対面
僕のことを朔夜ちゃんと呼ぶ潮はどこか楽しそうで、容易にどうしたいのかがわかってしまった。
「一応言っておくけどメイド服は着ないからね」
潮は学校では見せないような膨れっ面をしながらじとっとした目でこちらを見つめる。帰り道で二人っきりということもあるが、朔夜と僕が同一人物だとわかってからはアルバイトの時以外で二人きりになった時も本心を見せてくれている気がする。
僕にだけ本心を見せてくれているのは男としては嬉しいが今はそういう問題ではない。
「学校でも朔夜ちゃんになろうよ」
アルバイトの時に女装している朔夜の格好は嫌々しているもので学校でしたい格好でもするべき格好でもない。
「いや絶対にならないからね。だいたいバイトと同じ格好して万が一バレたら大変だし」
「大丈夫。演劇部の人が色々なかつらを用意するって言っていたし化粧もアルバイトの時と変えれば問題ないよ。全部私がやってあげるから」
「なら大丈夫だね…とはならないよ。男がメイド喫茶の接客やるのはちょっと身内ノリというか、寒い感じかして絶対ウケないよ。一般公開もあるしそんな変なことやらずに普通にメイド喫茶をした方が良いよ」
志奈乃や光みたいな可愛い人がクラスにいるのにわざわざ奇をてらう必要など全くない。
そもそもアルバイトがバレるかもしれないとか、男子が女装するのはしらけるというのは只の建前で、僕が学校で女装してメイド服で接客をしたくないというだけだ。
「うん、衣装班のみんなもそう言ってたよ。最初はメイド喫茶に決まって嫌だったけど、やるからにはふざけずにちゃんとやりたいって」
「だよね。それなら……」
「だから男子の中で女装するのは朔君だけってことになったよ」
潮は笑顔で当然のように言うがまるで意味がわからない。
「どういうこと!?」
「朔君なら外部の人には普通に可愛い女の子が接客してると思うし、生徒は身内ノリで楽しいから誰も損しないよね」
「いや、僕が思いっきり損するんだけど」
「じゃあ女装してくれたら私が何かするから!」
何かとは一体何をしてくれるのだろう。気になりすぎるが聞いてしまえば了承してしまいそうなので聞かない方が良いだろう。
「なんで潮はそんなに僕に女装させたがるの?僕の女装なんてバイトで何十回も見て見飽きてるでしょ?」
「そんなことないよ。だってバイトの時は同じ格好で同じ髪型だから色々な朔君の女装が見たかったの」
「それはそうでしょ。急に変わったらおかしいし」
「だよね。だから文化祭でやるのが良いと思うの。一般開放のお客様は何回も来ないしクラスの人は朔君の女装ってわかってるから色んな髪型にしたり、ちょっと化粧を変えたりしても違和感ないよね」
何故か今日は潮と話が噛み合っていない気がしてならない。
「いや、そもそもそういう問題じゃ……」
「そういえば行きたいところがあるんだけどちょっと時間ある?」
僕の話を遮る様に話をすり替えられる。
「え、良いけど。今露骨に話変えたよね?」
「そんなことないよ。じゃあ行こ!」
*
それからすぐに駅につき、5分ほど電車に揺られていたらいつの間にか目的地の最寄り駅に着いたようだった。
「これってどこに行こうとしてるの?」
「うーん行きつけ?の服屋かな。あ、ここだよ」
潮が指をさしたのは高校生が入るには似つかわしくない高級感のあるスーツ専門店。前に店員に話しかけられるので服屋は苦手だと言っていたはずだが、何故この店は大丈夫なのだろう。
服屋が苦手な人でなくてもこの店は入りづらいオーラを感じる。
「ここに入るの?」
「うん、緊張しなくて大丈夫だよ」
それだけ言って潮は躊躇なく店の中に入っていった。
心地よいアロマの匂い。
スーツを着た店員の上品な挨拶。
明らかに高校生がいて良い空間ではないことが一瞬でわかってしまう。
「あんたが学校帰りにこっちに来るなんて珍しい」
僕たちが店の中に入ると店の奥から30代前半くらいのベリーショートの女性がこちらに歩いてくる。
切れ長の目に綺麗な肌、短い髪ゆえに自然と目につくが煩さは感じさせない小さなピアス。スーツも綺麗に着こなし、年相応の色気を感じさせる。
「うん、こっちのほうが学校から近いから。裏貸りてもいい?」
「ええ。全然いいけどその子は?」
当たり前の様に目の前のお姉さんと対等に話す潮にも驚いたが、それ以上に僕のことを見定めるようにジロジロと見ている店員さんの方が気になる。
「ええっと、初めまして」
「ええ、初めまして。自分の家のように好きにくつろいでいいから」
「え、はい。ありがとうございます」
「沙羅、裏行く前にちょっときなさい」
「ごめん、朔君ちょっと待ってて」
潮はきれいな女性に手招きされて、僕のそばからいなくなってしまった。
こんなおしゃれ空間に男子高校生を一人にしないでほしい。
「男の趣味は同じみたいね……」
「うるさい」
少し離れているので店員が何を言ったかは聞こえなかったが潮の顔が朱くなったのは分かった。
少しだけ話して潮はすぐに僕の方に戻ってきた。
「行こ。朔君」
「潮ちょっと待って」
「どうしたの?」
「色々聞きたいんだけどあの人ってもしかして潮のお姉さん?」
僕を強引に店の奥に連れていこうとする潮を止め、おそらく現状で一番重要なことだけを聞く。
何故この店に急に来たか、何をするのかよりも目の前の店員が何者かが気になって仕方がない。
「あんたそんな重要なことを言わないでここまで連れてきたの?」
潮よりも少しだけ遅れて来た店員は呆れながら溜め息をつく。
「だって教えたら来てくれないし…」
歯切れが悪い口調で潮が濁すと痺れを切らしたかのように店員さんが口を開いた。
「あんたが言わないなら私が言うわ。店長の潮 早妃。沙羅の母親です。よろしくね、月見朔君」
場違いな店だとは思っていたが、今すぐ立ち去りたい空間に早変わりした。
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