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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
アンペルフェクティ・ダンス

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118/307

118◇無理

 



 ヤクモの治療にあたったのは、以前仲間が世話になった『青』の学舎第六位・アンバー=アンブロイドだった。

 彼女はヤクモを見るや駆けつけて治療を開始してくれたが、その時に漏れた言葉はこうだ。

「なんで死んでないんですか……?」

 これは死んでいればよかった、という意味ではない。

 生きているのが不思議な程の重傷、ということだ。

『再三言いましたが、発動は解かないでくださいね』

 妹の声は極めて真面目なもの。

 ヤクモは赫焉の糸によって、血管レベルで傷口を縫っている。それによって血は正常に流れ、無駄な出血を避けることが出来た。

 胸と左腕に関しては父のくれた時間のおかげ。

 他の部分は戦闘中と戦闘後。

 これにより、傷の程度は数回死ねるものなのに生きているという状態を確保していた。

 もし武器化を解こうものなら、瞬く間に命は尽きるだろう。

「えぇと、《導燈者イグナイター》の意識が落ちれば武器化も解けてしまいしまいますから、眠らないように治癒を抑える必要がありますけど、それだととても時間が掛かってしまいます」

 治癒は自然治癒力を加速させるものでしかない。

 当人の治す力を活性化させるわけだから、体力を持っていかれる。

 体力が消耗すれば回復させようとして睡眠状態に陥る。

 だがヤクモの場合、眠って武器化が解ければ死んでしまう。

 なので、瀕死の状態の体力を考慮しながら治さねばならない。

 しかし、ヤクモの傷は瀕死を重ね掛けしたような状態で、判断は困難を極める。

 アンバーは涙目で困っていた。

「えぇと、トオミネさん。眠くなったら言ってくださいね」

「うん。それより、アンバーさん」

「ひゃ、ひゃいっ。痛かったですか!?」 

 アンバーはまだヤクモに怯えているフシがあった。

 誤解は解きたいが、今考えるべきことはそれではない。

「いつ動けるようになるかな」

 アンバーが意味が分からないといったような顔をする。

「あ、あのですね、トオミネさん。その、トオミネさんの功績は大変に素晴らしい、です。まさしく偉業です」

 学舎からアンバーと土魔法の遣い手がやってきて、他にも正規隊員らが現れ『赤』が逃げ遅れた者の捜索と保護、『光』が壁の修復、『白』は状況を確認するや別方向へと向かった。

 だが誰もが、倒れているクリードを見て瞠目した。

 またしてもヤマトの剣士が魔人を討伐した。

 しかも今回は単騎で、分かる者にしか分からないが敵は特級指定相当の相手。

 驚くなという方が無理だろう。

 彼らは新たなる《黎明騎士デイブレイカー》の誕生を知ったのだ。

「でも、ですね。あの、トオミネさん。死んでいないのが不思議な状態に変わりありません。都市の防衛が心配なのは分かりますが、他の方々に任せましょう。今は治癒に専念するべきですよ」

『この女の言う通りです。心配は分かりますが、まずは兄さんの身体をなんとかしないと』

「……いや、でもタワーに行かないと」

 ヤクモは父に、家族を逃してくれと頼んだ。

 指定場所は都市の中心・タワーだ。

 だが直後に、タワーも襲撃された。

 安全ではない場所に、家族は逃げている。

「タワーには《地神》がおられます。いずれ魔人も倒れるでしょう」

「家族が、タワーに避難している筈なんだ」

 血液が全て泥になったように、身体が重い。

 出血を抑えようと、既に失われた血の量は変わらない。

「安心してください、市民はタワーに向かった方々も含め各学舎に誘導しています。おそらくご家族も――」

おそらく(、、、、)?」

 声が鋭くなってしまう。

 アンバーが震えた。

 悪気がないどころか、安心させようとしてくれたのだと分かる。

 それでも、ヤクモは今、喪失に過敏になっている。

 誘導に従い、逃げてくれているならばそれが最上だ。

 だが、そうでないなら?

 父を犠牲にして勝利を掴んだのに、守るべき存在を更に失うなんて耐えられるわけがない。

『兄さん。ダメですよ。わたしだってみんなの安否は心配です。気掛かりどころじゃあない。でも、だからって兄さんの命を無視出来ない』

 たとえば立場が逆で。

 妹が瀕死の重傷をなんとか凌いでいる状況だったら。

 その身に鞭を打って家族を探せなどとは言えない。

「アンバーさん。多少無理しても構わないから、動けるくらいまで治してもらえるかな」

『兄さん!』

 妹の気持ちは分かるが、分かっていようと止まれない。

「で、出来ません」

 弱々しく、アンバーが首を横に振る。

 だがそれは、実力的に不可能ということではないだろう。

 彼女の治癒魔法技術は、訓練生の域を越えている。

「お願いだ、僕は行かないと」

「あ、あなたは今、わたしの患者、です」

 彼女はヤクモに怯えながら、それでも譲れない一線があるのだと、ハッキリ告げる。

「死ぬお手伝いは出来ません。わたしの役目は治すことですから」

 ヤクモは自分を恥じる。

 自分の意志を貫き通そうとするあまり、アンバーのことを治癒してくれる何かとしか捉えていなかった。

 彼女自身も強き意志を持った人であるというのに。

「そうだね、失礼なことを言った。ごめん」

「い、いえっ」

「なら、治さなくて大丈夫だよ」

「トオミネさん!?」

 立ち上がる。

 治癒を施すことでヤクモが無理をおして戦地に赴く、その手伝いは出来ないというなら尊重しよう。

 治癒は要らない。

「その亡骸は……どうか丁重に扱うよう言ってほしい」

 それだけ言い残して、歩きだす。

『無理ですよ兄さん。これ以上は戦えません』

 アンバーも追いすがってくる。

「安静にしていないとダメです! 次の戦闘に身体が耐えられるとは限らないんですよ!?」

 気づけば、目の前に誰かが立っていた。

「へぇ、生きてたんだ」

 ルナだった。グラヴェルの身体を使う、ルナが立っていた。

「アサヒなら無事だよ」

「……そんなこと訊いてないんですけど?」

「悪いけど、行くところがあるんだ」

 ルナはどかない。

「きみ、ルナに借りがあったよね」

 ラピスのパートナーであるイルミナが、生家の策略によって倒れた時のことだ。

 その治療にルナの力を借りた。

「分かってる。でも後にしてくれないか」

「ううん、今にする。そうだなぁ、うん。ここでじっとしてなよ」




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