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寒空の中の温もり

 十二月二十五日。

 我が家でクリスマスパーティーを開催した翌日の朝。

 トイレへ行く為に起きて階段を下りていた俺は、リビングから出て来たサクラと出くわした。


「おはよう。サクラ」

「あっ、涼太君。こんな朝早くにどうしたの?」


 サクラはまだ眠そうに目を擦りながらそう聞いてきた。


「俺はトイレだよ。そう言うサクラこそ早いじゃないか。どこかに行くのか?」


 昨日の夜は可愛らしい黄色のパジャマを着ていたサクラだが、今はその時とは違う外行きの洋服を着ている。


「ん? ああ、ほら、小雪にかけてた力も深夜に解けたし、私が小雪を連れて朝早くに帰ったって事にしておかないと、明日香達に誤魔化しがきかなくなっちゃうでしょ?」


 確かに朝起きて小雪ちゃんだけ居なくなってたら、誰でも不自然に感じるだろう。

 サクラはノリは軽いけど、そういう大事なところはちゃんと考えている。そしてこういうところを見ると、伊達だてに隊長をやってるわけじゃないなと思える。


「確かにそうだな」

「でしょ? と言うわけで、私は一度天界に戻って消費した力を回復して来るから」

「やっぱりサクラ達天生神が使う力ってのは凄いな。猫を人間にしたりできるんだから」

「いやいや。あれは私の力だけじゃ無理だよ」

「えっ? そうなのか?」


 ――サクラの力だけじゃ無理って事は、プリムラちゃんの力でも借りたのかな?


人化じんかの力は使うのにかなり制限があるから、私だけの力で何回も使えるものじゃないんだよね」


 俺には天生神の使う力の事はまったく分からないけど、とりあえずサクラの話を聞く限りでは、相当に凄い力を使ったんだというのは分かる。


「そっか。まあ、明日香達の為に色々とやってくれたんだから、こっちの事は気にせずにゆっくりと休んで来てくれ」

「ありがとう、涼太君。私が居ない間はプリムラに見守りの代行を頼んでるから、何かあったらプリムラに言ってね」

「えっ? でもプリムラちゃんて、由梨ちゃん達の見守り担当だろ? 俺達の方まで任せたら大変じゃないか?」

「まあ、ちょっと心配なところはあるけど、何事にも経験は必要だから。それに私もできるだけ早く戻るつもりだし、少しの間なら大丈夫だよ。なんと言ってもプリムラは、私が認めた優秀な子なんだから♪」


 サクラがそう言った次の瞬間、その身体がキラリと眩しく光った。

 俺がその眩しい光に目を瞑ったあとで目を開くと、そこにはいつもの妖精の姿になっているサクラの姿があった。


「それじゃあ、行って来るね♪」


 サクラはそう言うと天井を突き抜けて天界へと向かって行った。


「いってらっしゃい」


 俺はサクラが突き抜けて行った天井へ向けてそう言い、目的だったトイレへと向かった。


× × × ×


「あーあ。朝早くに帰るなら起こしてくれれば良かったのに」

「そう言うなよ。きっとぐっすり寝てる明日香達を起こしたくなかったんだよ」


 明日香は猫の小雪が入っている持ち運び用のペットケージを自分の顔の位置まで持ち上げ、中に居る小雪を見ながら残念そうにそんな事を言う。

 一緒にお昼ご飯を食べた拓海さん達が帰ったあと、俺は明日香と琴美、それと猫の小雪を連れていつも利用しているペットショップへと向かっていた。


「でも、私も一言お別れが言いたかったな」


 一緒に歩いている琴美も明日香と同じ様に残念そうな表情を浮かべる。


「そんなにガッカリする事ないさ。いつかまた小雪ちゃんには会えると思うから。なあ、小雪」

「にゃ~ん」


 明日香が抱え上げているケージを覗き込みながらそう言うと、小雪は元気に一鳴きした。


「そうだよね。次に会えたらまた沢山遊びたいな」


 俺の言葉に表情を明るくすると、明日香はケージを下げてから少し小走りで道の先へと進み始めた。


「それにしても、本当に可愛い子だったよね、小雪ちゃん。人懐っこいし笑顔が可愛いし。それにね、変な話かもだけど、どことなく猫の小雪ちゃんに似てた感じがするんだよね」

「えっ!? ど、どこが?」


 俺は琴美の言葉に動揺してしまった。

 まさかあの小雪ちゃんが猫の小雪だとばれているとは思えないけど、琴美は勘の鋭いところがあるから油断はできない。


「ほら、猫の小雪ちゃんって猫のわりには犬っぽい性格してるし、懐いて来る時の身体の寄せ方とかがなんとなく似てるな~って思ってたの」

「へ、へえー、そうなんだ。それはまったく気付かなかったよ」


 ――いつもながら妙なところを見てるな。他人とは着眼点が違うと言うかなんと言うか。


「ねえ、涼君。高校生になってから何かあった?」

「えっ? 何か?」


 突然の質問に俺は首を傾げた。

 琴美の言う『何か』ってのが何なのか分からなかったからだ。


「うーん……特に何も無いと思うけど?」

「そっか」

「どうしたの? 突然そんな事を聞いて」

「うん。なんとなくだけど、高校生になってからの涼君がとっても充実してる様に見えたから、何かあったのかなーって気になったの」

「そうなのか?」

「うん。とっても生き生きしてるよ」


 琴美はにこっと微笑みながらそう言う。

 自分の事はよく分からないけど、言われてみれば明日香が妹になった頃から退屈はしなくなった気がする。楽しい事も嬉しい事も、そして苦しい事も、一緒に感じながら生活をしているから。


「……それなら多分、明日香が居るからだと思うよ」


 そう言って俺は少し先を歩いている明日香を見る。

 もしも明日香が居なかったら、俺は学校以外ではまともに家から出ない日々を送っていただろうし、拓海さんや由梨ちゃん達とも出会えなかった。

 もしも明日香が居なかったら、こうして琴美と一緒に並んで歩く事なんて無かった。絶対に。

 あすかの存在は俺に色々なものを与えてくれた。本当に大切でかけがえのない存在だ。


「羨ましいな……涼君にそんなに想われて」

「えっ?」

「ううん、なんでもない。さあ、早く行こうよ!」

「お、おい」


 琴美は俺の右手を自分の左手で握り、先を行く明日香の方へと走り始めた。

 そしてその握られた手は先へと進む度に強く握られ、そこから伝わって来る手の温もりは、この寒空の中でとても強く感じられた。

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