026 双剋のリルウーダ
ゼフィリアには村から続く階段が三つあります。
海屋敷に続く石段、蔵屋敷に続く階段。そしてもうひとつ、ゼフィリアに唯一あるお山の頂上、島主の庵に続く階段。
今日は島主候補としてアーティナに向かう日。そのために、わたしはまずひいお爺さまの庵に赴く必要があるのです。
この世界にも礼儀はあります。大切なものを運ぶ時は急がない。大地を踏みしめ、ゆっくりと歩く。それがこの島の、この世界の人たちの礼儀。
そして、大切な場所を移動するときは急がない。大地を踏みしめ、ゆっくりと歩く。だからゼフィリアの人はよほど急いでいることがない限り、島主さまの庵に続く階段を歩いて登るのです。
お母さまやイーリアレのように日に五食六食は無理ですが、わたしも沢山食べて体力を付けました。そう、目標は自分の足で踏破なのです。
そんな訳で、意気揚々と出発したわたしは石段の途中であっさり力尽き、イーリアレに背負ってもらい何とか登頂した次第でございます。
「大丈夫ですか? お腹は減ってませんかイーリアレ」
「はい、ひめさま」
お山のてっぺんでイーリアレの背中から下り、わたしは尋ねました。イーリアレというかこの世界の人間は超絶燃費がよくないのです。アーティナに着いてお腹が空いたなんてことになったらタイヘンです。
わたしはお山の頂上、その石畳に立ち、辺りを見回しました。
いつもよりほんの少しだけ距離が近い太陽。
海屋敷より潮の香りが薄い風。
お山のてっぺんは南海らしい木々に囲まれた、小さなお庭みたいな場所でした。石段から続く石畳の先、開けた場所の中央に東屋のような庵があります。
あれが千年公、プロメナひいお爺さまの庵。
作りは頭の中の記憶にある和風建築ぽい佇まいなのですが、その材質が村の民家と同じ石で出来ています。
わたしとイーリアレは石畳をてしてし歩き、庵の前へ。そして、石畳の上に膝を突き、座礼。
「失礼いたします、ひいお爺さま」
「しつれいいたします」
立ち上がり、わたしたちは庵の中に足を踏み入れます。
そこは柱に囲まれた小さな空間。
壁の無い、吹きさらしの建物。
石の床の上にあるのは頭の中の記憶にある衣装箱のような、薄くて長い箱がひとつ。気込め石で作られているのでしょう、まるで真っ白な桐の箱のようです。これをアーティナに届けるのが、わたしの島主としての最初のお役目。
イーリアレはその箱をひょいと持ち上げ、庵の外へ。わたしはその場で立ち止まり、庵の中を改めて見回しました。
床の作り、柱の作り、屋根の作り。自然と開く、わたしの口。
「ひいお爺さまはどんな方だったのでしょうね……」
そこに見えるのはゼフィリアの様式通りに組まれた梁や桁。わたしの知らない、石の天井。
「ひめさまはすでにごぞんじでは?」
「ほえ?」
予想外なイーリアレの言葉に、わたしは振り向きました。庵の外、イーリアレは石畳の上でこちらに向かい、
「ひめさまがみさきであげざかなをふるまったかたです。ごぞんじなかったのですか?」
いつも通りの無表情でそう言いました。
思い出すのは夕暮れの岬に座る、紫色の背中。あのおじいさんが、あの方がイケメン・オブ・ザ・ワールド……。
風の中、イーリアレはその視線を箱に落とし、
「おやさしいかたでした。まえのしまぬしさまは、わたしにさかなをくださいました」
その言葉を聞き、わたしは俯いてしまいました。腰巻をギュッと握り、震えた声で、
「ひいお爺さまは、わたしを疎んでらっしゃったのかもしれません……。だから、わたしには何もしてくれなかったのかも……」
一度も会いに来てくれなかった。
あの岬でも、返事をしてくれなかったのです。
目の前にあるのは無機質な石の床。
お山のてっぺんに吹く風の音だけが聞こえる、無言の時間。
しばらくして、
「ひめさまにはヘクティナレイアさまがおられますが、わたしにはさかなをくれるひとがいなかったからではないでしょうか」
わたしは顔を上げ、庵の中からイーリアレと向かい合いました。風に揺れる銀色の髪。イーリアレは、その青い瞳でわたしを真っ直ぐ見つめ、
「しまぬしさまは、みんなのしまぬしさまであらねばなりませんから」
「イーリアレ……」
それはとても納得のいく回答でした。
わたしはイーリアレに頷き、石の天井を仰ぎました。
そして、何処に届くかも分からない、小さな声で、
「行ってきます。ひいお爺さま……」
そんな訳で、アーティナに着きました。
わたしは今アーティナの都市、その直上で滞空中。
眼下に広がるのは、アーティナ唯一の都市にして首都。
おおおおっっきい!!
これはその、頭の中の記憶で言うところの大都会ってやつですよ!!
その設計はゼフィリアの村と全く同じ、海に面した斜面都市。しかしその規模が違います。都市の中心を走る階段は長さも幅もまさに桁違い。そしてそれに沿う形で立ち並ぶ、見渡す限りの人工物。
アーティナは水と砂の島。
それを象徴するかのようにあちらこちらに浮かぶ、砂込め石で作られた巨大な立方体。何かの構造物か、はたまた交通のための足場なのか。わたしには全く分かりません。
建築物はその殆どがおそらく民家。ゼフィリアと作りは同じものなのですが、平たい屋根の上に必ず木の植え込みがあります。
この景色に比べれば、ゼフィリアは超ド田舎。
ドン尻ド底辺の序列最下位だというのも頷けます。
「ひめさま、ここがアーティナなのですか?」
わたしの左肩にちょこんと顎を乗っけ、イーリアレが言いました。イーリアレは右手で器用に箱を持ちながら、わたしのお腹を両足でがっちりホールド。
普段はわたしが背負ってもらっているのですが、遠翔けのため、今はわたしがイーリアレを背負っているのです。風を使ってイーリアレを持ち上げているので、重さは全く感じません。
「ええ、イーリアレ。さあ、参りましょう」
風を操る前、空から眺めるアーティナの景色。
そこにあるのはゼフィリアとは違う色の空、違う色の海。
わたしは初めての風を纏いの外に感じながら、アーティナに向かって下降を始めました。
地面が近付いたところで、お腹に掴まっていたイーリアレがするっと落下。わたしより先にアーティナに上陸です。わたしも続けて着地します。
その途端、うっ、とふらつくわたしの体。
ゼフィリアの爽やかな空気と違い、空気がどんより濁っているような気がするのです。土と植物と潮と汗の匂いがごっちゃになった、息が詰まるような重い空気で。これは大都会特有のものなのでしょうか……。
気を取り直して、わたしは辺りを見回します。
今わたしたちが立つのは斜面都市の頂上、アーティナの島主さまがおられる大講堂の前。
そこは頭の中の記憶の列柱建築のような、石で出来た巨大構造物。その屋根をずどんと破るように一本の大きな樹がそびえ立っています。視界に収まりきらないくらいとても大きな樹で、さすがアーティナ、スケールが違います。
高い高い樹冠から降り注ぐ木漏れ日が石畳の上を揺れて、とてもきれいです。きれいなのですがやっぱりちょっと空気がマズイのです。
見上げていた視線をもとに戻すと、周囲に行きかう沢山の人。落ち着きのないことだと思いますが、わたしにとっては初めての異国。どうしてもきょろきょろしてしまうのです。
しかし、と思います。その人たちを観察し、わたしは首を傾げました。うーん、アーティナの人はその、お肌や髪の毛が荒れてるような……。
いえ、きっとこれが大都会人なのです。忙しくて身だしなみに気を回す余裕がないのです。頭の中の記憶でも、行き詰まった共同体は疲弊していくっぽかったですし、なんかそういうのなのです。きっと。
それはそうと、お母さまが連絡を入れてくれた筈なのですが、迎えとかそういうのが全くなっしん。大都会はやっぱりみなお忙しいのでしょうか。誰もわたしに目を留めず、話しかけに来てくれません。
わたしは不安になりました。このままではお役目が果たせません。
そんな訳で、わたしは勇気を出して近くのお姉さまたちに向かい、
「ああああの、ゼゼッゼゼフィリアの者なのですが、ししっし島主さまにおおおお取次ぎお願いしたく!」
「ゼフィリア?」
わたしの声でお姉さまがひとり、怪訝な顔で振り向きました。金髪に白い肌。肌を覆う面積を最小限に抑えた胸巻と腰巻。そして肩に羽織った長い布。周囲の人も同じ服装なので、これがこの島のスタイルなのでしょう。
そのお姉さまは釣り気味な目元をキッとさせて、
「リルウーダ様、何をおふざけに……、おや?」
首を傾げ、眉をひそめ、お姉さまはわたしをじろじろしまくりました。それから、わたしの後ろに立つイーリアレに気付き、やっと納得したのか、
「こちらへ」
と言って大講堂の中に入っていきます。
やりました! これで何とかお役目を果たせそうです!
「参りましょう、イーリアレ」
「はい、ひめさま」
大きな列柱門をくぐり、大講堂の中へ。わたしは急いでそのお姉さまのあとに続きます。
石の床を歩きながら、屋内に入っても降り注ぐ木漏れ日に気付き、なるほど理解。この大講堂は屋根が無く、柱が並んでいるだけの建物なのですね。
更に周囲に行きかう人を見て、ようやくわたしは気付きました。みなわたしと同じ金髪に白い肌。
ディナお姉さまがスナおじさまをアーティナの血が濃いと言っていましたが、それはわたしも同じだったのです。わたしの髪と肌の色は、ひいお婆さまのものだったのです。わたしはアーティナの人間だと思われたのですね。
見知らぬ人、見知らぬ建物。わたしはお姉さまの後ろを一生懸命ちょこちょこ付いていきます。
ちょこちょこしながら、わたしはまた不安になってきました。ゼフィリアを離れてまだちょっとしか経っていないのに、寂しくなってきたのです。
わたしはイーリアレに手を繋いでもらおうと振り向き、思い直しました。今イーリアレは大切なものを運んでいるのです。
大丈夫。そう言い聞かせ、わたしは自分一人で歩きます。
転ぶこと二回。つまずくこと三回。
大きな柱を何本も通り過ぎ、わたしはへとへとになりながらやっと目的地に通されました。
「リルウーダ様、ゼフィリアの娘がお見えです」
そこは大きな樹の根元にあたる大広間。広間に足を踏み入れた時、わたしの心を安堵の気持ちが満たしてくれました。
木漏れ日に混じって広間を照らす、宙に浮かぶ赤い火込め石。ひいお爺さまの灯り。生まれた時からわたしを照らしてくれた、優しい灯り。
その灯りの下、広い広い石畳の上には沢山のお姉さまたちが巻物を手に座っています。きっとお仕事中なのでしょう。
わたしを案内してくれたお姉さまが振り向き、「あちらです」と行き先を指示。わたしが、「ありがとうございました」とお礼をすると、お姉さまは笑顔で会釈。くるりと回れ右をして、来た道を戻っていきました。
指示された場所に視線を戻すと、大講堂にそびえ立つ大樹の根元に小さな石壇が設えられています。わたしとイーリアレはその石壇の前に移動し、深々と座礼しました。頭を下げたまま、わたしはアイサツ。
「お初にお目にかかります、双剋のリルウーダさま」
双剋。
お母さまは千風、ディナお姉さまは千拳など、個人として広く認められた人物は二つ名を付けてお呼びするのが、この世界の慣わしなのです。
「六年前、そなたはそこにいた。レイアに抱えられてな」
その高く落ち着いた声に顔を上げ、わたしは目の前の人物を見上げました。小さな石壇の上で巻物を手に、胡坐をかいて座る一人の女性。そう、この方は紛れもなくこの世界さいつよの女性。
「目を疑うほどの弱い肉。そのそなたを前に、儂は何もしてやれなかった。しかし、レイアはそなたを諦めなんだか」
肌を覆う面積を最小限に押さえた、白い胸巻と腰巻。
早年で老いるのを止めた、小さな体躯に白い肌。
きらきらと輝く緑色の瞳に、短い金髪。
そして、わたしに似た顔立ち。
この方がアーティナの島主。
ひいお婆さまの双子の妹君、アーティナのリルウーダさま。
なのですが、ショートカットの金髪が超ボッサボサで。もしや、寝起きだったのでしょうか。あとなんか磯臭いというか汗臭いような、そんな匂いが……。
いえ、威厳はあるのですが、ちょっと意外で。この世界で最も大きな島を統べるお人なのです。身だしなみに気を配る余裕がないくらい忙しいとか、何かそういうのなのです。きっと。
わたしは気を取り直して自己紹介。
「わたしはゼフィリアのアンデュロメイアと申します。こちらは側付きのイーリアレです」
「許す」
リルウーダさまの凛としたお言葉。
その言葉にイーリアレが立ち上がり、ひいお爺さまの箱を石壇の前に置きました。イーリアレはわたしの後ろに戻り、お行儀よく正座。
リルウーダさまは石壇からぴょんと下り立ち、箱の前に腰を下ろしました。リルウーダさまがその箱に触れると、その蓋がばらりと崩れ、ほどけた繊維がひとつの形になっていきます。
それは一通のお手紙。そして、箱の中には紫色の敷物に乗せられた、大量の火込め石。
「うむ」
と頷き、リルウーダさまはお手紙を開きました。その直後、ごんっ!とお広間に響き渡った打撃音。
リルウーダさまが目にも止まらぬ速さで座礼し、石畳に頭を打ち付けたのです。
「リルウーダさま……!」
「リルウーダ様、何事ですか!!」
わたしはあわてて膝立ちに、周囲でお仕事をしていたお姉さまたちも立ち上がってそのまま硬直。
広間を支配する静寂。
ふるふると震える白い背中。
お手紙を握り締める小さな拳。
リルウーダさまは、搾り出すようなか細い声で、
「これが最後の火込め石になる、と……」
リルウーダさまがその言葉を発した瞬間、大広間に勤めていた全ての人間が石に向かい座礼しました。
さわさわ揺れる大樹の木漏れ日。
火込め石の灯りの下に流れる、人を悼む時間。
やがて、リルウーダさまがゆっくりお顔を上げると、その瞳には溢れんばかりの涙が湛えられていました。空を仰ぎ、リルウーダさまが目を閉じると、大粒の雫がその頬を伝い、ぽろりと零れていきます。
「千年公が海に向かわれたか……」
「リルウーダさま……」
浮いていた腰を落ち着け、わたしはリルウーダさまのお言葉を待ちました。
しばらくして、リルウーダさまは目を開き、わたしを見て、
「そなたが次の島主、そういうことじゃろう。レイアも思い切ったものよ」
「今日はもう仕舞いじゃ。これより広間に近寄ることを禁ずる、よいな」
リルウーダさまが周囲に向かって手を振ると、広間のお姉さまたちが頭を上げて大広間から退出し始めました。どのお姉さまも無言で、その口を覆って泣いている人もいます。
人がいなくなった大広間で、わたしはリルウーダさまと改めて向き合いました。気を引き締めねばなりません、わたしの本当のお役目はこれからなのです。
「リルウーダさま、それでは……」
「よい、許す」
リルウーダさまのお言葉。
わたしは体の正面で拍手のように両手を打ち、両手を胸に引き込み、右手を上に、左手を下に。一瞬の集中。合わせた手を胸の前で開く。そこに生まれる、紫の石。
「思考速度切り替え、圧縮言語解放。記述呼び出し」
自動的に動くわたしの口。機械的に紡がれるわたしの言葉。わたしが蓄積した情報を呼び出し、紫色の光を放つかなめ石。
「解凍完了、機能確認。構築開始」
広げた両手から次々に生み出される、赤い石。
「構築完了。一斉展開」
お母さまに言われた通りの火込め石を、五百。
対面に座るリルウーダさまがその右手に気込め石を作り出し、紫色の敷物をぶわっと大広間にいっぱいに広げました。大広間の石畳、その上を紫色の敷物が、その上を赤い火込め石が埋め尽くしていきます。
石を作り終えたわたしは、かなめ石を消去。リルウーダさまはその紫色の残滓を眺めながら、
「齢九十を超え、まだこのような差を見せ付けられることになろうとはの。まこと、人生は面白い。機能精度と持続力が桁違いじゃ。しかも質を揃えたままこの生産量。最早、人の域を超えておる」
それから、はあとため息を吐いて、
「皮肉なものじゃ。そなたを見捨てた民の生活を、そなたが背負うことになろうとはの」
そして、リルウーダさまは威圧するような、鋭い目付きでわたしを睨み、
「申せ」
石畳に手を突き、わたしは頭を下げた姿勢で、
「わたしはゼフィリアの島民の生活とその文化に、この身を捧げる所存にございます」
「うむ」
頭を上げると、そこにはリルウーダさまの柔らかい微笑み。
「千年公は儂の見本じゃった。壁を作らないでくれ、庵を作る時にそう頼まれたと、儂の姉は嬉しそうに笑っておったよ」
それはひいお爺さまの島主としての在り方。プライベートの無い公人である、その証。だから、ひいお婆さまは自分たちの住む庵に壁を作らなかったのです。
「そなたの石を受け取ること、恥とはすまい。これまで通りアーティナはゼフィリアを姉妹とし、礼を尽くし、厚遇する」
「ありがとうございます……」
その言葉に、わたしはほっとひと息。しかし、わたしにはもうひとつ聞かねばならないことがあるのです。
「リルウーダさま、お聞きしたいことがございます。わたしの紫の石について。スナおじさまは、リルウーダさまならばお知恵を授けてくれるとおっしゃいました」
わたしの言葉に、リルウーダさまはスッと目を細め、
「極紫の命石。そなた、頭の作りが普通ではないな?」
腰巻をギュッと握り締める、わたしの両手。
きょくしのめいせき、それがかなめ石の本当の名前。
「石作りに邪魔なのは己の発想を狭める先入観。先人の思想に囚われない、自由な想像こそが石作りの真髄であり本領じゃ。しかし儂個人の見解では、その技は石作りの道を外れておる。その石は生むことをしないからの」
「スナおじさまに言われました。この石を使って、他人の石に干渉してはいけない、と」
「うむ」
頷いたリルウーダさまは立ち上がり、石壇の前に戻りました。それから、石壇の上にひいお爺さまのお手紙を大事そうに置くと、その横にぴょんと飛び乗り、胡坐をかいてわたしを見下ろし、
「よいか、メイよ。そなたが極紫の作り手であること、他の島の人間に知られてはならぬ。レイアも単細胞じゃが、ディナに頭を使えというのは無理な話じゃ。パリスナの頭痛の種が増えたの」
リルウーダさまは膝の上に頬杖を突き、崩した姿勢で、
「アルカディメイアに着いたらまずアーティナ領を訪ね、我が娘セレナーダに教えを請うがよかろう。知らぬ地で右も左も分からぬのでは大変じゃろうて、娘には儂直々に伝えておく」
「ありがとうございます、リルウーダさま」
わたしは握っていた手をほどき、もう一度座礼。
なんとかお役目を無事果たすことができました。しかし、かなめ石は何だかちょっとダメなものぽいです。リルウーダさまの言う通り、アルカディメイアではこの石のことを内緒にせねばいけません。
顔を上げたわたしに、リルウーダ様はわたしそっくりのお顔に全く違う笑みを浮かべ、
「血は繋がっとるんじゃ、リルちゃんでええぞ」
「えあー……。あー、ありがとうございます、リルウーダさま……」
いえ、あの、確かにそうなのですが、恐れ多くて、何だかちょっと、引く感じ?
大樹の根元、その木漏れ日の下。
その光と混ざり、大広間を包む火込め石の柔らかな灯り。
その光に応えるよう、ゆっくりと明滅するわたしの石たち。
遠慮したわたしに、リルウーダさまはぷくっと頬を膨らませて、
「なんじゃ、かったいのう……!」




