024 わたしの目覚め
すだれを通り抜けて入ってくる、潮の香りを含んだ風。
昇ったばかりの太陽が元気に眩しい、朝の時間。
お母さまのお部屋。その広い広い板間の中心。
ひと晩経ってもまだよく回らない頭で、わたしがお母さまの向かいに正座していると、
「まずは、お礼を」
床板に沿って広がっていく、サラサラストレートな金髪。拳を床に突き、お母さまが頭を下げました。
座礼。
「おおおお母さま、そんな……!」
わたしはよく回らない頭でよく分からないまま、慌てて座礼。わたしが顔を上げると、お母さまは既に顔を上げていました。
「スライナさんのことです。島の全ての人間に代わり、あなたに感謝を伝えます」
「いえ、わたしも必死で……。その、どうすればよかったのか……」
「いいえ、私達にはどうしようもありませんでした。ありがとう、アン。あなたは立派です」
驚いたことで、混乱していた頭がやっと回りはじめました。わたしの頭の中で、今までの生活とイーリアレの教えてくれたことが整合性を持って、繋がったのです。
そう、どうしようもなかったこと。
昨日、わたしが感じていた違和感。それはこの世界の人の意識の在り方、その行動原理。
弱い者が強い者を心配をすること自体、強い者への侮辱である。それはシオノーおばあさんがわたしに教えてくれたことでした。
強い者はすがらない。その強い者がどうしようもないのなら、弱い者は諦めるしかない。それがこの世界に生きる人間の精神構造。
生きるに任せ死ぬに任せる。それがこの世界の自然な在り方。そしてそれは、その男性自身も例外ではありません。
傷で死ぬなら仕方ない。治るに任せて放置する。それがこの世界の矜持。
これが、昨日わたしが村で感じた違和感、わたしの認識とのズレだったのです。
加えて、この世界には医療という概念がありません。そもそも人間がシグドゥ以外に傷を負わされることなどないのです。つまり、人は治せるという明確な展望を持つのは、おそらくこの世界にわたしのみ。
だから、あの場で動けたのはわたしだけだったのです。
「アン。わたしは島の責任者の一人として、あなたに伝えることがあります」
「ひゃい!」
はっ、と我に返ったわたしに、お母さまはすんごいお真面目なお顔で、
「私達は次の島主をあなたに、と考えています」
「ほえ……?」
ほえっとしたわたしに構わず、お母さまは引き続きお真面目なお顔で、
「昨日のことだけではありません。私達はお爺様が亡くなる前から、ずっと話し合ってきました」
わたしはお母さまの言葉に膝立ちになり、小さな両手をぶんぶん振って、
「むむむ無理ですお母さま! そそっそそんな、島主だなんて!」
「よく分かりませんが、何となくいい感じになるのではないか、というのが私達の出した結論です」
うぅわ、ふんわりしてます! ダメやなつですこれ!
わたしだって人の役に立ちたい、そのために何かお役目をと思ってきました。でもいきなりそんな、島主だなんて……。
わたしは腰を落ち着け、腰巻をギュッと握り締め、
「わ、わたしのような肉の人間に、そんな、無理です……」
「いいえ、アン。話し合いを進めるうちに、私達は気付いたのです。島主であることと肉の強弱は関係ないのでは、と」
「ほえ……?」
ほえっと顔を上げたわたしに、お母さまは説明してくれました。
島主は島民を家族とし、持たざる者に与える役目。島の人の生活を保障し、共同体を維持する責任者。つまりは石の生産と、その記録をする人。
確かに、お肉の強さは関係無いというか、それぶっちゃけ今のわたしの生活と大して変わらないような。あ、なんとかなりそうな気がしてきました。
あとは他の島の島主と連絡を取ったりしなきゃらしいのですが、その連絡自体稀なものであるとか。さすがこの世界の人類。ガッバガバのユルさです。
わたしは腰巻を握っていた手を開き、その小さな手のひらを見つめました。
この手で今わたしができること。そう、試されるのはいつだってこの時なのです。
わたしはその手をギュッと握り、顔を上げ、
「分かりました、お母さま。それが、わたしに出来ることならば……」
わたしの覚悟に応えるように、お母さまは口元をきゅっとさせて、
「しかし、アン。今のあなたでは島主として不十分。それまでは、私が代理として島主の役目を務めます」
お母さまは目を閉じ、開き、呼吸を整え、
「あなたが島を離れる時が来たのです」
何だかよく分かりませんが、わたしはお母さまの言葉を聞き続けます。
「千年公、プロメナお爺様の名代として、あなたにはまずアーティナに赴いてもらいます」
「アーティナ……」
お母さまの話す、アーティナという島のこと。
水と砂の島、アーティナ。
アーティナはゼフィリアの西方付近に位置する、この世界で一番大きな島。アーティナとゼフィリアの繋がり、それはわたしのひいお婆さまのお話。
アーティナの人間であるひいお婆さまは、ゼフィリアを訪れた際ひいお爺さまにドッカン惚れし、そのままお嫁さんになったのだそうです。
「あの、お母さま。そこんとこ、こう、もうちょっと詳しくお願いします」
「大切なことです。分かりました」
だって仕方ないのです。
蔵には喧嘩の指南書や研究記録ばかりで物語が少ないのです。わたしはこういうロマンスめいたお話に飢えていたのです。
それに、ゼフィリアにはロマンス爆発なシチュエーションが揃いまくっているのです! 白い砂浜とかきれいな海に沈む夕日とか、胸キュンでパッションが燃え萌えなロケーションが準備万端なのです!
しかもひとめ惚れだなんて! ひいお婆さま情熱的! きゃー!
わたしは腰巻を握る両手を真っ赤にしながら、
「ひ、ひいお婆さまはひいお爺さまの何処を好きになったのでしょうか」
「おそらく、筋肉かと」
聞くんじゃありませんでした。わたしはかつてないほど冷静な心持ちで、お母さまのお話を聞き続けます。
アーティナは水と砂の島。島民の殆どは水込め石と砂込め石しか作れず、火込め石はとても貴重なもの。
ひいお爺さまはひいお婆さまがゼフィリアに嫁いできてからずっと、自分で作られた火込め石をアーティナに贈り続けていたそうなのです。つまり、ひいお爺さまはゼフィリアだけでなく、アーティナの火込め石も賄っていたのです。
しかも、アーティナはこの世界で最も人の多い島。
頭の中の記憶に引っ張られてこの世界の常識に疎いわたしですが、これはわたしにも分かります。とてもイケメンなことです。
本来ならば、超でっかいアーティナが超ちっさいゼフィリアのことなど相手にする筈ないのですが、この縁でアーティナはゼフィリアと姉妹のような仲になったのだとか。
そんな訳で、ひいお爺さまはアーティナ女性の憧れの的、イケメン・ザ・イケメンになったそうです。わたしはお会いしたことがないので分かりませんが、確かにひいお爺さまはイケメン・オブ・ザ・ワールドだと思います。
そして、わたしが島主候補として最初にすべきことは、アーティナにアイサツに伺うこと。わたしが島主となります、という意思表明を伝えること。なるほど理解、外交ですね。
「そして、アーティナから戻り次第、あなたにはある島で一年間学び、島主として知るべきことを知ってもらいます」
すだれを通り抜けて入ってくる、潮の香りを含んだ風。
お母さまのお部屋に溢れる、ゼフィリアらしい陽の光。
「あなたが向かうべき島の名は、アルカディメイア。この世界の知識が集う、学問の島」
「アルカディメイア……」
その島の名前を繰り返す、わたしの口。
その島の名前、馴染みのあるその響き。
「叡智と向学心をその身に宿し、その精神が健やかに育まれますように……」
お母さまはいつも通りの優しい笑顔で、
「あなたの名は、アルカディメイアに因んで名付けたものなのですよ」
南国らしいのんきな木々に挟まれた、大き目の白い石段。
そこを上りきった場所に建つ、大きな大きな蔵屋敷。
ここはわたしの住むお屋敷から、お山を挟んでちょうど反対側の場所。
わたしが島主候補に任じられてから数日、わたしは蔵屋敷に毎日通い、お勉強をしました。ゼフィリア以外の島、この世界のことを頭に入れねばならないのです。
わたしはイーリアレの背中から縁側に下り、乱れた腰巻を直して、
「ありがとう、イーリアレ」
「はい、ひめさま」
お姫さま。島主候補であるわたしの新しい敬称。まだそんな実感は無くて、なんだかちょっとくすぐったいのですが……。
わたしはすだれをめくり、イーリアレと蔵屋敷の中へ入り、
「アキリナさん、おじゃまします」
うなじの上で尻尾にした銀色の髪。
切れ長な目付きに紫色の瞳。
小麦色の肌に剥き身の上半身。
下にえんじ色の細袴だけを履いた、ゼフィリアの男性の服装。
片膝を立てて座り、本を読んでいる見事な筋肉。
蔵に務める、アキリナさん。
わたしがアイサツをすると、アキリナさんは読んでいた本から顔を上げて、
「ああ、姫さんか。スナは出てる、すぐ戻るよ」
「はい、ここで待たせていただきます。あの、アキリナさんは何か欲しいものはないですか? 今のうちに聞いておこうと思いまして。わたしがアルカディメイアから持ち帰れるものなら、やってみます」
海と筋肉があれば、食べるに困ることはない。しかし、わたしたちが望む豊かな生活というものは、それだけでは叶えられないのです。
アキリナさんは手に持つ本を少し揺らし、
「本がもっと欲しい。ホロデンシュタックだ。あそこの話は面白い」
「分かりました。わたしも蔵の蔵書をもっと増やせればと思っていたので」
「マジか。そりゃありがたい」
気込め石は汎用性が高く、情報を保存する性能が極めて高いのです。本の形と本の内容をそのまま石に込められる。更に、ひとつ石を作ればその石から沢山の本が作れるのです。
わたしとイーリアレは文机の近くに座り、アキリナさんとアルカディメイアや本のお話を続けました。わたしはここ数日、こうやって島の男の人たちと沢山お話をしたのです。それはこの世界の男性、その実態を知るために必要なこと。
わたしは今まで頭の中の記憶、その先入観のせいで様々な勘違いをしてきました。知らないことは時に取り返しの付かないことになる、わたしは既にそれを経験しました。
そんな訳で、わりと突っ込んだことも聞いてみたりして、アキリナさんたち男の人が一体どのような生き物なのか、ようやく分かってきたのです。
この世界の男性、その生態。
まず第一、この世界の男性にとって何よりも優先されるのは、海に向かわねばという本能。この本能が、わたしたち女性にとって理解できない精神構造を持つ原因となっています。
個人の感情に左右されず、総体的な被害を第一に考え、そのために自分が死ぬことをいとわない。そして、おそろしく欲求に乏しい。
海守のお姉さんたちのお話を聞いていて知ったのですが、この世界の男性は異性に対しての興味が全く無いのです。
そして、男性が女性より超強いということで一番心配になるのは暴力なのですが、この世界の男性は女性に対し絶対に暴力を振るいません。
お母さまたちが修練場で毎日喧嘩していたので、男性同士も当然そういう生き物なのだと思っていたのですが、それは大きな間違いだったのです。
この世界の男性は喧嘩やいさかいとは無縁の超平和生物。その絶対的な筋肉で暴力を行使するのはシグドゥに対してのみ。
夜の海の監視者として徹底した人格を備え、種の保存よりも種の防衛にその行動原理が傾いている、それがこの世界の男性の精神構造。
次に、この世界の男性は他者に与えまくる生き物である、ということ。そして、陸の管理人であるのです。
陸に生きる自然、その命を育み養う習性。この島の男の人たちがわたしに食べ物を与えようとしたのは、この習性によるものだったのです。
その習性の対象は広範囲に及び、動物が男性に飼育というか養育されている島もあるそうで、それは勿論植物に対しても働きます。
南国だから勝手に茂ってありがたいですねー、とわたしが感心していた島の木々も、この島の男性によってきちんとバランスが保たれていたものだったのです。
消費資源を常に計算し、今ある環境を維持しようとする。その本能は極めて正確に働いています。この島の数字を追ってきた、消費を記録し続けてきたわたしには分かるのです。
最後に、昼は寝るという生活サイクル。
この習慣のおかげで、共同体に属するものとして著しく協調性が欠けた、ぶっちゃけダラーッとした怠け者に見えてしまうのです。
これが、わたしがここ数日で得た、認識した情報。
この世界の男性は夜行性であることも含め、頭の中の記憶にある人類、その男性とは全く別の生き物だったのです。
そしてこの世界の男性、その生態を知ってしまってから、わたしにある感情が芽生えました。
わたしはアキリナさんとの話を区切り、両手で腰巻をギュッと握って、
「あの、アキリナさん。もう、お休みになったほうが……」
「これ読み終えたら寝るさ」
「そ、うですか……」
わたしは言葉に詰まりました。そう、男性には時間が無いのです。
アキリナさんだって、明日にはもういないかもしれないのです。わたしがアルカディメイアからホロデンシュタックの本を持ち帰るまで、アキリナさんが生きている保障は……。
島主候補になったから、それだけが理由ではありません。わたしはもう、この島の男性を他人とは思えないのです。わたしたちが踏みしめている大地は、この人たちの命によって維持されているものなのですから。
わたしが逡巡していると、背後のすだれに大きな影が差し、
「戻ったぞ。おーう、来てるな、アンデュロメイア」
「おかえりなさい、スナおじさま」
わたしがお帰りになったスナおじさまに振り向いたその時、
「そォい!」
突然の掛け声と共に、お屋敷の奥から大きな水球が放たれました。その水球はスナおじさまを包み込んだ後、一瞬で消滅。スナおじさまが何をされたのかは分かります。洗浄です。
「お帰りなさい、お兄様!」
屋敷の奥から現れたのは水球を放った張本人、ディナお姉さま。スナおじさまは何事もなかったかのように、
「おお、サン。今帰った」
「すぐにお食事の用意をしますね! イーリアレ、手伝ってくれるかしら?」
「はい、カッサンディナさま」
唖然としているわたしの前で、イーリアレはディナお姉さまと一緒に屋敷の奥へ。
「そいじゃあ、行くかあ」
「え、あ、はい。アキリナさん、それでは」
「ああ」
わたしが立ち上がってアキリナさんにアイサツすると、スナおじさまは、「ああ、そうだ」とすだれをめくる手を止め振り向き、
「もう少ししたらロシオンディラとエレクシシーが顔を出すそうだ。何でも、香りの違う油やら甘口の酒やらを仕込んでみたいんだと。アキリナ、頼めるか」
アキリナさんは本に目を落としたまま、左手を挙げ、
「分かった」
さわさわと聞こえる、静かな葉擦れの音。
すだれから射し込んだ木漏れ日が板間にきれいな模様を描く、そんな午後。
わたしは文机を挟み、胡坐なスナおじさまと向かい合うように正座しました。
乱雑な机の上、所狭しと並べられているのはディナお姉さまの作ったお料理の数々。お刺し身に酢漬けに酒蒸しに。ディナお姉さまはどんどんそのレパートリーを増やしているようです。
それは、ディナお姉さまの願い。
海に向かう男性の体調は万全であって欲しい。スライナさんのように、少しでも生きて帰る確率が上がれば……。
わたしは思考を切り替え、お料理から残念なイケおじに目を向けました。今日はアルカディメイアについてお話があるとかで、お忙しいスナおじさまがわざわざ時間を割いてくださったのです。
「スナおじさま、ああああの、おおおお話というのは?」
「何を考えてるのか知らんが、もう少し肩の力を抜け。そんなんじゃアルカディメイアでやっていけんぞ」
スナおじさまは、はっはっはと笑って、あ~あっとあくび。
長いストレートの金髪。
シュッと通った鼻筋。
澄んだ青い瞳。
あまり日に焼けていない肌。
若草色の着物。
スナおじさまは、いつも通りの眠そうなお顔で、
「アルカディメイアの島屋敷にはいい先生がいる。よく学べよ。口調は厳しいが、優しい人だ。レイアも俺も、あー、サンは苦手らしいが、ゼフィリアの者は皆あの人に育てられたようなもんだ」
言いながら、文机の横に置かれた瓶からお酒をすくい、
「島主の方も気楽にやれ、気楽に。体力仕事なんぞお前さんにゃ微塵も期待しとらん。言ったろう、魚なら俺達がいっくらでも獲ってきてやるってな。今まで通り、お前さんはお前さんに出来ることをやってりゃいいだけだ」
左手をひらひらさせて、スナおじさまは杯に口を付けました。
「わたしに出来ること……」
「そう、ウチの島で火込め石を作れるのは爺さまだけだった。その爺さまがいない今、お前の石が島に明かりを灯すんだ。お前さんは既にその道の上にいる。その道で信用を得ている。俺はもう、そのことで心配なんぞしとらん」
ぐびっとお酒を飲み干し、空になった杯をゆらゆら揺らしながら、
「俺が話すのは、その先だ。分かるか?」
これが今日の本題、わたしがここに呼ばれた訳。わたしは気合を入れて腰巻をギュッと握り、前のめりになって、
「共同体の維持、その先ですか……?」
「そうだ。婆さま、あー、お前さんからすりゃひい婆さまか、その婆さまはアーティナの人間で、この島の民家は全て婆さまが設計したもんだ。婆さまがアーティナから来たおかげで、今の島の姿がある。婆さまの砂込め石のおかげで、ゼフィリアは木を切らずに済んでるようなもんだ」
スナおじさまは瓶からお酒のおかわりをすくい、お話を続けます。
アーティナがひいお爺さまの恩恵を得たように、ゼフィリアもまたひいお婆さまの恩恵を得ている。これはそのお話。わたしが今日まで暮らしてきたゼフィリアの姿。その成り立ち。
「人はいつか死ぬ。そうすれば島の技術が廃れる。それが石作りの、俺達人間の弱点だ」
ひいお婆さまと一緒にアーティナの女性がお嫁に来て、ゼフィリアには砂込め石を作れる人間が増えたそうなのですが、それだって代を重ねるごとにだんだん減っていってしまう。
だから、アーティナから嫁いでらしたひいお婆さまのような、島に新しい血を迎えるのは絶対に必要なことなのです。
「しかし、スナおじさま。そんなこと、いったいどうすれば……」
「簡単だ。他の島から人を呼べ。うちの島の人間になってもらうんだ」
そう言って、杯を文机の端に置き、その手を膝に、背筋をピンと伸ばしました。スナおじさまは普段の残念な雰囲気など微塵も無い、威厳のある居住まいで、
「この世界にはゼフィリアと同じように人の住む島が十ある」
眼窩の奥、澄んだ青い瞳。
「アルカディメイアには学問における島の序列があり、どの島もその序列を競っている。無駄な制度だと思うが、摩擦がなければ力は生まれん。発展もまたしかり、だ」
スナおじさまが語るこの世界の島々の名前。
アルカディメイアにおける、その序列。
第一位、水と砂の島、アーティナ
第二位、火と水の島、ディーヴァラーナ
第三位、水と鋼の島、タイロン
第四位、風と鋼の島、トーシン
第五位、火と鋼の島、ヴァヌーツ
第六位、砂と鋼の島 ホロデンシュタック
第七位、火と砂の島、クルキナファソ
第八位、砂と風の島、ガナビア
第九位、火と風の島、リフィーチ
第十位、風と水の島、ゼフィリア
「ゼフィリアはドン尻ド底辺。世界で最も小さく、人の少ない島。だが、ゼフィリアの人間の研究が学問として広く認められれば、アルカディメイアはその功績を公平に、正当に評価する」
スナおじさまはすだれの向こう、外の景色に目を向け、
「この島は小さいが、人は本物だ。自然だってそうだ。森だって海だって、こんなにいい景色の島は他に無い」
その横顔。慈しむような眼差しと、口元に湛えられた柔らかい笑み。
「知ってさえもらえりゃ、人は集まる。俺はそう思ってる。それに今はいいもんがある、だろ?」
そこまで言うと、スナおじさまはニカッと笑って、また居住まいを崩しました。そして、島わさびをこんもり盛ったお刺し身を口に放り込み、く~ったまらんした後、杯をぐびっ。
スナおじさまは杯片手にわたしを真っ直ぐ見て、
「この島に人を呼ぶ。そのために、アルカディメイアでゼフィリアの序列を上げて来い」
ぞわりと立つ鳥肌。
背すじに走る、電流のような衝撃。
それは生まれて初めての実感。期待されている、という快感。
その眼差し、その言葉が、わたしの中の何かを目覚めさせたのです。
スナおじさまはぐびっとお酒を飲み干し、机にかつんと杯を置きました。
それから、この世界の人間らしい獰猛な笑顔で、
「世界中の人間に、最高はゼフィリアにあると知らしめてやれ!」




