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怪しい動き

 文化祭の午後は最終日という事もあってか、更なる賑わいを見せている。

 そして明日香と由梨ちゃんは俺の所属するクラスが出したケーキがとても気に入ったらしく、店を出てからもずっとケーキの話題で盛り上がっていた。


「女の子はやっぱり甘い物には弱いみたいだね」

「そうみたいですね」


 楽しそうに喋りながら前を歩く二人を、俺はにこやかに見つめながら進んでいた。


 ――そういえばサクラの奴、喫茶店の列に並ぶ前に『ちょっと野暮用に行って来るね』とか言ってどっかに行ったけど、いったいどこで何をやってるんだか……。


「ねえ、お兄ちゃん。サクラを捜さなくていいの?」


 突然足を止めてこちらを振り返った明日香が、少し心配そうな表情を浮かべてそう聞いてきた。


「うーん……捜すにしてもアイツが行きそうな場所の見当がつかないし、こう人が多いとな」

「確かに行きそうな場所が分からない以上、この人混みの中を当ても無く捜し回ってサクラさんを見つけ出すのは難しいだろうね」


 俺が拓海さんの言葉に頷いて見せると、明日香は『そっか……』と言って表情を曇らせた。


「まあ、サクラの事はそんなに気にする必要はないと思うけどな」

「どうして?」


 明日香は俺がポツリと漏らした言葉に反応し、小首を傾げながらそう聞いてきた。


「いや、サクラってノリは軽いけど、ちゃんと考えがあって行動してたりするからさ。だから放っておいても大丈夫なんじゃないかと思ってな」


 そう言うと明日香は、『なるほど』と言って納得していた。

 まあ正直に言うと、明日香に言って聞かせたのはほんの建前。

 実は俺達から離れる際にサクラの表情がチラッと見えたんだけど、あの時のニヤニヤとした感じの表情は、間違い無くろくでもない事を考えてる時の顔だ。だから今のサクラに積極的に関わろうとするのは、それなりに危険だと思える。トラブルに巻き込まれそう的な意味で。


「あっ! 次はあそこに行こうよ!」

「えっ!? あ、あそこに行くの?」


 明日香が指し示した場所を見た由梨ちゃんの声が、少しだけ上擦っている。

 ちなみに明日香が指し示した場所に出店されているのは、デカデカとした看板におどろおどろしい赤文字で、真冬の幽霊教室――と書かれたお化け屋敷だ。

 由梨ちゃんはそのおどろおどろしい看板と門構えを見て、一歩足を後退させていた。その様子を見てるだけでも分かるけど、お化け屋敷に入るのか怖いのだろう。


「由梨ちゃん、ダメ?」

「あうっ……」


 そんな事を知ってか知らずか、明日香は可愛らしく小首を傾げながら由梨ちゃんにそう尋ねた。

 明日香にこれをやられると、俺はNOと言えなくなってしまう。そしておそらく由梨ちゃんも、そんな明日香にやられて折れると思う。なぜなら由梨ちゃんも、アレをやられた時の俺と同じ様な反応をしているからだ。


「う、うん。分かった……行こう明日香ちゃん!」

「やったー! ありがとう、由梨ちゃん!」


 由梨ちゃんは覚悟を決めたのか、両手をグッと握り締めて気合を入れたあと、明日香の手を握ってお化け屋敷の方へと向かって行った。

 俺が見る限りではヤケクソになっている感じに見えるけど、まあ本人が納得の上ならいいだろう。


「兄さん達も早く来て下さい!」


 お化け屋敷の手前まで行った由梨ちゃんは、俺達の方を向いてから焦った感じで手招きをする。


「由梨の奴、大丈夫なのか?」


 そう呟きながら拓海さんは二人の方へと向かって行く。どうやら俺の予想通り、由梨ちゃんはああいうのが苦手みたいだ。

 せっかくだから俺と明日香、拓海さんと由梨ちゃんのペアでお化け屋敷に入るのが妥当だと思ったんだけど、その提案は明日香と由梨ちゃんによって速攻で却下された。

 その理由は簡単に言うとこうだ。明日香は『みんなと一緒に楽しみたいから』由梨ちゃんは『みんなと一緒に居たいから』という理由だ。一見すれば同じ様な理由に聞こえるかもしれないけど、由梨ちゃんの言い分には溢れ出る恐怖を少しでも抑えようという心理が垣間見れる。

 こうして対照的な二人を連れ、俺達はお化け屋敷内へと入った。


「結構暗いな……」


 お化け屋敷の中は昼間の教室内とは思えないほど暗く、薄ぼんやりと光る足下の順路を示す灯りが余計に雰囲気を怖くしていた。


「きゃっ!」


 薄暗い教室内を進む中、ガタッと音を立てたりするギミックなどに例外無く驚く由梨ちゃん。一方の明日香はビックリはするものの、結構楽しそうにはしゃいでいる。

 仄暗ほのぐらい教室内に突然現れる、幽霊にふんした学生達。この時の由梨ちゃんの絶叫は凄まじく、暗闇に慣れた目が明日香をガバッと抱き寄せる由梨ちゃんの姿を捉えていた。

 それにしても、幽霊と同義な存在であるところの幽天子が、お化けや幽霊を怖がるというのはなんとも奇妙な感じがするけど、この考えは俺の中ですぐに改められた。なぜなら生きてる人間だって、同じ生きてる人間を怖がったりするからだ。

 そう考えてみると、幽霊が幽霊を怖がったりしても別におかしいとは思わない。

 お化け屋敷のギミックや、幽霊に扮した生徒達の出現に度々驚く由梨ちゃん。その由梨ちゃんが驚く度にギュッと抱き締められる明日香を後ろから見守りながら、暗いお化け屋敷の中を進んで行った。

 結果として俺はこのお化け屋敷を怖いとは思わなかったけど、最後の出口付近で顔面にくらったコンニャクだけは、はっきり言って相当にビビッた。あんな古典的でムカツク仕掛けがあるとは思ってなかっただけに、別の意味でも驚いたから。


「楽しかったね! 由梨ちゃん」

「う、うん。そうだね……」


 苦笑いを浮かべつつも、明日香の言葉に頷く由梨ちゃん。

 きっと明日香にとっては、キャーキャーと叫ぶ由梨ちゃんが心底楽しんでいる様に感じたんだろう。


「あれ? あそこに居るのってサクラさんじゃないかな?」


 お化け屋敷を出て次はどこへ行くのかを決めようとしていたその時、不意に視線を別の場所に向けた拓海さんがそんな事を言った。

 そして俺が拓海さんが視線を向けた方へ顔を向けると、そこには廊下の曲がり角の壁に身体を寄せ、その曲がった先を覗き込む様にして見ている怪しげなサクラの姿があった。


 ――何やってんだアイツは?


 まるで誰かを尾行でもしているかの様な怪しげな動き。この華やかで明るい賑わいを見せている文化祭の中で、サクラだけが異様に浮いた雰囲気をかもし出している。


「あっ、お兄ちゃん。サクラ行っちゃったよ? ついて行ってみようよ」


 そう言うと明日香はサクラを追って曲がり角の方へと向かった。するとそれに釣られる様にして、拓海さんと由梨ちゃんも明日香のあとを追って行く。

 まあ俺もサクラが何をしているのかは気になるし、明日香の言葉に乗っかって尾行をしてみる事にした。


「――あっ、教室に入りましたね」


 五分くらい尾行をしていたサクラがとある教室にサッと入ると、由梨ちゃんが間髪入れずにそう言った。

 そして俺達は誰が言うでもなく、その教室の方へと向かった。サクラの怪しげな行動が何なのかを確認する為に。

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