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お母さまの手記の中で三月が訪れた頃、お母さまとお父さまは森に小屋を建てはじめた。二人で暮らすためだ。その間もお父さまは縁談を断り続けた。
手記が四月になると、家は完成し、お父さまは別荘に行くと称して毎日通いつめた。お母さまは聖女が使うことのできるという結界魔法を使えたので、家に魔物が入らないように結界を張った。
お母さまが聖女みたいな魔法を使えることに驚いたわ。もしかすると人間が『聖女』と役割づけているだけで、聖女なんてどこにでもいる魔法が使える人のことを言うんじゃないかしら。
私はお母さまの手記を通して、いつお父さまと会えるのかと心待ちにしていた。だって、お母さまの目から見たお父さまは、本当にかわいくてあどけない少年なんですもの。お母さまには及び腰だけど、お母さまに好きだと言う思いを伝えたくてもじもじしている。
とりあえず、夜も更けて来たから早く読み終わらないと。この際、夕食を抜いてもかまわない。お母さまの手記を読む方が大事。
お母さまが妊娠したのは五月ごろ。
「婚約なんて大げさなことは言わない。今すぐ結婚しよう」と、お父さまの方から切り出したのは、私がお母さまのお腹の中に宿ってからだった。お父さまは、ときどき大胆になる。お母さまと出会って二面性が現れたようだった。普段の大人しさと、お母さまとの出会いによって得られた大胆さ。そこがお母さまも気に入っていたみたい。
身ごもってからお母さまは、次第に自分の住む森の危険性に悩んだわ。それでもお母さまは、人里に行こうとは思わなかった。人として暮らすためには正体を偽るしかない。魔族は討伐対象だから。王国の騎士は身元の分からない人物に、鑑定魔法を使うことを許可されているみたいだし。
それでも数か月間も危険な森を抜けて会いにくるお父さまに、とうとうお母さまが決心する。一切の魔法を使わず、人里で人のふりをして暮らすことを。
「すごくこれロマンチック!!!」
私は暗い部屋で一人感嘆する。
だけど、貴族社会ではお母さまも苦労したみたい。平民の出ということで貴族として作法を習って、周囲からは蔑まれて。お母さまも辛い想いをしてたんだ。そうよね、どこの出自とも分からない人間が突然人間として暮らすだけでなく、貴族にまで成りあがるなんて。
お母さまは金貨だけは持っていたそうなの。正確には魔族は配下の魔物に金を採掘させるらしいの。金は人間と同様に価値のあるものと認識しているらしいわ。だから、金を人間が使う金貨の形に鋳造するらしいわ。
(それって、偽金じゃ!?)
ま、まあ、お父さまとお母さまが幸せに暮らせるならいいと思うんだけどね。それに、金は金だし。
私を翌年の三月に出産したお母さま。
そのときには、お父さまとの偽りの貴族生活にも慣れていたわ。お父さまとの式も挙げていたしね。
私を産んだときの、お父さまとお母さまのやり取りの文面には胸が躍った。
「この子の名前はアミシアだ。僕とよく似ているだろう?」
「この子があなたに似て良かった。私、嬉しいわ」
お母さまが私のことをお父さまに似て嬉しいと思っていてくれたなんて! 今まで自分がお母さまに似ていないことをずっと気にしていたのが馬鹿らしくなった。




