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幸せ解析学  作者: アルタ
ふわふわふらっしゅ
9/12

夏~12/24

「夏休み、どこかに行こうか?」

「そうだな」

 その夏は、クラスの皆と電車に乗って、湖の傍のコテージを借りてバーベキューをした。結局デートらしいデートは、そのときにアイスの買出しに二人で出かけたことぐらいだったけれど、青空がぬけるように透明で、降り注ぐ光は誰にでも平等で、一瞬一瞬をアルバムに収めたくなるような、そんな日々。


 思わず外に出たくなって、

 思わず顔が緩んでしまって、

 思わず他のことなんて考えたくないくらい幸せに浸ってみたくなる。


 そうして吹谷君が隣にいない間、時間を過ごすのだ。

 夏休みの宿題をやったり、

 ひまわりを育ててみたり、

 友達と泳ぎに行ったり、

 どんな事をしていても、どこか心の奥であの人に話そうとしている。


「どんなに手を伸ばしても、届かないものってあるけれど

 でも、願い事がかなってしまうこともあるんだね」

 にっこり微笑むと色んな人に小突かれてしまったりして。

「ああーーー!もう。風子可愛すぎいいいぃっ!」

 ……友達にも時折抱きつかれてしまったりして。

 なかなか吹谷君に誉められたり触れられたりすることはないのだけれど。




 夏が終わって、今年は猛暑だったね……なんて話しているうちに秋が来て、丁度いい季節が来たなどと喜んでいると、すぐに寒冷前線が現れたりして、すっかりセーターを着ている私があった。


 歩道橋の上からまだ明かりのついている学校が見える。

 少し寒くなった風にさらされると風邪を引きそうだったので、手をちょっとこすって暖を取る。指先が冷えて痛くなるころ、少し心の中で応援して、笑って、きびすを返した。

 歩道橋をわたって、それからちょっと離れた専門店へ手袋を買いに行く。

 クリスマスプレゼントに好きなものを買うようにと親に渡されたお金を持って。


――あったかいのがいいな。


 皮やウールやいろいろな可愛らしい手袋を見る。

「それすっごくあったかいよ」

 店員さんと話をして、1つ、白いモヘアのふわふわの手袋を選んだころには、すっかり外は暗くなっていた。少し時間がかかりすぎたらしい。夏の頃と違ってすぐにこの頃は暗くなってしまう。ガサガサと紙袋に入れてもらって、受け取るや駅へと急ぐ。


 電車はがらがらだった。音の響きもいい。

 窓際の席に腰掛けて外の様子を見ると、綺麗なネオンサインがぴかぴか光っていた。

 夜なのに夜と思えないような都会の光が少し冷たく思えて目を閉じた。



 そういえば少し前、一緒に吹谷君と電車に乗っていたら、どうしてか吹谷君は車窓を眺めていた。結構一生懸命見ていたから何かあるのかな?と思って聞いてみた。


「風子が映っている」

 そう答えて、電車の窓に映る姿をみている。

 私も窓を見る。

 確かに薄暗くなると窓が鏡のように車内の様子を伝えている。


「ずっと見つめつづけると人間は居心地が悪いと本にあったからな」

 ああ、そうなのね。

 だから、2人で電車の窓ごしにお互いを観察していた。

 そんな時間がなんだか懐かしい。最近お互い忙しくなってしまって、なかなか会えないから。


 目を開けるとそこに映っていたのはやっぱり私一人で、当然のことながらもちょっと残念。改札を出て、もう一度あの歩道橋を通って、今度は自分の家へともどる。当然のことながら部活は終わったらしく電燈が空のグランドを映し出している。


 ……と、不意に携帯が鳴ってメールの着信が入った。

 誰だろう? そう思ってカバンから携帯を取り出した瞬間前方から人影がやって来た。

「やっぱりその着信音は風子だな」

 その声を聞き間違えるはずもない。

「吹谷君!」

「ではなく」

「あ、………………………………………………和音君」


 あの日から吹谷君は私のことを名前で呼んでくれるのだけれど、私がどうしても吹谷君の名前をなかなか気恥ずかしくって口に出せない。しばらく会わないと、口に出して言う練習ができなくて、余計に言い出せない。

 突然のことに、色々頭の中で考えは浮かんで消えるのだけれどどれ一つ覚えていなくって、なのに嬉しくってしょうがないから、困ってしまう。


「今、帰りなの?」

「そうだ」

 突然のことだっただけに不意打ちでサンタがやってきたように嬉しい。

 そういえば今日はクリスマスイブなんだなぁ。絶対吹谷君はクリスマスなんて関係ないって言いそうなものだけれど。途中まで一緒に帰ることになって、とめどないことを考えながら歩く。

「でも偶然だね」

 まさか会えると思っていなかったから嬉しい。少し照れ笑い。

 でも、彼は顔色一つ変えずにこう言った。


「俺は風子のこと考えていたぞ」

 またまた唐突。

 一瞬きょとんとしたあと、どんどん自分が真っ赤になっていくような気がした。絶対今頬が火照ってる。なんだか自分の心臓の音まで聞こえるような気がして、直視できなくて

 ショーウインド越しに吹谷君を覗き込んでみたら、


――目が合った。


 そうしたら吹谷君はちょっと困ったように腕を組んだ。

「これでも精一杯嬉しいという感情を表現しているつもりなんだがな」

 顔も声も無表情だからなかなか難しいのだ。なんて呟いて、うんうんと頷いてる。

「あの……」

「ん?」

「私も」

「も?」


――嬉しい。


 振り返って、そっと冷たくなった手で吹谷君のオーバーのジャケットをつかむと

「冷えてるな」

とその手にそっと手を重ねてくれた。

「あったかいね」

「さっきまで暖かい部屋にいたからなぁ。あと、缶のコーンポタージュ飲んだ。火傷した」

「あれって、最後の方、コーンが詰まって出てきてくれないんだよね」

「最初火傷するよな」


 それから手を繋いで帰りみちをのんびり歩いていく。

 今度はガラス越しなんかじゃなくて、お互い見ながら。

 勿論道は暗くなってきていて、電燈に照らされて見えるくらいのものなのだけれど。

 そのくらいのほうがいいかもしれない。

 昼間みたいに太陽が燦々と輝いていたら直視できないから。

 なんてわがまま。


 でも、なんでもいいのかも。

 こうしていられるだけで嬉しい。

 外が寒いのだって、寒いからこうやって手を繋いでポケットに手を入れることができるから

――幸せ。




「そういえば今日はどこにいってたんだ?」

 本当は手袋を買いにいっていたんだけど

「ちょっと歩いてきたの。……クリスマスだから楽しいことがあるかもって」

 今は手袋をはめたくないから。このままでいいから誤魔化してしまおう。


「そうか」

「ネオンサインが綺麗だったよ」

「うむ」


――カバンの中ではふわふわの手袋が、ごわごわした紙袋に当たって飛び跳ねた。


 今日はまだ出番ではないらしい。

 本当のクリスマスプレゼントには敵わないから。


 メリークリスマス!

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