面倒事
河野志奈乃はモテる。
志奈乃がこの学校に来てから数週間しか経っていないが既に数人から告白されている。
実際に志奈乃は誰とでも仲良くできる人当たりの良さ、ルックスやスタイルの良さも相まって、モテないほうが可笑しいくらいのスペックを持っている。
今日はグレーアッシュのセミロングの髪を軽く巻いているだけのシンプルな髪型だったがそのシンプルさが志奈乃のかわいさを引き立てている。
人気者である志奈乃が毎日のように僕をからかうせいで、その度にクラスの男子と潮の視線が僕に突き刺さってくる。
志奈乃はイタズラが好きなだけで僕のことが好きな訳ではないのに勘違いで他の男どもに嫉妬されるのはかなり面倒である。
先程も昼御飯を志奈乃と潮の三人で食べていたが僕が志奈乃にからかわれる度に男どもからの舌打ちが聞こえてきた。
志奈乃がトイレに行くと言って、席を外したのでようやくその視線から解放された。
「朔君って志奈乃ちゃんにからかわれても全然注意しないよね」
潮はジト目で僕のことを見ている。元々席が隣なので潮と二人で話すのは珍しくもなかったが、志奈乃が転校してきてからは学校で潮と二人で話すことが極端に減った。
「そうかな?いつもやめてって言ってるつもりなんだけど」
「言い方が優しすぎて全然そうは見えないよ」
そんなことを言われてもそれ以外にどういう言い方をすればいいのかが分からない。
「だーれだ」
潮と話していると急に視界が暗くなった。こんなことを僕にする人間は一人しかいない。
「志奈乃でしょ」
「え、すごいじゃん。なんでわかったの?」
視界が明るくなったので、後ろを振り向くと志奈乃が立っていた。
「ほぼ毎日話してるから声でわかるよ。それに小学生の時に何回もやられたし」
「そっかぁ。えへへ」
「これって当てられたほうが負けなんじゃないの?」
普通は誰か当てることができたら、当てた方が勝ちのはずだが、上機嫌の志奈乃は負けたなどは全く思っていないように見えた。
「あっ、そっか。負けて悔しいなー」
「まあ、勝ち負けとかどうでも良いけど。志奈乃になら何回やられても当てられる自信あるよ」
「そっか、流石幼馴染だね!」
「いや、幼馴染みじゃなくてもわかるよ。潮にやられてもわかると思うし」
「だよね。私も毎日朔君と話してるし、幼馴染みとか関係ないよね」
「朔ちゃんはいっつも一言余計だよね」
ぶすっとした表情の志奈乃とは対称的に潮は嬉しそうに次の授業の準備をしていた。
それから5分ほど教室で話していると見馴れない男が僕たちの方に向かって歩いて来た。
「なあ、ちょっといいか?」
目の前の男はたしか岳と同じバスケ部の近藤瞬。整った顔立ちで髪型はツーブロック。岳ほどではないが典型的なイケメンだ。
岳とバスケをやる時に数回だけ一緒に遊んだことはあるが二人きりでは話したことが無い。僕にとっては典型的な友達の友達というやつだろう。
「河野、ちょっといいか?」
どうやら僕にではなく志奈乃に用事だったらしい。
「ここですむ用事ならいいよ」
冷たい返答。志奈乃の表情を見ると興味がないと顔に書いていた。
「え、別に今は大した話もしてなかったし、話してくればいいじゃん」
「朔ちゃんは黙ってて」
何か用事があるとと思ったので気を遣ったつもりだったが、どうやら志奈乃にとっては余計なお世話だったらしい。
「痛てて、わかったからつねんないで」
「近藤君。とにかく、今は朔ちゃんと沙羅ちゃんと話してるからまた今度にして」
「ああ、悪かったな。また今度声かけるよ」
それだけ言って僕の事を睨み付けながら近藤は教室から出ていった。
「良かったの?」
「いいの。どうせデートの誘いだから。何回も断ってるんだけどしつこくて」
志奈乃と再会した時に、付き合っている人はいないが好きな人はいると言っていた。おそらくその人以外とはデートをする気はないということだろう。
「モテるって大変なんだね」
モテ無い僕には縁遠い話だが、モテる人間にしかわからない苦悩もあるのだろう。
「うーん、それよりも好きな人に伝わらない方が大変だよ」
「志奈乃の好きな人ってそんなに鈍感なの?」
「「はぁ…」」
潮と志奈乃は同時にため息をつき呆れた表情でこちらを見る。
「鈴の言う通りはっきり言った方が良いのかな…」
志奈乃は深くため息を吐き小さな声で何かを呟いた。
*
近藤が帰った後にすぐにチャイムが鳴り昼休みは終了した。その後は特に何もなくあっという間に放課後になった。
「朔、久しぶりにゲーセン行こうぜ」
「あれ部活は?」
岳に突然ゲーセンに誘われたが今日は部活は無いのだろうか。
「ああ、バレー部が大会近いらしくてな。今日は休みになった」
「そっか。じゃあ久しぶりに行こっか」
「おう」
下駄箱に向かい靴を取ろうとするといつもはあるはずのない紙が僕の下駄箱から落ちた。
「お、それラブレターか?」
「今どきこんな分かりやすいラブレターある?イタズラでしょ。」
「俺はイタズラじゃないのをよく貰うけどな」
「うざ」
「事実なんだから仕方がないだろ」
時には事実が人を傷つけることがあるということを岳は気づいていない。
「あ、放課後に二年一組の教室で待ってるって書いてある」
「放課後って今じゃねーか。本物だった時にその子が可哀想だし、一応行ってこいよ。ゲーセンはその後でいいしな」
「う、うん」
こんな手紙はおそらくイタズラだろうということは岳も分かっているが、わずかでも本物の可能性がある以上行くべきだということだろう。
そもそも僕は二組なので、手紙に書かれていた一組にほとんど行ったことがない。そんな僕に手紙を送る人が一組にいるとは思えない。
不安半分、期待半分で一組の教室の近くまで行くと、教室のドアのガラス越しに、近藤が教室で待っているのが見えた。




