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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
アンペルフェクティ・ダンス

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127◇未到

 



 ミヤビは弟子の選択に少なからず驚いた。

 魔力炉の破壊は妥当だ。

 ミヤビ達の灯した急場しのぎの燿はいつ消えるとも分からない状態。再び闇が訪れればセレナの魔力炉が再び稼働し逆転の目を与えてしまう。

 だからそれはいいのだ。

 問題はその次。

 弟子の剣技であれば、即座に切り返し首を刎ねることも出来た筈。

 身体の負傷の度合いは問題ではない。いや、問題ではあるが彼の心には支障無い。彼はやると決めればやる士だ。

 つまり、やらなかったのだ。

 その目を見るに、ミヤビに任せたというわけでもない。

 全身が焼け焦げているとはいえ、セレナにはまだ体内魔力が残存している。

 今刃を抜き、炎を消せば、風前の灯火ではあるものの生かしておける。

 ――殺すなってか。

『……誤った形での優しさの発露、というわけではなさそうですね』

 妹の言う通り。

 ヤクモの善性は言うまでもないが、それは時に愚かしくも、決してブレない。芯がはっきりしているのだ。大切な者を守り、幸福にしたい。

 そんな彼が魔人を生かすという選択をしたことには大きな意味がある。

 背後に家族がいる中で危険の伴う選択をしたことには、優しさ以外の理由があるに決まっている。

 それが分かっていたから、ミヤビは信じた。

 強さでは自分が師だが、不可能を可能にする開拓者としては彼が上だという自覚があったから。

「……? ど、じで」

 セレナは自分が生きていることが――否。生かされていることが不思議でならないといった様子。

 ミヤビも同様の気持ちだったが、それをおくびにも出さず弟子を見る。

「訊いてるぜ、ヤクモ。答えてやったらどうだ」

 改めて見ると、弟子の状態は酷かった。

 それこそ生きているのが不思議な程で、身体は半死人のそれ、顔面は蒼白。よくもこのような状態で平時と同等のパフォーマンスを発揮出来たものだ。

 セレナが身体を治癒している。

「間違っても魔力炉を再生すんじゃねぇぞ、あたしゃ弟子程優しくねぇんでな。迷わず殺す」

「ふ」

 セレナはおかしそうに吹き出す。

「醜い姿でいたくないだけ。真っ黒焦げで死ぬなんて最悪だもん」

 さすがの彼女も、敗北を認めたようだ。

 ただ、それさえも尋常の魔人らしくない。

 戦士は死の美醜など気に掛けない。戦いへの満足があるか否か、目的を達成出来たか、その礎となれたかを気にする。

 だがセレナは、死ぬにしても美しいままで死にたいのだという。

 まったく魔人らしくない魔人だ。

 それでもミヤビは油断しない。

「ヘリオドールぅ」

「……分かっている」

 地面が蠢き、セレナの首と両手足を拘束する為の枷となった。

 大地と結合した状態では、空間移動は行えまい。 

「言ったよねぇ、セレナは何も喋らない。うふふ、ヤクモくぅん。きみが何を欲しいかは分かるけど、与えてなんかあげないよ。セレナのものにならないなら、可愛がってなんかあげない」

 見かけ上は元に戻ったセレナが、嘲笑と共にヤクモを見る。

「僕の欲しいものが分かるのかい?」

「セレナの持ってる都市の情報でしょ? 殺さない代わりに情報差し出せ、とか。人間らしいけどね。嫌だよ。ぜぇったい、イヤ」

「浅い」

「え?」

「僕らは確かに、廃棄領域の奪還を望んでいるよ。それが叶うなら、あぁ、魔人とも取引をするかもしれないね。けど、僕が欲しいのはそれじゃない。それだけじゃあないんだ」

 セレナが笑みを潜め、怪訝そうな顔をした。

「……じゃあヤクモくんは、何が欲しいのかな?」

 少年は迷うことなく、恥ずかしげもなく、堂々とそれでいて端的に、告げた。


「太陽」

 

「――あ、は」

 ミヤビにも限界が訪れ、太陽もどきを維持で出来なくなる。

 だが暗闇は来なかった。

 いつの間にか駆けつけていた領域守護者達が、すかさず光魔法を掲げていた。

「面白いけど、セレナは持ってないよ。ポッケとか漁ってもいいし、体中まさぐってもいいよ? なーんにも出てこないから」

「僕らは知らないことだらけだ。壁の内にいて世界を知るっていうのが無理な話だからね」

『……まさか、彼は』

 脳内に響くチヨの声。

 ミヤビは身震いした。

 鳥肌が立った。

 いまだかつて、こんなことをしようとした人間がいただろうか。

 いたとして、成功した者はいなかっただろう。

 なにせ、人間と魔人は天敵なのだ。

 だが、遠峰夜雲は目的を果たす為ならばどんなことでもする。

 どんな不可能も、不可能なまま達成してみせる。

 常識的な観点から見て、それは不可能なままなのに、ヤクモは可能にしてしまうのだ。

 何故そんなことが出来るか?

 彼は、常識の側から世界を見ていないから。

 そもそも、違う視点に立っているから。

 人の目から見える不可能を、彼は遠峰夜雲という自己から眺め、突破口を探し当てる。

 いつだってそうだった。

 ところどころ白紙となってしまった人類の歴史を振り返ってもそう。

 世界に迎合しない、確固とした己の視点を持つ人間が、次の世界を切り開いた。

 ――こいつは。

「きみは僕らを自分のものにしようとしたね。殺さず飼おうとした」

「だから?」

逆ならどうだい(、、、、、、、)?」

「な」

 絶句するセレナに、ヤクモは冷徹にも、それでいて慈愛が滲むようにも感じられる声を投げかける。

「魔人を裏切って、人類(ぼくら)味方(もの)になれ」

「――――」

「きみの持つ全ての情報と力を、太陽を取り戻す為に使うんだ」

 笑い出しそうになるのを、必死に堪えた。

 テルルを捕まえたミヤビの、更に遥か上。

 取引ではない。拷問ではない。

 魔人を麾下に加えるという、前代未聞の勧誘。

「セレナが頷くと思うの?」

「きみは他の魔人とは違う」

「……口説いてるつもりだとしても、陳腐」

「ただの事実だ。きみは、死にたくないんだろう」

「他の魔人が死にたがりなだけ」

「そして、自分の美学を持っている」

 自分が思う自分の可憐さや美しさにこだわっているのは確かだろう。

「だったら何?」

「僕はそれを尊重しよう」

 セレナが何か言おうとして、何も言葉にならなかったのか、口を空いたままにして固まる。

「死にたくないのは当たり前だ。戦場での生き死により大切なものがあったって構わない。きみの心を侵しはしないと約束する」

 魔人らしくない魔人。

 前回の報告であった、十年級(トドル)である自分への劣等感(コンプレックス)。 

 独特の美学や感性。

 セレナは魔人の中であってさえ、はみ出し者なのだ。

 力を尊ぶ種族故に、それに惹かれた配下が集まりはするのだろう。

 だがおそらく、誰もセレナを解さなかった。

 強い変人としか思わなかった。

 セレナ自身、配下に思い入れもなかったように見受けられた。

 そして当然、人類は彼女を恐れ、あるいは敵視した。

 おそらく今の言葉は、彼女が生まれて初めてもらった、在り方の肯定だ。

 都市を襲撃し、多くの死傷者を出した特級指定の魔人に対して、ここまで混じり気のない尊重の言葉を与えられるのは、ヤクモくらいのものだろう。

「断わったら?」

「断らないさ」

「きみに分かるの?」

「断る理由がない」

「セレナは魔人だよ? 人間ごときの配下になんか――」

「きみ、魔人が嫌いじゃないか」

「人間も嫌いだ」

「でも、人間(こっち)なら自分が思う自分でいられる。ただ、人間を家畜になんか、させないけどね」

「その分、近くできみとか、その仲間を眺めていられるって?」

「それで満足してもらわないと」

「きみ以外の誰が納得する?」

「納得はさせるものだよ。今後の行いでね」

「……まずは自分の持ってる都市を返せって?」

「そうすれば、少なくとも聞く耳は持ってもらえる」

「その後でセレナが要らなくなって殺すんでしょう」

「そうはさせない。都市を一つ取り戻した後も、きみが必要だ」

 魔人の社会や、魔王の存在の情報など。

 十年級(トドル)とはいえ、特級指定の魔人が協力者となることの恩恵は計り知れない。

 ただ、ヤクモ以外はそれを信じられないだけだ。

 いや。

「くっくっく。あっはっは! 面白ぇじゃねぇか! 使えるもんはなんでも使う! それがヤマトの流儀ってんなら、あぁそうさ! 魔人だろうと構いやしねぇよなぁ! 乗ったぜヤクモ!」

 クリードを単騎で打倒した実績で、ヤクモ組は《黎明騎士デイブレイカー》となるだろう。

 そして現《黎明騎士デイブレイカー》のミヤビ組もそれを支持すれば、多少は意見を通しやすくなる。

「ヘリオドール!」

「……わたしは貴様程、楽観的にはなれん」

「あぁ?」

「だが、だ。話は最後まで聞け」

 ヘリオドールはミヤビを見て、それからヤクモ、セレナへと視線を巡らせた。

「情報を精査し、協力の意志が本物であると判断出来たのであれば、都市奪還に利用しない手は無い。種族間の軋轢よりも、人命の方が遥かに重要だ」

 これで、三組の《黎明騎士デイブレイカー》がセレナの利用を支持したことになる。

 後は協力的な有力者をそそのかせば、ひとまずなんとかなるだろう。

 テルルだって投獄までは許可されたのだ。都市に魔人を抱えることに関しては前例がある。

「……必要。ヤクモくんには、セレナが必要なんだ?」

「あぁ」

「いかれてるね」

「それが何か問題なのかな」

 セレナは目を丸くし、どれだけの時間を掛けただろう、やがて。

 微笑んだ。

「屈辱的で堪らないよ、ヤクモくん」

 魔人としてのプライドは粉々に砕かれただろう。

 その後で、どうするかという選択だ。

「死んだ方がマシかい?」

 ふふふ、とセレナは笑い声を出す。

 小さく首を揺する。

「ううん、セレナは死にたがりじゃあないからなぁ」

 そして、ヤクモを見つめる。

「きみが欲しいな。きみの色んな表情が見たい。それは変わらないんだよぅ」

「だから?」

「だから、取り敢えずは逆で我慢しようかなって」

「つまり?」

「えぇ? 女の子に『わたしはあなたのペットです』って言わせたいの? ヤクモくんってば、幼い顔に似合わず、支配的なんだねぇ」

 軽口は叩いているが、それは了承の返事だった。

 この日、第三人類領域《カナン》は魔人による襲撃を受け、被害を最小限に留め事態を収拾。

 そして――一体の特級指定魔人の協力を取り付けた。

 



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◇書籍版②発売中!(オーバーラップ文庫)◇
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