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母親

「潮のお母さん…?」


「ええ、沙羅から色々聞いていたから会えて嬉しいわ」


色々とは一体何のことだろうか。アルバイトの同僚で普通に仲のよいクラスメイトということまでなら良いが、潮が僕に恋愛感情があるということや女装してアルバイトをしていることを知られていたら恥ずかしさのあまり気絶するかもしれない。


「ええっと、潮とは高校が一緒で仲良くさせてもらってます」


「ねえ、私も沙羅も潮なんだけど」


「え、そうですね」


親子なのだからそれはそうだろう。潮さんが何を言いたいのかが全くわからないが、何となく僕か潮をからかおうとしていることはわかった。


「潮が二人もいたらどっちのことを呼んでいるのかわからないわ」


「ええっとじゃあ潮さんのことは潮のお母さんと呼ばせてもらってもよいですか?」


「うーん、悪くないけど長いわね」


「じゃあ早妃さんとお呼びしても良いですか」


「ふふっ。別にそう呼んでもいいけど」


潮のお母さんは手で口を隠して笑いながら潮の方を見ている。



「朔君、お母さんを名前で呼ぶのは流石にダメ」


「だ、だよね。でも他に呼び方が…」


僕が他の呼び方が思い付かず考えていると潮はジト目で睨み、潮のお母さんは口許を隠さず手を叩きながら笑っている。


「沙羅、全然意識されてないじゃない?」


「なんでお母さんの方を名前で呼ぼうとするのかな」


潮は僕のほうに近づき可愛いとは言えない無機質な笑顔を僕に向ける。


普通に考えれば潮を名前で呼べば解決するのかもしれない。たしかに潮には沙羅と呼んで欲しいと言われたことがある。


だが、名前で呼ぶのはもっと仲良くなるか付き合ってからにしたい。


志奈乃が転校してきてうやむやになってしまったが遊園地で僕が潮に自分から女装のことをばらしたのは後ろめたい気持ちを一回清算して潮との関係を前に進むためだ。

名前で呼ぶというのは端から見たらどうでもいいことかもしれないが僕は大事にしていきたい。


「ごめん。潮のことを沙羅って呼ぶのは付き合ってからかもっと仲良くなってからって決めてるから今は呼べない」


「えっあっそっか。ならいいかな」


潮が口ごもったのを見て、ようやくとんでもないことを言ってしまったということを気づいた。


たまたま客がいなかったせいで3、4人いた店員の耳にも完全に聞こえてたらしく、微笑ましいと言わんばかりの優しい目を向けられる。


「おー見せつけてくれるわね。お父さんにも教えてあげなくちゃ」


潮のお母さんは楽しそうにスマホを片手にニヤついている。


「絶対やめて。もういいから朔君裏いこ」


潮はそれだけ言って僕の左手を引っ張り店の奥にある店員用の控え室まで僕を連れていった。


「ごめんね朔君。お母さんが余計なことを言って」


「う、うん。ビックリしたけど大丈夫。そもそもなんで僕をこの店に連れてきたの?」


最初は僕と潮のお母さんを会わせるためだと思ったがすぐに裏に行こうとしていたので恐らく違うだろう。


「うん、それはね…」


潮は控え室にあったロッカーを物色しメジャーを取り出してきた。


「じゃあ予定どおり採寸しようか」


「どういうこと?」


只でさえ突然潮の母親と会ったばかりなのに、余計に状況が掴めずに困惑してしまう。


「細いけど意外と筋肉質だね」


慣れた手付きで僕の胸周りを測っているが僕の質問には答えてくれない。


僕はここに来るまでに何を話していたかを思い出し、潮がなぜ採寸をしているのかを理解してしまった。


「潮、やらないからね」


「えっ何を?」


「いや、絶対これ学祭のメイド服用の採寸だよね」


「これは朔夜ちゃんに服を作ろうと思っただけだよ」


「それはそれで大問題だから」


潮は下手な言い訳をするが、朔ではなく朔夜に向けてならばどちらにせよ女物の服という事実は変わっていない。


百歩、いや百万歩譲って潮だけの前で着るというのならば良いのかもしれないが、文化祭でメイドの姿になるというのは絶対できない。


潮には悪いが諦めざるを得ない状況にするしかないだろう。


「わかった。潮もバイトの時の格好でメイド服を着るなら僕が接客をしても良いよ」


絶対に潮が受けることができないであろう条件。いくら僕に女装をさせたいとしても、学校でアルバイトの時のようにピアスの穴だらけの耳をだして、だて眼鏡を外すことはできないだろう。


「本当に私がやったら朔君も接客やるんだよね?」


「え、まさかやらないよね」


「だって見たいし……」


まさかやろうとするとは思っていなかったので自分で言ったにも関わらずどうして良いかわからなくなる。


「冗談、冗談だから。第一、潮が学校でそんな格好をしたら大変なことになるから」


「大変なこと?」


「うん、潮がモテモテになる」


「へー、私がモテモテになるのは朔君にとっては困ることなんだね」


「あっ……」

急に潮のお母さんに会って動揺したこともあり、失言が止まらない。


「恥ずかし過ぎて死にそうだからそろそろ帰ってもいい?」


「そ、そうだね。私も用事はもう終わったし。とりあえずメイド喫茶の件はまた今度決めよっか」


「うん」


採寸した数字をメモ帳に書きご満悦な潮と一緒に店から出ようとすると潮のお母さんに引き留められた。


「あら、もう帰るの?」


「はい、お騒がせしました」


軽く会釈をして顔をあげると潮のお母さんは優しく微笑んでいた。


「いいえ、すごく楽しかったわ。あんな沙羅ははじめて見れたしね。またいつでも遊びに来なさい。月見君、沙羅は独占欲強いから気をつけなさい。まあそれは月見君もみたいたけど」


「お母さんもしかして盗み聞きしてた?」


「ええ、店員一同で聞かせて貰ったわ」


「はぁ、帰ろう朔君」


恥ずかしさのあまり僕と潮は、逃げるように服屋から出ていった。


お読み頂きありがとうございます!

遅くなってしまいましたが寝る前に投稿できて良かったです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 潮が何をしたいのかちょっとわからないです。 いろんな事をカミングアウトして、朔を自分のもの宣言したいのでしょうか。 それならそれで可愛いけど。
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