あの時の思いを形に
サクラが帰って来てから約二十分後。
予定していた開催時間より十分ほど遅れてクリスマスパーティーは始まった。
「「「「「「「かんぱーいっ!」」」」」」」
みんなで乾杯の声を上げると、リビングにはジュースの入ったグラスがカチンッと触れ合う複数の音が鳴った。
そしてみんなでグラスに入ったジュースに口をつけたあと、それぞれが思い思いにテーブル上に並べられた料理へと箸を伸ばし始めた。
「うん! すっごく美味しいよ! さすがは琴美ちゃんだね!」
「ありがとうございます」
頬張った料理をモグモグと咀嚼して飲み込んだあと、サクラは右手の親指を立てて料理の味を絶賛した。
そんなサクラの料理を食べる姿があまりにも美味しそうだったから、俺もそれに釣られてサクラが取った唐揚げへと箸を伸ばした。箸で摘み上げた唐揚げを口元へ運び、それを半分口に入れてから噛み千切る。
からっと揚がっている外側はとっても香ばしく、中からは肉のジューシーな汁が溢れ出し、続けてスパイシーな刺激と仄かな醤油の香りが鼻を突き抜けていく。
「どお? 涼君。美味しいかな?」
「うん! すっごく美味しいよ!」
「良かった……沢山あるからどんどん食べてね」
心配そうな表情から一変。琴美は満面の笑顔を浮かべて喜んだ。そんな嬉しそうな表情を見ていると、ついついあれやこれやと料理に箸を伸ばしたくなる。
だけどみんなのお腹がいっぱいになる前に、俺が考えていた例の計画を実行に移さないといけない。
「琴美。早速だけど《《アレ》》を取りに行きたいんだ。手伝ってくれないかな?」
「あっ、そうだったね。それじゃあ行こう」
「うん。サクラ、少しだけテーブルの上に隙間をつくっておいてくれないか?」
「アイアイサー!」
拓海さんに由梨ちゃん、プリムラちゃんに小雪ちゃん、そして明日香は、何が始まるんだろう――と言った感じの表情を浮かべている。
そんなみんなの表情を見てちょっとニヤリとしつつ、俺は琴美と一緒に家を出てそのまま琴美の家へと入り、こっそりと用意していた物を持ってから再びみんなが居る自宅へと戻った。
「お待たせー!」
「わあー! お鍋だー!」
自宅のリビングへ戻ると、俺が両手で持っている土鍋を見た明日香が嬉しそうに声を上げた。
俺はその嬉しそうな声を聞きながら、サクラが空けてくれていたスペースに琴美に持って来てもらったガスコンロを置いてもらい、その上へ土鍋を置いてから火をつけた。
「すぐに温まると思うから、みんな琴美の料理を食べながら待っててね」
「ごめんね、涼太君。僕達が来るのが遅れたせいで」
「いえいえ。気にしないで下さい」
確かに今日は、拓海さん達にしては珍しく約束の時間に遅れて来た。なんでも一度はパーティーへ行く事を了承していたプリムラちゃんが、急にパーティーへ行く事に難色を示したらしく、説得するのに時間がかかったかららしい。
それについてはサクラ曰く、『自分に対して禁欲的であろうとするのがプリムラなんだよね』との事だ。要するに、とても真面目な子と言うわけだ。
拓海さんと由梨ちゃんのプリムラちゃん説得は実に二時間にも及んだらしいが、由梨ちゃんが発した一言により事態は急転。プリムラちゃんはあっさりとパーティーへ行く為の準備を始めたらしい。
ちなみに由梨ちゃんがプリムラちゃんに言った殺し文句は、『せっかく琴美さんが美味しいケーキを用意して待ってるって言ってたのに』だそうだ。
どうやらプリムラちゃんはケーキに釣られてしまったみたいだけど、プリムラちゃん自身は『お世話になっている皆さんへの礼儀として来ただけです』と言っていた。まあ、この際理由は何でもいい。こうしてみんなでパーティーを楽しめるなら。
それから鍋が温まるまでの間を琴美の料理を食べながら談笑して過ごし、鍋が温まったところでクリスマス鍋パーティーが始まった。
「クリスマスに鍋はどうだろうとか思ってたけど、凄くいいね!」
「うん! 凄く美味しい♪」
サクラの言葉に反応し、明日香も明るい声を上げる。
みんなは思い思いの具材を器に取ってから口へと運び、同じ様に美味しいと言って顔を綻ばせていた。
みんなが笑顔を見せる中で明日香へ視線を向けると、誰よりも幸せそうな顔をしていて、小雪ちゃんに具材を取ってあげながら、自身も凄く美味しそうに具材を頬張っていた。
俺が今日この日にわざわざ鍋を用意した理由。それは、生前の明日香が死んだあの日に呟いた、『温かいお鍋が食べたいなあ』という言葉が切っ掛けだった。
その言葉は生前の明日香が言ったものだから、もちろん今の明日香はその事を覚えていない。
だけど俺は、そんな生前の明日香の願いをどうしても叶えてあげたかった。俺の自己満足だと言われればそれまでだけど、こうして明日香の幸せそうな笑顔が見れたんだから良かったと思える。どんなにささやかでも、本人が分からなくても、明日香の望みを一つ叶えてあげられたんだから。
「プリムラちゃん。お鍋は美味しい?」
「は、はい。とっても美味しいです。天界にはこんなに美味しい食べ物はありませんから」
「てんかい? それってどこかのお店?」
「えっ!? そ、それは……」
思わず出たんだろうプリムラちゃんの言葉に琴美が反応した。
当の本人であるプリムラちゃんは、問われた言葉に対してどう答えていいのか分からない――と言った感じで戸惑いを見せている。
そしてプリムラちゃんが天界から来た天生神だという事を知らない琴美と小雪ちゃん以外は、その表情が固まっていた。
俺もそうだが、みんなチラチラと視線を合わせながら、誰か上手く誤魔化して――と言った感じの表情を浮かべている。
「みんなどうしたの? 急に黙っちゃって」
「あっ、いや……実はさ、この街の駅から三駅くらい行った所に『テンカイ』っていう料理屋さんがあってね、プリムラちゃんはそこの店の話をしていたんだよ。なあ! 涼太君!」
「そ、そうなんだよ!」
本当ならプリムラちゃんに同意を求めるところだろうけど、拓海さんもこの予想外の状況にテンパっていたせいか、俺に対して同意を求めてきた。
「ふう~ん……涼君も知ってるって事は、プリムラちゃんと行った事があるの?」
少し拗ねている様な、怒っている様な表情を浮かべて琴美はそう聞いてくる。
「い、いや、違うよ。結構前に拓海さんと一緒に行った事があるんだよ。ですよね! 拓海さん」
「そ、そうなんだよ。琴美ちゃん」
「そうだったんですか。良かったです」
琴美は拓海さんからの言葉を聞くとその表情を和らげ、ふうっと息を吐いた。それを見た俺も言い知れない緊張感から解き放たれ、大きく息を吐き出した。
そして琴美の斜め後ろ側に居たプリムラちゃんは、こちらに向かってすまなそうに頭を下げていた。そんなプリムラちゃんを見た俺は、気にしなくていいよ――という意味を込めて軽く右手を挙げて応えた。
「ごめんな、涼太君」
「いえ。大丈夫ですよ」
隣に居た拓海さんが、小さな声で謝ってくる。いつもながら律儀で礼儀正しい人だ。
そんなこんなでちょっとしたアクシデントがありつつも、それからしばらくの間、俺達は鍋と琴美の用意した料理を堪能しながらクリスマスパーティーを楽しんだ。




