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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
アンペルフェクティ・ダンス

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128/307

128◇顛末

 



 今回の襲撃では、危うく都市廃棄まで追い込まれるところだった。

 対応にあたった者達の判断ミス一つあっただけでそうなっただろう。

 ヤクモ組がクリードを倒せなければ、グラヴェル組が双子の魔人を倒さなければ、ミヤビ組が四方から迫る魔獣の群れを討伐しなければ、ヘリオドール組がセレナと戦いながら各組織の高官を逃がすことが出来なければ、学友達が避難誘導にあたらなければ。

 挙げていったらキリがない。

 ヤクモが把握できぬ範囲でも多くの者が死力を尽くし、そうして得られた防衛だ。

 急場しのぎで塞がれた穴は、後日《地神》たるヘリオドール組が修繕したという。

 ヤクモといえば、寝ていた。

 セレナの投降・拘束を確認し、家族が欠けていないことに安堵したのと同時、意識が落ちたのだ。

 幸いだったのは、タワーへ駆け付けるまでに重要な箇所はルナが治癒してくれていたこと。

 その甲斐あって、意識の喪失が死に直結する程の重傷からは脱することが出来ていたのだ。

 目が覚めて最初に目に映ったのは、目許を真っ赤に泣き腫らした妹の顔。

「兄さんっ……!」

 ガバッと抱きつかれる。

 さすがにこれは振り払えない。

 どれだけ心配を掛けてしまったかは、その顔を見れば明らかだったから。

「ごめん、心配を掛けたね」

「うぅうう……!」

 言いたいことは山ほどあるだろうが、出てこないらしい。

 泣きじゃくる妹の頭を、そっと撫でる。

「大丈夫、死んだりしないよ」

「死んじゃうとこでした! わだっ、わたしの言うことも、き、聞いてっ、くれないし……!」

 妹はヤクモの無茶全てに、応えてくれた。

 だがそれは、応えなくてもヤクモは勝手に動き、そうすれば死んでしまうと分かっていたから。

 彼女は決して、死に近づきながら戦うことを良しとしない。

 ずっと我慢してくれたのだ。

 その結果、兄が意識を失ってしまった。

 彼女はどれだけ自分を責めただろう。

 ヤクモは深く後悔する。

「本当に、ごめん。それに、アサヒの命も危険に晒してしまった。僕は、だめだな」

 魂の魔力炉接続。

 あれは邪法だ。

 瞬間的に手に入れられる力は凄まじい。才無きヤクモを一時的に魔法使いに変えられる程に。

 だが、クリードとの戦いで極短い時間使用しただけで分かる。多用どころか、可能な限りもう使うべきではない。

 妹の未来を削って戦うなんて本末転倒だ。

 彼女の未来を幸多きものとしたいのに、それを奪って魔力に変えるなど。

 それだけではない。

 妹の声が聞こえなくなるなんて、嫌だ。

 自分達は、そう、自分達(、、、)が剣士なのだ。

 相棒の声を潰して得られる魔法的な強化など、欲しくない。

 自己嫌悪に苛まれるヤクモに、妹は叫ぶ。

「そんなことはどうでもいいんです!」

「よくないよ、いいわけがない」

「夜雲くんを死なせない為なら、何にも惜しくない!」

「……そ、れは」

 思いを語られては、否定しようがない。それは彼女のものだし、ヤクモだって同じ考えを相手側に対して持っているから。

 ずび、と洟を吸ってから、アサヒは続ける。

「分かってるんです……。兄さんのやったことは、正しい。勝たなきゃいけなかったし、みんなを助けられてよかった。みんながきっと、兄さんを称えるでしょう。実際、沢山の人から称賛の声をもらいました。でも(、、)

 くしゃ、と胸元を握られる。着ている服も患者用のそれへと変わっていた。元々着ていたものは血だらけのボロボロだったのだから当然か。

「わたしは、褒めたりなんかしません。称えたりなんて出来ません」

「うん……」

 当然だ。

 都市の防衛に多大なる貢献をしたことに対し、称賛が送られるのは当然のこと。

 そのような扱い自体に腹を立てる道理は無い。

 ただ、ヤクモには妹の気持ちが痛い程に分かる。

 だって、ヤクモは傷つき、アサヒは命を削ったのだ。

 なのに、こんな声が募る。

 凄い、素晴らしい、ありがとう、誇りに思う――なんて、褒めるような言葉が集まる。

 それではまるで、ヤクモが死にかけたことが、アサヒが未来を捧げたことが、良いことみたいだ。

 父が死んだことも、都市を守れたから『起きてよかったこと』なのか?

 違う。そんなわけがない。

 安堵し、喜ぶ者達の気持ちに水を差そうとは思わない。

 ただ、同じように喜ぶことが出来ないだけだ。

 ごめん、とまた口を衝きそうになる。

 すんでのところで堪え、ヤクモは違う言葉を紡ぐ。

「でも、ありがとう」

「……兄、さん?」

「今回の出来事や、僕の未熟な行いは決して褒められたことではないけど……アサヒには言わないと」

 潤んだ瞳でこちらを見つめる妹に、伝える。

「やっぱり、僕の刀は世界最高だった」

「――――」

「雪色のきみがいるから、僕は夜を切る為に戦えるんだ」

 妹の唇が涙を堪えるように引き結ばれる。

 ぼふっと、胸に顔を埋めてしまうアサヒ。

「……ご機嫌取りなんて効きませんから」

「本音なんだけどなぁ」

 顔を上げてくれない妹を、しばらく眺める。

 手持ち無沙汰になり、身体の調子を確認したり、アサヒの髪を手で弄んだりしていると、小さな声が聞こえてきた。

「……わたし」

「ん?」

 よく聞こえなかった。

 ガバッと顔を上げたアサヒの顔は、耳まで赤い。

「わたしの台詞です! 兄さんが、夜雲くんだからこそ、わたしはあれだけのことが出来たんだよ。最高なのは遣い手の方なの!」

 褒められている筈なのに、怒られているみたいだった。

 なんだかおかしくて、笑ってしまう。

「……名刀に相応しい剣士になれているなら、よかった」

 妹の方は、ぷくぅと頬を膨らませている。

「話を逸らされた気がします……。わたしはまだ怒っていますから」

「どうしたら機嫌を直してくれるんだい?」

「それはもう、一つですよ」

「僕に出来ることなら」

「結婚ですね」

「出来ないね」

「!?」

 なんて会話をしている内に、治癒魔法を持つ医者や見舞客が代る代る訪れた。

 ヤクモは三日も寝ていたらしい。

 父の遺体は、母と同じところに埋葬されたとのこと。

 野ざらしにされたり、墓にも入れず保管されるより余程いい。アサヒが場所を知っているというから、いずれ顔を出そうと思った。

 セレナは『契約したのはヤクモくんだから、あの子が来ないなら喋んないよ』と協力を渋っているらしく、すぐに顔を出さなければならない。

 都市の立て直しは比較的順調。元より破壊が及んだのは都市内では外周の集落とタワーのみ。

 ただし『蒼』は死者の数も多く、それまで安全とされていた業務が特級指定魔人の襲撃に遭っては真っ先に死ぬかもしれないと知り、退職する者が相次いだ。

 不足している人員は現在、『光』が埋めているとのこと。

 ミヤビ組、ヘリオドール組を筆頭とした上位者による廃棄領域奪還計画も進んでいると聞いた。

 大会予選どころか学舎自体が休校となっており、訓練生も手伝いに駆り出されているとか。

 しかしそれも、すぐに収まるだろうとのこと。

 魔人の襲撃があり、クリードという特級を打倒した。

 《黎明騎士デイブレイカー》となれば、大会優勝の副賞である『即時正規隊員と認められる権利』は不要となる。

 《黎明騎士デイブレイカー》それ自体が、正規の領域守護者の頂点であるからだ。

 しかし、ヤクモとアサヒの目的はそもそも、正規隊員になることそれ自体ではない。

 既に何年も一線で活躍してきたミヤビ組の資金力を以ってしても、一年が限界。

 魔力税を払えない数十人の老人を養うというのは、それほどまでに金が掛かるものなのだ。

 有力者達の間で行われているという試合を利用した賭博。

 師は毎回自分達に賭けてくれているという。

 ――優勝しなければならないのは変わらない、か。

 元より投げ出すつもりはない。

 準決勝の相手は、ラピス組。




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