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空襲警報



[せいぜい半年、長くても1年ほどで戦争は終わるだろう。もちろん我々の勝利によって]


 かつての私を含めた国民は皆そう信じて疑わなかった……




ー1917年12月24日 01:24ー




 戦時中の夜は暗く、長い。


 ラッセル・パークスは窓枠に手を掛け、外の様子を眺めていた。もうとっくに太陽は落ちているはずの時間帯だが、その視線の先では空が赤く燃えている。原因はあの、何本ものサーチライトに照らされた数隻の大型飛行船だ。厚い雲をバックに悠然と首都の上空を飛び、大量の爆弾を雨のように降らせている。あれに乗っている連中は空の王者でも気取っているのだろうか。彼の心臓は早鐘を打っていた。


「あの方角は……西地区か……」 


 ほとんどかすれるような声でつぶやいたラッセルは急いで窓から離れて転がるように階段を降り、外套と帽子をひっつかんで外へ飛び出た。大通りではスズ製のヘルメットを被った老人たちが西の空を指さして口々に何かを叫んでいる。しかしサイレン音や対空砲の発射音にかき消されて何を言っているのかまでは聞き取れない。


 石畳の大通りを急ぐラッセルに、心臓をも凍りつかせそうなほど冷たい風が吹き付けた。風は色あせたボロボロの外套をはためかせ、型崩れした帽子を吹き飛ばしたが、彼の走る速度は一秒たりとも落ちない。大通りを直進していると先ほどよりもずっと大きな対空砲の爆音に鼓膜が震えた。すり減った靴底からはわずかな地響きさえ感じる。危険地帯に足を踏み入れた証拠だ。


 そのとき、前方からかすかに低いエンジン音が聞こえてきた。この音は、まさか……そう思って上空を見上げたラッセルは顔をこわばらせた。


 視線を向けた先からは一隻の大型飛行船が船首をこちらの方角へ向け、ラッセルめがけて真っ直ぐ直進してくる。地上からのサーチライトに照らされた飛行船がラッセルの頭上を通り過ぎていこうとした瞬間、彼は恐ろしさのあまり足がもつれて地面に顔面を叩きつけた。


「ひッ……!」


 ラッセルは爆弾を落とされるのではないかと身構えたが、飛行船は何事も無かったかのようにそのまま彼の頭上数千フィートを飛び去っていき、瞬く間に闇の中へと消えてしまった。どうやら全ての爆弾を投下し終えたのか帰投していくようだ。西の空でも残りの飛行船団が続々と進路を変えていく。その真下では全てを焼き尽くす紅蓮の炎が街を飲み込んでいた。


 遠くで炎に包まれた大聖堂の尖塔が崩れ落ちるのと同時に、ラッセルの目から涙が溢れた。帰投していく飛行船の皮膜に炎が反射して赤く輝いている。彼の目にはそれがまるで、返り血を浴びた地獄の使者のように映っていた。


「ジェシカ、無事でいてくれ……」


 ラッセルは天に祈り、よろよろと立ち上がると、燃えさかる街へ向けて再び走り出した。







__________







 1914年、宣戦が布告されたとき、ほとんどの人は戦争という事態をもっと楽観的に考えていたはずだ。


「力の差は歴然だ、連中に勝ち目はない」


 道端やパブでは人々が口癖のようにそうつぶやき、ラジオや新聞もそのような報道を繰り返した。


 国民はこの戦争を正義の戦いとみなし、熱狂的に政府を支持したのだ。


 好戦的なムードに覆われた街では警察署に開設された新兵募集事務所に市民が詰めかけ、数ヶ月で100万人を越える男性が入隊を志願した。


「奴らに教訓を与えてやれ!」を合い言葉に、大勢の兵士たちが戦場へ向かう蒸気船に乗り込み、港に押し寄せた群衆は歓喜の声でそれを見送った。 


 真新しいカーキ色の軍服に身を包んだ男たちは、家族や恋人との別れ際にこう言ったものだ。


「半年後、占領した敵国の首都から絵はがきを送るよ」と。


 しかし現実はこうだ。


 最初の3ヶ月で10万を越える兵士が戦死、負傷者はその3倍にも達した。兵士が不足したため、開戦から1年後に政府は、基幹産業に従事する者など一部を例外として、18歳から40歳の男性すべてを対象とした徴兵を開始した。


 さらにそのころには食糧供給の規制も始まり、2年がたつ頃には敵空軍による都市部を狙った無差別爆撃が状態化、夜間は灯火管制が敷かれ、市民にとって死は日常の一部となった。


 人々は長い戦争に疲れ切っていたのだ。


 


『ラッセル・パークス自伝』

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