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猫たちの時間+(プラス) 〜猫たちの時間14〜  作者: segakiyui


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15.空に還る

1970000ヒットありがとうございました! 最終話です。

 同じ光景を昔に見た。

 空へと還る人を見送る瞳、遠く彼方に投げられて動かない。

 朝倉家のそこここで、密かに行われた告別式に参加した者もできなかった者も、高野を惜しむ顔に違いはなく、それは湖の端で白い十字架の側に立つ周一郎もまた。

「…滝さん」

 足音に振り返って微笑んだ。

「逝きました」

「ああ」

 高野がいなくなるはずはなかった。

 人は死んでも、高野はずっと生きているような気がしていた。

「ルトは?」

「さあ……ここには用がないようです。穏やかに逝きましたから」

「そうか」

 不吉を好む青灰色の小猫は、次の獲物を探しに出かけたのか。

「おめでとうございます」

「へ?」

「佐野さんとご結婚されたんですね」

「あ、ああ」

 まあ正式な式はまだだし、一応籍は入れたけどな、とごにょごにょ呟き、気づく。

「佐野さん?」

 夫婦別姓と伝えただろうか?

「名前を変えるのは色々と手続きが煩わしいですから」

「お前もか?」

 物言いたげな視線に付け加える。

「お前も結婚したら、相手は別姓でいいのか?」

「朝倉に入ることは必須です」

 冷ややかに断じられた。

「次世代に混乱を招く必要はありません」

 突き放した物言いに、まだここはこいつの居場所にはなっていないのかと察した。

 借り物の居場所で支えとなり守りとなってくれた人間を、また1人周一郎は失った。こいつは失ってばっかりだ。

「お由宇が1週間ほど留守にするんだ」

「はい」

「その間、こっちに来てもいいか?」

「……高野が居ません」

 ほう、と小さく息をつく。

 言われなくとも、岩渕から、周一郎はこの数日またもや飲み食いが滞っており、仕事を抱いて部屋に籠っていると聞く。岩渕ではまだ、周一郎に食べさせられないし、眠らせられない。助けて欲しいと泣きつかれた。

「あなたの世話をするものがいませんが」

「1人暮らしはできるんだ、一応」

 知ってるだろうが、と反論する。

「ただ原稿をまとめて書きたいし、食物だけでもあると嬉しい」

「佐野さんのお節介は、あなたからの感染ですか」

「人を病原菌みたいに言うな」

 ぎくりとしながら応じる。


 少し前、磯崎薫という老人に会いに行った。お由宇の古くからの知り合いだと聞いたが、思っていたより高齢で、そのくせずっと笑顔でいるのが強そうに見えて、年齢よりもずっとお若い雰囲気ですね、と言ったら一瞬口を噤まれた。

『これがお前の宝玉かね。お前を変えた相手かね』

 磯崎薫はすぐに笑った。側に居たお由宇が引きつったから、まずいことを言ったのかなと慌てて取り繕った。

『いや、82歳とかにはとても見えないってことで、まるで別人みたいにお元気ですねって意味です。悪気はありません!』

 褒めたつもりだったのだが、2人も妙な顔になって黙ってしまい、帰り際にお由宇はぼそりと

『2度と会わないって言いそう』

『へ? どうして! 俺がヘマしたのか?』

『そのうちどこかで本名に辿り着くんだろうなあ…』

『ああ、あの人の結婚前の名前とか? いやさすがにわからんだろう、そこまでの興味もないし』

『ええ、そうね、そうであることを切に願うわ、本当に』

 出ないとショーチンラオも面倒なことになるし。

 唸ったお由宇が厳しい顔になったので、それ以上は突っ込んでいないが。

 経営している飯屋は、結婚前からの複雑な事情があるのかも知れない。


「それで?」

「え?」

 周一郎が優しく尋ねてきて我に返った。

「部屋は前のままです。いつでも使えますよ」

「前のままって……」

 朝倉家を出て行って数年、戻ってくるかもわからないのに。

「部屋が余っていますからね」

 小さく笑った。

 再会した時に繰り返し見せられた、あの明るい笑顔ではなく、溢れて零れるような微笑。

「僕も多少大人になりましたから」

「なるほど」

「対応策もわかりましたし」

「対応策?」

「害虫は殺していけばいいので」

「ああそうか……害虫?」

 朝倉家にそれほどゴキブリとか発生したのか? いや確かにこれだけ草っ原とか森とか湖とかあったら、確かにゴキブリ以外のムカデや蚊や虻やハチなども多そうだが。

「なるほどなあ、高野が居なくなったら、そういうこともお前が心配しなきゃならんのか」

「そういうこと?」

「いや、だからこういう庭から出る害虫駆除なんかも、当主のお前が気にしなくちゃならないんだろう? 大変だよな、忙しいのに。早く岩渕に成長してもらわんとな」

 うんうんと頷いていると、くくっ、と笑い声が響いた。

「周一郎?」

「いえ、すみません。ええそうなんです。害虫駆除も僕が気にしなくてはいけないんです。でも僕は」

 嫌いじゃないです、害虫駆除。

 何がそれほどツボに入ったのか、ふいに満面の笑顔になった相手に、俺は変わらず困惑した。


      終わり

次の10000ヒット連載は「ラズーン7」です。

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