転校生
「痛い痛い痛い」
「別に全然興味ないけどなんで恋愛対象にならないか聞いてあげる」
志奈乃は僕の頭を握りつぶすくらいの勢いで鷲掴みにする。
「だって志奈乃にはからかわれた記憶しかないから。そもそも、僕の恋愛対象に入らないってだけで今の志奈乃は可愛いしモテそうだから気にしなくていいじゃん」
好きな人がいると言っていたのでその人にだけに好かれれば何も問題はないだろう。
「そんなの昔のことじゃん。それに仲が良かったからこそからかってたというか……」
徐々に小声になっていき、僕を鷲掴みしていた腕の力も弱くなっていく。
「たしかに僕も志奈乃には雑になったりするけど」
「でしょ?からかうのは仲がいい証拠なの!」
志奈乃は機嫌が治ったのか、僕の頭から手を離し僕に笑顔を向けた。
「ホントに仲良さそうだね朔くん?」
志奈乃と違って鷲掴みにはしてこないが暴力よりも恐い冷たい声が僕の右側から聞こえてきた。
「いや、そんなに仲良くないよ」
「仲よかったじゃん。小さい頃あんなに朔ちゃんの家で遊んだよね?」
「たしかによく遊びに来てたけど、姉さんと遊びたかったからでしょ」
「そういうこと言うから苛めたくなるんだよ?それに仲良くても仲悪くても沙羅ちゃんには関係ないよね。朔ちゃんの彼女でもないし」
「うーん、関係ないかもね。志奈乃ちゃんは朔くんの恋愛対象に入ってないみたいだから」
「まあ只の幼なじみだからそうかもね」
二人とも笑顔なのが恐ろしい。
「朔ちゃんはどんな女の子が好きなの」
「優しい人とかかな」
「私も朔ちゃん以外には普段から優しいよ」
「できれば僕にも優しくしてほしいんだけど……」
「これからは、ちょっと優しくするよ。性格以外には何か無いの?料理が得意とか好きな髪型とか」
「料理は自分でできるから特にどっちでもいいかな。それに顔で付き合いたい人を決めたりしない」
「でも、可愛いにこしたことはないでしょ」
「それはそうだけど…」
「性格とか無視して、うちと沙羅ちゃんの顔だけだったらどっちが好み?」
地獄のような質問が志奈乃の口から発せられた。
志奈乃のほうが可愛いと言えば潮が傷つく。
潮のほうが可愛いと言えばプライドが高そうな志奈乃にボコボコにされるだろう。
「絶対言わないから聞かないで。さっきみたいに揺さぶってきたら力ずくで帰る」
「えーわかったよ。芸能人だったらだれが可愛いと思う?」
「新垣結希と北川景華」
髪型はショートとロング、顔も可愛い系と綺麗系の女優。全然別なタイプの人を二人言っておけばとりあえず問題はないはずだ。
それにどちらも有名な女優で凄く美人だと思う。
「引っ掛からないかー」
不服と言わんばかりに志奈乃は溜め息をついた。
「僕だけじゃなくて潮のこともからかってない?」
僕のことを好きだと言った潮を絶対にからかっている。それ以外に僕のタイプを聞く理由など無い。
「からかってないよ。でもこれから楽しくなりそうだとは思ったかな」
「?」
「そうだね、学校でもよろしくね志奈乃ちゃん」
それだけ言って、口元だけ笑っている潮の顔を僕は直視することができなかった。
*
夏休みが終わり、今日は始業式。
僕が登校すると、教室は転校生の話で持ちきりになっていた。
どこから聞き付けたのか転校生は美人な女の子だという情報が拡散されている。
「なあ、転校生って志奈乃のことだよな?可愛いとか綺麗って感じのやつだったか?」
僕の机に腰掛けながら岳は失礼極まりないことをさらっと言った。
おそらく光から志奈乃が帰って来るとは聞いていたが、姿は見ていないのだろう
「この前会ったけど、可愛くなってた。性格は変わってないけど」
「おお、それは楽しみだな。元気そうだったか?」
「元気過ぎて大変だった」
車の中で話した後は、潮と一緒に志奈乃の家で荷ほどきを手伝ったが、そこでも僕はずっとからかわれていた。
「本当に性格は全然変わってないんだな。このクラスに来るらしいから余計に大変かもな」
苦笑いしながら岳は終業式の時にはなかった教室の一番後ろにある机を見た。
*
「今日転校生を紹介します。入ってきてください」
ホームルームが始まり、先生の声を合図に志奈乃が教室に入ってくる。
モデルのようにスラッとした体型。
セミロングのグレーアッシュの髪。
2年生で一番美人と言われている光に匹敵する可愛いさに、僕と岳以外の男どもはざわめきたつ。
「河野志奈乃です。小学4年生から中学1年までの4年間この町にいました。それからしばらく別のところに引っ越してましたが、居心地が良かったのでこの町に戻って来ちゃいました。中学は光ちゃんや朔ちゃんと同じ堀ノ内中学出身です。一年半よろしくお願いします!」
志奈乃が余計なことを言うと男どもの視線がこちらに突き刺さる。
「はい、河野さんありがとうございます。席は一番後ろのあそこで」
「はい、わかりました」
何事もなく一番後ろの席に座った志奈乃は僕の方を見て手を振っていた。
何をしても男どもから嫉妬を浴びそうなので軽く手を振り返し、後ろを向くことをやめた。
「一緒にご飯食べよ」
休み時間毎にクラス中の人から質問攻めにあっていた志奈乃は昼休みになると、僕のところにきた。
「別にいいけど、潮も一緒だよ」
いつもは潮だけではなく、岳と光も一緒だが今日は二人で食べると言っていた。
「うん、全然いいよ。そういえば沙羅ちゃんは別のクラスなんだね」
「え?」
僕の隣の席。つまり目と鼻の先にいるのだが、全く気付いていない。
「志奈乃ちゃん。1週間ぶりだね」
「え、もしかして沙羅ちゃん?」
僕の女装はすぐに見抜いたのに、潮には全然気付かなかったのか。
志奈乃は驚きのあまり、唖然として立ち尽くしている。
特徴的な耳のピアス穴や切れ長の目を学校にいるときの潮は髪で隠している上に赤ぶちの眼鏡までしているので気づけないのも無理はない。
「うん、改めてこれからよろしくね」
「うん、よろしく。ってその格好どうしたの?」
「別に普通だよ。それに声大きいよ」
「ご、ごめん。でもびっくりしちゃって。学校だといつもその格好なの?」
「うん」
「なんで?」
今まで僕が気になりながらも聞けていなかったことを志奈乃はあっさりと聞いた。
お読み頂きありがとうございます。
今週は月曜日に間に合って良かったです!




