020 贈り物の日
夕立を運び終えた厚い雲。
夕焼けに染まり、その陰影を強調する島の緑。
「んー、おいしー! ヤバイって! これヤバイって!」
修練場を包む香ばしい匂いと、海守さんたちの歓声。
そうですね、はい、お夕食の時間です。
修練場のド真ん中に生成された、はがねの板。それはわたしの目線より少し高い位置に浮かぶ、薄くて長い金属板。周囲の海守さんたちがその上に貝や海老、お魚の切り身をじゃんじゃん並べて調理しています。
そして、
「こ、これは……」
わたしの隣に立つお母さまが、金属板の上に横たわる本日の主役を前に身を震わせ、
「これは! 中に海老を詰めたのですか!」
「詰めたのです!」
「ツメタノデスネ!?」
お母さま渾身の驚きに、わたしは力強く首肯。そして、あまりの衝撃にお母さまの語彙はもうダメのようです。
わたしたちの目の前には、こんもり太った沢山のイカさんたち。これは内臓を抜いたイカに海老のすり身と香草をギュッと詰め込んだ、イカの姿焼き。そう、シオノーおばあさんはイカ料理に挑戦してみたかったのです。
つなぎがないので脂が少ないかも、というのは杞憂でした。断面からドュワーっと海老の肉汁が溢れてきて、これはいけない。いけないやつですね。
「不思議なもんさね。食う価値のない骨無し雑魚だと思ってたのに。魚とは違う滑らかさと、何よりこの歯ごたえ。弾力がたまらないよ」
お母さまのお隣、シオノーおばあさんも満足そうにイカを頬張っています。
この世界の人は、「骨無しばかり食べると骨が弱くなる」と言って、骨のない魚介類をあまり食べないのです。カルシウムというか栄養素的には間違っていない、のでしょうか? ちょっとよく分かりません。
シオノーおばあさんにイカ料理を試したいと聞いたわたしは、海守さんにも食べてもらってはどうかとお母さまにお願いしてみたのですが、お母さまは秒で了承。
そんな訳で、今日はみんなでお食事会。海の幸盛り沢山の金属板焼きパーティーなのです。
「アオウェアホァオアイヴェァ……!」
「いえ、レイア様。今日は試しだったんです。次はみなで作りゃあいいことですさね」
全力でイカを頬張るお母さまに、シオノーおばあさんが何かを言い聞かせています。お母さまのお脳はもうダメのようですが、お母さまの言ってることが分かるシオノーおばあさんは流石です。
「いただきましょう、イーリアレ」
「はい、いただきます」
お母さまのことはシオノーおばあさんにお任せし、わたしは砂込め石で作った椅子の高さを調整しつつ、気込め石でお箸を作りました。そして隣に座るイーリアレと揃ってイカを箸でつまみ、口の中へ。
「むーん!」
シオノーおばあさんの言う通り、なんたる弾力! 噛み千切るときのプツッとした心地よさがとっても楽しいです!
そしてヤバイのは中身の海老! 柔らかいのにまとまりがあって、しかも凄い味が濃いのです! そして甘さ! お砂糖のような甘さでなく、じんわり舌に染み込む様な甘さ!
これが相乗効果! うまあじの二重奏ですか! なるほどお母さまが人間やめる訳です!
なのですが……、
「イーリアレ、お願いがあるのです」
「はい、なんでしょう。おじょうさま」
「わたしには多過ぎるので、イーリアレが半分食べてくれませんか?」
「はい、いただきます」
イカを半分、イーリアレの前に移動させました。
わたしは学んだのです。わたしは他の人と違い沢山食べられないので、しっかりペースを考えないとあとで後悔するのです。うう、わたしもベツバラが欲しいのです……。
どの順番で食べるべきかわたしが思案していると、隣に立つビースト、いえ、お母さまが硬直しているのに気付きました。そして理解。
強き者は弱き者に与えて当然。弱いわたしが人に与えているのに、強い者が動かないのは恥なのです。
「イ、イーリアレ……。残りわずかですが、私のものを……」
苦渋ッッ!という表情で、お母さまは残りのひと切れをこちらに寄せました。何にせよ、お母さまのお脳に人の言葉が復活したのはよいことだと思います。
「あーいえ、お母さま。これは試作のため一人一杯なので、そういうのは今日はいいのです」
「そ、そうですか。そうなのですね……」
わたしの話す今日の献立事情に、お母さまはめちゃんこ安心顔。そして最後のイカを頬張ると、何処からかスッと生肉の塊を取り出しました。その肉塊から肉を千切り、こぶし大に丸め、風込め石の風でふわりと包み……。
え、何ですそれ。常備…肉……?
「イーリアレ、代わりといっては何ですが、こちらをお食べなさい」
「はい、いただきます」
イーリアレの前に降ってきたのは、もはや定番となりつつあるお魚のつみれ。ていうか大き過ぎてお魚ハンバーグにしか見えません。
「お母さま、それは……?」
「この方法が最も肉のうまあじを逃さないのです。と、ノイソーナが教えてくれました。流石ノイソーナです。冴えたやり方ですね」
「変に器用なんですよ、あの子は。まあ、男ですからね」
そう口を挟み、シオノーおばあさんは照れたお顔でイカを口に含みました。いえお母さま、わたしは常備肉の方を聞いたのですが……。
しかし、技術自体は凄いものです。風しか使っていないのに圧力鍋で煮たようなふっくらとした仕上がりで、ソーナお兄さんは凄いです。
「勿論、私一番のオススメは焼いたものです。次は焼きましょう。そうしましょう」
常備肉から肉を千切り、お母さまは焼きバージョンを作成開始。ドデカいつみれが金属板の上でジューッと気持ちのいい音を立てていきます。
焼きあがるお肉を前に、わたしはこれを機会と見付けました。帯に挟んであった石を取り出し、お母さまとシオノーおばあさんお二人に向かい、
「あ、あの。お母さま、シオノーおばあさん」
振り向くお二人に両手を差し出し、
「ここっここれ! わわっわわたしが作りました、焼き専用の火込め石です。汎用性はあまりありませんが、あの、どうか使っていただけないでしょうか……?」
これは日頃の感謝を込め、お母さまとシオノーおばあさんに贈ろうと用意していたもの。しかし、この世界にはお誕生日のお祝いや祭事や弔辞などの記念日が一切無く、なので、いつ渡そうか困っていたのです。
贈り物は焼き料理に使う火込め石。これを作るため、わたしが意識したのは炭火でした。
しかし、火込め石は熱や灯りを生み出すだけの石で、炭火のような香りはどうしても再現出来ません。香りは無理でもその焼き具合だけならと思い、輻射熱で素材を焼けるよう、調整に調整を重ねたのです。
お二人はあっさりわたしの石を受け取り、すぐにその機能の確認を始め、
「これはまた楽しいものを作ってくれたねえ、お嬢様!」
「むう、なるほど! これは便利なものです! そして何より専用、専用……!」
お母さまは専用という言葉にこだわっていらっしゃる。ともかく、喜んでいただけたようで何よりです。
「金属板の伝導熱で焼くよりも、うまあじを逃しにくいと思います。お刺し身なども一度炙ると香ばしさが加わって、また違った楽しみ方が出来るかと」
生のお魚、その皮を一度炙り、また冷やす調理法。炙り刺し身ですね。わたしが補足すると、お二人はその動きをピタッと止め、
「お嬢様、それを早く言ってくださいよ!」
「記録です。即、記録なさい」
「だ、大丈夫です。あとでちゃんと書き留めますので……!」
わたしは焦ってお二人に概要を伝えました。すると、
「まだ日は沈みきっていませんね!」
「ですねえ! 行きますかい!」
要領を得たお二人は、我慢できないとばかりに海に向かって跳躍。筋肉。
夕焼け空に消えて行くお二人の背中を見送り、わたしは周囲の海守さんたちを見渡しました。みなさん思い思いにお食事を続けているようで、なるほど、お二人のアレはスルーしていいものなのですね。
「イーリアレ、焼きあがったようですよ。沢山食べてくださいね」
「はい、おじょうさま」
お母さまのつみれは全てイーリアレの胃の中へ。わたしも貝や海老をいただきます。
ふいにわたしの金髪を揺らし通り過ぎる、潮の香りを含んだ風。風を追い振り向けば、赤い海にゆっくりと沈んでいく、大きな太陽。
「はーい、海守さんたちー! お待ちかねよー!」
「カッサンディナ様、おっそーい!」
夕焼け空から降ってきた元気で明るい声に視線を上げると、大きな瓶を担いだディナお姉さまが石畳にずだんと着地しました。そうそう、今日はディナお姉さまも呼んでくれるよう、お母さまにお願いしたのです。
ディナお姉さまは大きな瓶をドスンと下ろし、ばりっと開封。お魚の香ばしい匂いにお酒の香りが混じっていきます。
「ディナお姉様、こちらに」
「はーい、お呼ばれしました。カッサンディナでごさいます」
わたしは右隣、先ほどまでお母さまがいた場所にディナお姉さまを呼び込みました。そして、下拵えしてあったイカさんを急ぎ風で蒸し焼きに。ディナお姉さまの分はちゃんとキープしてあるのです。
「今日のお料理も面白そうね。メイ、あとで私にも教えてくれる?」
「はい、勿論です!」
「ありがとう。これは風を使うのね? じゃあ私にも出来るわ。くふふ、お兄様、気に入ってくれるかしら……」
ディナお姉さまは笑顔で箸を作り出し、お料理にかぶり付き始めました。ディナお姉さまが金属板焼きに舌鼓を打っていると、イーリアレの隣に立つ海守さんが、
「カッサンディナ様。随分遅くなったようですが、またパリスナ様が?」
「ええ、そうなの。お兄様ったら、今日もなかなかお昼寝してくれなくて……」
ディナお姉さまは目の前のイカさんを食べながら、はあとため息。そのことに同意したのか、その海守さんも同じようにため息を吐きながら、
「分かります。私の父もなかなかお昼寝してくれなくて……。木の細工仕事を進めるからと言われると、強く言えないんです……」
「そうなのよね……。アーティナの男衆みたいに、いっそ何もせず私達に任せてくれたらいいのに。お兄様、アーティナの血が濃いのに働き者で、本当に困っちゃうわ。肉だってリナ兄さんみたいにムキッとしてないし、心配なの……」
「いや、リナ兄だよ? 比べちゃダメだってば、カッサンディナ様。あれはもう別格よ、ベッカク」
その話題に食い付いたのは、向かい側に立つ海守さん。
リナ兄、リナ兄さん。あ、蔵屋敷で寝ていたアキリナさんでしょうか。小さい島なので、血が繋がっていなくとも兄弟のように育つのはよくあることなのだとか。
それにしてもどのご家庭も男性に甘々で。やはり南海、スローライフなお悩みですね。
「普段はフツーに見えるけど、お風呂上りなんか胸肉パツンパツンだよ! 詰まり過ぎでしょあれ! しかもね、鎖骨に溜まった水滴が、つーっと胸板を流れて、すんごい色っぽくて……」
ふへへ、と蕩けるような顔のお向かいさん。
ふむふむ、村の露天風呂は屋根が無いので雨とか降ったら大変です、と思っていたのですが、風込め石を使って雨避けをしているそうで。そのお風呂のお話ぽいですが、混浴なのでしょうか。
この島の男性は朝お風呂に入ると聞いたことがありますが、使っていい時間帯が決められているのでしょうか。
わたしがお姉さんたちのお話に興味津々でいると、近くに立つお姉さんたちが何かに気付いたのか、
「ちょい待ち。まさかアンタ、覗きに行ったの?」
「うぅわ、サイッテー……」
「違う違う! 髪に使う油が無くなったって聞いたから届けに行っただけだってば!」
なるほど、男性のお風呂は別にあり、村から少し離れた森の中にあるのだとか。わたしは勿論行ったことがありません。
「やめてよね、うちの弟だってそこでお風呂してるんだから……」
「あー、そうそう! 食べ物ってか食べ方が変わったからかな。彼、最近肉付きよくなったよねえ」
「だからやめてって言ってるじゃない! まあ、確かに最近肉付き変わったけどさ、顔付きも……」
ふむふむ、好みの異性のお話をしてるっぽいのですが、この世界の女性はやっぱり筋肉が重要なのでしょうか。
「あーそだ、カッサンディナ様さー。ヴァヌーツの男ってどうなん?」
「ヴァヌーツ? あそこは優しい人ばかりよ。いっつも子供と遊んでて、とてもほっこりするの」
「違う違う! 筋肉よ、筋肉!」
「肉付きだったらうちの島の男衆が一番よ? そんなの分かりきったことじゃない」
「あーうん、カサッサンディナ様。そーなんだけど、そーなんだけどさー……」
ふふん、と胸を張るディナお姉さまに、お向かいさんは釈然としないご様子。
そこでわたしははたと気付きました。コイバナ!? これが女子会特有のコイバナというヤツですね!? なるほどテンション上がってまいりました!
わたしは真っ赤になった両手で腰巻を握り、隣に座るイーリアレに、
「イ、イーリアレはその、す、好きな人とかいないのですか?」
そうなのです。わたしと一緒に石探しで島を周ったイーリアレは、島の殆どの男性とお知り合いになっているのです。それでなんか、ステキな花が咲いちゃったり赤い実はじけちゃったりとか、きゃー!
わたしがもじもじしながら尋ねると、イーリアレはもりもり食べていた海老と貝を飲み込み、いつも通りの無表情で、
「わたしはしごとにいきるのです。わたしはおじょうさまのおそばで、いっしょうおいしいおもいをするのです」
「イーリアレ、言い方……」
一瞬で冷めました。イーリアレに食欲以外の何かを期待したわたしがいけなかったのです。
冷静になったわたしが改めて周囲を見回すと、殆どの人がお酒の杯を手にしています。これはもうお食事会というより酒宴の席ですね。
そこでわたしはそういえば、と思い出し、
「ディナお姉さまはお酒を飲まれないのですか?」
「飲まないわよ? 好きじゃないの。どうして?」
「いえ、スナおじさまがお酒好きなので、ディナお姉さまもそうなのかと……」
わたしが蔵に通うようになって随分経ちますが、ディナお姉さまがお酒を口にするのを見たことがなかったのです。
「お兄様のあれは、お師匠様の影響かしら。私はね、苦いのより甘い方が好きなの」
「はあ……。あ、ではこれを」
「ありがとう」
わたしはお水を作り、杯に入れてディナお姉さまに渡しました。
ディナお姉さまはお水でお口の中を整え、海老の金属板焼きをひと口でぱくり。一度に頬張る量が多いのは最早この世界の人間として仕方がないのですが、スナおじさまと違い、食べ方がとてもお上品です。
海老を飲み込んだディナお姉さまは、わたしの方を向き、
「ありがとう、メイ。メイがお料理を教えてくれてから、私毎日が楽しくて嬉しいの」
「そ、そんな……」
お料理はわたし自身のため、お母さまにお願いしたことでした。ディナお姉さまがお料理を気に入ってくれたのは嬉しいのですが、こんな素直にお礼を言われると、こう、恐縮してしまうといいますか……。
小さくかしこまるわたしの隣、ディナお姉さまはお箸を舐めつつ、ニッタリ笑い、
「だって、お兄様が毎日私のお料理を食べてくれて、おいしいって笑ってくれるの。それに、私の作ったものを食べてくれるということは、お兄様の肉を作ってるのは私ってことだもの。そう、どんどん肉が入れ替わっていくの。分かるのよ、くふふ……」
確かに、人間の細胞は摂取する食物により日々更新されていきます。ディナお姉さまがお料理を気に入ってくれたのは嬉しいのですが、なんか独占欲みたいな執着がスゴ過ぎやしないかと、ちょっとこう、引く感じ……?
わたしがディナお姉さまに本能的な恐怖を感じていると、金属板の向こうの顔ぶれが変わりました。席替えみたいなものでしょうか、とわたしが再び辺りをきょろきょろすると、
「あの、メイ様」
聞き慣れた声に振り向けば、昼に風込め石の相談をしてきた海守さんが立っていました。お姉さんは杯片手に、とても親しみやすい笑顔で、
「石のことだけでなく、料理のことも聞きに来てよいですか?」
「ほえ……?」
「シオノーお婆ちゃんに、新しい料理が知りたければ、とにかくメイ様に聞くべし、と言われたもので。あの、ダメだったでしょうか?」
「い、いえ! は、はい! 勿論です!」
不意なお誘いにわたしが答えると、「私も私も」と他のお姉さんも集まり、お料理談義が始まりました。
お魚の捌き方はもう殆ど身に付けたこと。今はお吸い物に挑戦していること。魚醤の作り方を聞いて絶対口にしないと決めたのに、一度その味を知ったらやめられなくなってしまったこと。
お話を聞きながら、わたしは両手で腰巻をギュッと握り締めました。
ううっ、嬉しいです……。
だって、こんなに沢山人と話すことが出来るなんて、思ってもみなかったのです。
それに、風込め石のお姉さんはわたしを「メイ」と呼んでくれたのです。お母さまやディナお姉さま以外の人に、初めて親しい呼び方をされたのです。
やっぱりお料理は、お食事は凄いのです。おいしいだけでなく、こんなに嬉しいことを運んできてくれるなんて……。
わたしが気込め石を手に、お魚を解体するコツを教わっていると、背後に筋肉の気配を感じました。お母さまとシオノーおばあさんがお戻りになったのかと思い、海の方に目を向けると……。
気込め石の効果なのでしょう。わたしの時間感覚が伸び、視界がスローモーションのようになっていきます。
お魚を担いだお母さまとシオノーおばあさんが石畳に着地。シオノーおばあさんはお魚を即解体。そのまま切り身を浮かせ、お母さまが石で炙る。シオノーおばあさんがお刺し身を冷やし、お母さまが大皿を作成、盛り付け。
そしてお二人は金属板の前に無事帰還。
その間、実に二秒。
筋肉は全てを解決してくれます。さすが筋肉です。わたしは見てはいけないものを見てしまったような気がして、気込め石の拡張機能を解除。おかげさまで感動がどこかに吹き飛んでしまいました。
お母さまたちがお刺し身の追加を持ってきたことで、お話は一時中断。お味見タイムです。
「むう、香ばしい。なるほど、私はこちらの方が好みです」
「手間の価値ってやつですよ、レイア様。炙るだけだから、そんなに手間じゃありませんけどね」
お母さまは大皿を風で浮かせ、海守さんたちにひょいひょい渡していきます。金属板の熱がお刺し身に移らないよう、しっかり空気の断熱層を作っている手の込みっぷりで。
お母さま、なんか物凄い技術を物凄い無駄なことに使っているような……。
ディナお姉さまも炙ったお刺し身を口に入れ、病んだ、いえ、元気な笑顔に。
「これはいいわね! くふふ、お兄様気に入ってくれるかしら……!」
「そうですね。普通のお刺し身より芳ばしいので、島わさびとも相性がいいと思いますよ」
わたしが答えると、その頭がガシッと掴まれ、
「メイ、私もあの石が欲しいわ」
「アッハイ。すぐに……」
ディナお姉さま全力の笑顔。ですが、目が笑っていません。正直恐いです。
「さて、そろそろシメといこうかね」
わたしがうっかり生命の危機に瀕していると、シオノーおばあさんが金属板を離れ、海屋敷に戻っていきました。きっとお椀を取りに行ったのです。
今日のお椀は海老の頭で出汁をとったお吸い物。もう海老!としか表現できない香りと味で、最高に海老なのです!
ディナお姉さまに火込め石を渡し、ブレーン・クローから解放されたわたしは、お母さまのもとへ行き、
「あ、あの、お母さま。今日はありがとうございました」
「いいえ、今日与えられたのは私の方です。それに、あなたは私にだけ与えたのではありません」
「ほえ?」
お母さまは膝立ちになり、わたしと目線を合わせ、
「みなで笑う機会が、ひとつ増えたのです。それに……」
お母さまの金髪を揺らし通り過ぎる、ゼフィリアの風。
風の向かう先、赤い海に沈みゆく、太陽の欠片。
お母さまは胸の前、わたしの作った火込め石をきゅっと握り、
「あなたが生きて笑ってくれることが、私には何よりの贈り物ですよ」




