはこのままで」

「一緒に歩くアタシが恥ずかしいわ」

「……一度寮に戻って、予備の制服に着替えるよ」

「制服? アンタ私服無いの? 別に見たいとかそういうことは一切ないし別に休校日だろうと制服着て悪いってことはないから問題はないんだけどほんの少し気になっただけというか」

 何かを誤魔化すような早口で言われ、ヤクモは苦笑しながら応える。

「此処へ来た時のもの以外は、うん。持っていないかな」

 ネフレンが不思議そうにこちらを見た。

「言っちゃなんだけど、夜鴉の子供にしては大金を貰ってるでしょう? 他の訓練生と比べても、だけど」

 魔人討伐の功を称えられた際に報奨金も出た。

「あぁ、家族の家を直したり、日用品とか食料とか家具とか、色々用意してたらほとんど無くなってしまって……あはは」

 それと、師は要らないというがヤクモは少しずつお金を渡していた。援助を受けているとはいえ、彼女の方にもヤクモ達に求めるものがあったとはいえ、受けた恩を当たり前と思ってはならない。

 どれだけ掛かっても、返しきるつもりだった。

 なので、ヤクモは基本的にいつもお金が無い。

「無欲……とは違うのよね」

「そうだね、どちらかというと僕は強欲だと思う」

 家族に安全な壁を与えたい。そこから発展し、温かな食事を、良い暮らしを、太陽を、壁を必要としない差別なき世界を。

 なんて、欲が留まることを知らない。

 その為ならば、人類に多大な被害をもたらした魔人にさえ手を差し伸べられる。

 ふざけているが、服を選べというのなら選んでみせる。

 ネフレンはヤクモの言葉がおかしかったのか、唇を緩めた。

「まぁいいわ。で、予算は?」

 ヤクモが予算を告げると、ネフレンは困ったような顔をした。

「無理、とは言わないけど。えぇ、言わないけど。それで魔人……いえ対象を納得させられるかは……あぁ、一つ思い当たる場所があるわ」

 セレナのことは極秘扱いだが、人の口に戸は立てられない。

 最終局面では多くの者が駆けつけていたから、セレナの捕縛は領域守護者に広く知られていた。

 それでも関連する情報の扱いには細心の注意が必要。ヤクモは師に協力者への情報開示許可を得ていた。ネフレンに協力を求め、事情を話すことに問題は無い。

 妹は「あの女にその権限があるかは微妙ですけど」と言っていたが、仮に無くとも彼女が大丈夫だと言うなら大丈夫だろう。権限を持つ何者かから許可を取り付けてくれる筈だ。

「低予算で良い品を手に入れられるところがあるのかい?」

「まぁ、運もあるけど」

「是非教えてほしい」

「……じゃあ、行きましょうか」

 ネフレン先導の許、兄妹は街へ向かった。

 妹は不満げだった。




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