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八狩目 森は生きている

 あーあー、本日天気晴朗ナレドモ波高、くはないか。

何せいちめんのなのはなならぬ、常緑広葉樹、ところにより落葉樹の混合林ですからねー。

大自然満喫なう、なカレルレンさんじゅっさいです。

 あれから無事スキースに到着し、その足でギルドに向かい、手頃な木賃宿周旋してもらいました。

とりあえず一週間分、先払っておきましたけど、え、こんなガキがこんな額出せんの? って顔されたら認識票の出番かなー、と思ったんですが、木賃宿とはいえ、さすがはギルドの周旋する宿を切り盛りするおばば様。

塩辛声であいよ何号室、と鍵を渡してくださいました。

 ベッドしかない、これぞThe木賃宿、な部屋ではあるものの、掃除が行き届き、実に清潔。

立地条件は、表通りから一本外れた、裏通りと表通りの中間点グレーゾーンではあるけれど、公衆浴場も近くて、それなりに稼いで、下宿見つけるまでのつなぎには申し分ない。

 着いてから三日ほどは、スキースを地理的に把握するのに使ったんで、ギルドで仕事探しは四日目からになりましたが、実に有意義な三日間でございました。

 んで、四日目から仕事探しを始めましたが、これがまた微妙なんですよねー。

赤と橙のお子様からお使いクエスト取り上げるのはどうよ? だし、かと言って緑以上になるとパーティ推奨ですし?

 どうするよコレ、と唸っていたところ、副王都のギルドで貰った紹介状が効いたのか、青で手頃なのを貰えました。

 ウェントスとレリンクォル、ヴェルパの三ヶ国の国境にまたがるルベム森林の、ウェントス側における今季の危険生物の発生状況調査。

ちなみに遠目に見えたヴェルパ側は途中から山になってて、音楽の音なミュージカル映画で、元修道女見習いと退役軍人夫婦が子供連れで越えそうな感じでした。

 え、これ明らかにパーティ推奨じゃね? と思わなくもないけれど、これは他の青連中にも出してるもので、複数情報すり合わせるのが目的なんだとか。

 あーなら単独ソロでも問題ないよねー、と、依頼を受けたのは三日前。

無論、何の準備もなくその日のうちに行ってきます、なんて馬鹿はやらない。

もし、木を切り倒すのに六時間与えられたら、私は最初の四時間を斧を研ぐのに費やすだろう、とはかのエイブラハム・リンカーンの名言ですよ?

 てな訳で、過去の調査記録から調査目的地とそこまでの地形、安全に野営できて水場の近いポイントや危険生物の概要と遭遇時の対策やらをきっちり調べた上で、物資その他の準備万端整えましたが、何か。

 それなりに人の痕跡のあったルーケム大森林の裏街道と違い、目的の地域は手入れほぼ0%の原生林に近いんで、ノミダニ山蛭毒蛇毒虫対策だって必要だし、植物対策だってしとかないと怖いからね。

 いえね? 街中ならいざ知らず、何に対してのアピールか知らないけど、胸の谷間やら太腿やら剥き出しで森ん中に入るとか、お気は確か? ってレベルじゃなくね? って思うんですよねー。

街中でしてても十分アレだけどな。色町の御姉様方だってんな格好してなかったぞ。

 とりあえず、あの平和な日本にだって約束された地獄ウルシのカブレノキさんてお方がいらっしゃったんやで? ブラックベリーさんだって頭にヒマラヤついたら大惨事待ったなしやで? ジャイアントなホグウィードさんとかギンピ・ギンピさんとか、イラクサさん(オーストラリア出身)レベルのクレイジーな植物がいらっしゃったらどーするの? 死ぬの?

 ま、それはそれとして。

インベントリが問題なく使える地域だったんで、前世の職場で、時々とってもお世話になった仕事着に近い一式――爪先と踵に鉄板、ラメラーをサンドした靴底のジャングルブーツ調半長靴ハーフブーツ、ウッドランド・フレック迷彩目指した野戦服の上下(厚手)とお揃いのバラクラバ、グローブ、アリスパックの革製コピーに蟲沼でお世話になった虫除けその他を引っ張り出せたのは、本当にラッキーでございますた。

 肌の露出は最小限だけど、念には念を入れて、十種類以上の薬草を煮出した虫除けをきっちり全身に塗り込めたお陰で、天然フェイスペイント(単色)もバッチリさ!

 首の後ろで三つ編みにして服にインした髪も、頭部にも塗り込めた虫除けのお陰で、樹皮とも葉ともつかない茶系の緑でございます。

前髪は、三つ編みに編みこむには微妙に長さ足りないから、後ろに流してヘアピンで留めておくのも忘れない。

バラクラバで押さえても、ズレて落ちてきたら邪魔だしね。

 刃物としての鋭さと鈍器としての重さを兼ね備えた、大ぶりの鉈を腰に下げ、ボウイナイフを一本ホルスターで太腿にくくりつけ、五寸釘となんちゃってベアリング、ファーストエイドキット(簡易版)ぶち込んだポーチをベルトにセットしたら、どこのフィールドに出しても恥ずかしくない兵士ソルジャーの完成です。

スモークないのが惜しまれます。

え? 特殊任務班X-1? 何のことですか?

 人目につかないよう、装備一式整えた上から、虫除けを染み込ませた、フェイスペイントと同色の外套ポンチョを被り、調査用の地図と矢立を収めた旧東独軍のマップケースのコピーをぶらさげ、気配をしっかり消した上で、人の出入りの少ない早朝の時間帯を見計らっていざ出陣となったのが、一昨日のこと。

 途中の植生も確認しながら、調査目的地に順調に向かっておりますが、きゃっきゃうふふのトレッキング気分じゃ潰れますわ。

ジャングル行軍だもん、これ。いやガチで。

 適度に休憩を挟みつつ、無理のない行軍、じゃない行程を心がけたので、調査目的地に着いた段階で、結構余力がありました。

いやー下準備って、本当に大切ですね!

 調査用に渡された羊皮紙の地図には、野営時にその日の行程で気付いたことを書き込んでいるので、次回の調査で役に立つ……と嬉しい。

鉋がけのときに出る、薄く削れた木の皮を束ねて作った材料費ゼロのメモ帳には、地図に書き込めないことをあれこれ書き込んであるので、これも一緒に提出する予定だ。

 これが、ジャパニーズオフィスレディ(元)の仕事力ビジネスちから! その力のため、ジャパニーズビジネスマンは滅……ばねえし。第六文明人じゃねえし。

 で、目的地に着いたところで、野営地を確保し、調査開始。

ここで調査するのは、ゴルゴン=マンディダエなる生物の発生状況だ。

 ゴルゴン=マンティダエは、体長およそ七十~百十メルのカマキリで、当然肉食で、非常に攻撃的。そりゃカマキリだもんな。

一応、魔獣に分類されるそうだけど、カマキリ昆虫じゃん? なんで獣? いいけどさ別に。

 今回調査する地域程度の広さなら、五匹いるかいないかってくらいだけど、運悪く餌に困らず、孵化後の共食いをうまく乗り越え成虫した個体が増えると、餌を求めて森の外に出てくる危険があるので、その場合は速やかにギルドから国の出先機関に報告し、しかるべき手段で間引きが行われることになるそうな。

 この、“しかるべき手段”ってのは、大概は共同での駆除作業で、国もギルドもWin-Winになるよう考えられているとか。

ま、当たり前ですよねー。国家間の小競り合いがない状況で、税金で給料貰ってる国軍が民間にそーいう管理丸投げってどうなの? ってなるもんねー。

 荷物置いて野営の準備をし、ちょっとの休息を挟んだら、いざ調査に出発だ。

一定の距離を置き、攻撃態勢に入らせないよう必要以上に近付かない。生息状況だけをサクッと調査する。「両方」ひとりでやらなくっちゃあならないってのが「単独ソロ」のつらいところですわー。

 調査ついでに、手頃な肉と野草も探そう。

気を使う相手もいないし、お手軽簡単にテッポウムシか蛇あたりでいいか。アリスパックにカレー粉様もいらっしゃることだし。

 カレー粉様があれば、大概のものは食えるようになる。おお偉大なるかなカレー粉様。褒むべきかなカレー粉様。

いあ、いあ、カレー粉! カレー粉、くふあやく、ぶるぐとむ、ぶぐとらぐるん、ぶるぐとむ。

 失礼、ちょっとあらぶりました。

 荷物を荒らされないようにポンチョを被せ、獣避けの匂い玉を置き、マップケースwith矢立と木の皮メモ帳持って、行軍再開。

荷物下ろしたから体軽いわー。

 ……簡単なお仕事だなんてナメたことを考えてはいませんでした。

いっちゃん下っ端のルブルムは年齢でスキップしたとして、フツーはフラーウゥスからのところを、その上のウィリディス飛び越えてカエルラの二階級特進、インディクム手前のお仕事ですよ? 舐めてかかる方がどうかしてる。

 おっさんのアシスタントで危ない橋を何度か渡り、思い出の『初めてのお手伝い』で顔覚えられたくさい爆発しろイケメン兄ちゃんに貸し出レンタルされて池波梅安の世界を垣間見て、板子一枚下は地獄がガチだと理解しましたから。

ええ、この仕事がそういう覚悟でするものだと、「言葉」でなく「心」で理解しましたからね。

 なのに。

この仕打ちはどういうことだと、人の運命を司る何らかの超越的な「かみのて」が存在するなら、そいつの襟首掴んでムチウチになる勢いでシェイクしても許されるんじゃないだろうか。

いや、かなりマジに。




     †     †




 寄る年波には勝てない――その言葉を実感しながら、ウイチタは、上がってしまった呼吸を落ち着かせつつ、ゴルゴン=マンディダエが振りかぶる鎌状の前脚を、転がるようにして避け、距離を取る。

 上着ジャケットの背中は、かすっただけにもかかわらず、すっぱりと裂けていた。

分厚いレザーは、ゴルゴン=マンディダエの前脚から持ち主をしっかり守ってくれたようだが、避けた拍子に捻った足首は、どうしようもない。

 それなりに稼いだところで浮草のような危うい稼業を辞め、堅実第一で商売を始めたが、この時期になるとゴルゴン=マンディダエ――より正確には、産卵期の雌のゴルゴン=マンティエダを狩りに行くのだけは止められなかった。

 家人や従業員には恐ろしく不評であるが、今は亡き故郷、ナートゥムの山村では、腹に卵を持った雌のゴルゴン=マンディダエは、美味で貴重な御馳走であった。

 訪れることはできても、帰ることのできない故郷を偲ぶそれのため、この時期になると森に入っていたのだが、常日頃からそれなりに鍛錬を続けていても、若い頃そのままの動きは、もうできない。

 年が改まるごとに遺言状を書いているので、仮にここで死んでもそう揉めることはないだろうが、ここで死ぬのは正直無念だし、まだまだ未練もある。

 参ったなあ、と痛む足首をかばいつつゴルゴン=マンディダエと距離を置き、故郷を偲ぶ味よりも、逃げて生き延びることに決めたウイチタだったが、


「……何してんの?」


 頭上から降ってきた、「何」と「してんの」の間に「面倒臭いこと」が確実に入っているだろう、まだ若い――幼いと言ってもよさげな声の方へと顔を向けた。

 ウイチタの身長よりやや高いくらいの位置にある枝の上に、くすんだ苔色や枯草色、樹皮の焦茶の、一見薄汚れた斑模様に彩られた、何とも風変わりな格好をした子供が、しゃがみこんでこちらを見ている。

 服とよく似た斑模様の覆面が、目元の他をすっぽり覆っているが、覗く両目は切れ長で大きく、凪いだ湖面の静けさで、ウイチタを見下ろしている。


「何してんの?」


 返答がないのを、無視されたと感じたのか、ほんの少し尖った声が、同じ台詞を繰り返す。

 声を発してもなお薄いままの気配と、いつでも次の動きに移れるよう準備された四肢は、遊びで森に入ったはいいが、奥まで来てしまった軽率な迷子とは、明らかに違っている。

 一杯引っかけに来た昔馴染みが、妙に鼻高げに自慢していた「うちの坊主」とやらが脳裏を過ったが、今はそれどころではない。


「いやあ、ちょっとばかりしくじってねえ」


 年には勝てないねえ、と苦笑いで半分以上が白くなった頭を掻く。

 いい加減、この趣味も潮時かとほろ苦いものを噛み締めていると、何の予備動作もなく、枝の上から子供が身を踊らせた。

 猫のしなやかさで音もなく着地して、視線だけをちらとウイチタに寄越す。

それ以外は、意識も含めゴルゴン=マンディダエに向けて、いつでも対応できるよう、指の先まで神経を行き届かせているのが分かる。


「……今なら、初回限定価格で、特別に請けてやるけど、どうする?」


 腰の後ろに提げたベルトポーチを探る左手を、すいと伸ばして子供が問う。

 革手袋レザーグローブの指先が摘まんでいるのは、真鍮の枠にはまった木の板――常に複数で行動しているならウィリディス単身ソロならカエルラ以上の位階の傭兵ぼうけんしゃであれば、大概が持っている臨時の依頼札だ。

 依頼人が各都市の支部に出した依頼は、審査を経て正式なものとして受理されるまで、依頼として扱われない。

 ある程度時間に余裕があれば何ら問題はないが、緊急時――例えば街道を外れた辺りで野盗に襲われたり、人里離れた森の中で肉食獣や魔獣に襲われたりしている最中に、そんな悠長なことはしていられない。

 あくまで善意で助けに入ったにも関わらず、逆に因縁を付けられたり、実力以上のことをしようとして、身体や命を損なうことが屡々(しばしば)あったらしく、一定の実力を備えた傭兵ぼうけんしゃに限り、ギルドでの審査を通さず、当事者間での契約を可能とする依頼札を所持するようになった。

 それを持っている、ということは、この子供がどこかのクランに所属していて、斥候としてここにいるとしても、最低でもウィリディス単身ソロならカエルラということになる。

 どちらにしろ、ぱっと見た限り十五にもなっていないだろう子供としては、異例といっていい位階だ。


「どこまで頼んでいいのかな?」

「最寄りの人里にご案内までなら。こっちも仕事中だし」

「そうかあ」

ゴルゴンマンティダエはどうすんの?」

「あー……できれば獲って帰りたいねえ。腹がねえ、美味しいんだよねえ」

「……食うんだ」

「うちの田舎じゃご馳走でねえ。大きな鍋で揚げて、グリーンペッパーのチーズ煮と一緒に、ソバのローティで巻いて食べると、実に美味しくてねえ」

「やる気満々で追いかけて来そうだよな、あれ。先に片付けるから、その間に依頼札こいつで契約しといてくれ」


 依頼札をウイチタに投げ渡した子供は、腰に提げた鉈を引き抜き、無造作な足取りでゴルゴン=マンディダエへと向かった。

 翅を広げ、威嚇姿勢を取るゴルゴン=マンディダエが振りかざした前脚をかいくぐりながら、鉈の角を前脚の節にねじ込む。

 ゴルゴン=マンディダエに限らず、外骨格を有する昆虫型の魔獣を狩る場合、鈍器の重量で叩き潰すことが多い。

その場合、軽量で静音性が高く、一般的な青銅の小札綴ラメラーに勝るとも劣らぬ強度から、特にウィリディスが見え始めてきた傭兵ぼうけんしゃの間で重宝される外骨格を損ないかねない。

 なるべく無傷で、外骨格を損なわないよう仕留めれば、協会ギルド協賛の職工組合の買取価格も上乗せになる。

 今、ウイチタの前で行われているのは、ゴルゴン=マンディダエ狩りの、ある意味理想形ともいうべきものであった。

 差し込んだ切っ先をぐるりと巡らせ、内部の繊維組織を断ち、返す刃の重さを使って関節部だけを壊す。

鎌状の前脚を先に落としてしまえば、後は強靭な顎での噛み付きに注意しつつ頭、脚と順に落とし、動かなくなったところで胸と腹を切り離す。

 一見無造作ながら、子供の動作はゴルゴン=マンディダエの動きにぴたりと寄り添うに滑らかで、容赦ない。

 もう一方の前脚も手早く落とし、ギチギチと音を立てる鋭い顎を横目に、頭部と胸部の継ぎ目に刃先を捩じ込む。

 頭を落とされてもなお、動きを止めないゴルゴン=マンディダエの、今度は胸部と腹部の継ぎ目に、大きく膨らんだ柔らかい腹を損なわないよう、前脚や頭を落とした時よりも幾分か丁寧に刃先を沈めた。

 かくして見事三つに切り分けられ、動きを止めたゴルゴン=マンディダエの前脚と胸部を、ベルトポーチから取り出した麻袋に、木綿の布でくるんだ頭部ごと放り込むまで、子供は終始無言を通した。

 麻袋の口を縛った紐をベルトにくくりつけたところで、子供が再びウイチタに視線を向ける。


「それ、持ってくんだろ?」


 くいと顎を動かし、硬い外側の翅の下から、畳まれ損ねた柔らかな内側の翅をはみ出させ、ごろりと転がる大きな腹部を示す。

自分の獲物は自分のもの、他人の獲物は他人のもの、ということらしい。

 足首を捻りはしたものの、筋を違えただけで骨に異常はないらしく、痛みと歩き難さはあるが、その程度だ。

ただし、足場が悪く見通しもあまりよくない森の中では、十分大きなリスクとなる。

 よっこいせ、と昔より大分重くなった体を起こすと、いつの間に用意したのか、ウイチタの腰ほどの高さほどある木の棒が差し出された。

 適当な枝を切り、枝葉を落としただけで杖としては雑な作りだが、機能は十分果たせるものになっている。


「これは?」

「初回限定サービス」

「あれも一緒に運んでくれると、嬉しいんだけどねえ」

「……運賃貰うけど?」

「出すよ、そのくらい」

「毎度あり」


 ぺこりと頭を下げた子供が、ベルトポーチからもうひとつ麻袋を出した。




     †     †




 カレルレンさんじゅっさい。

初めてのお仕事で、何故か元祖動けるデブこと、みんなのサモ・ハン大大哥そっくりなおっさんを拾っちゃいました。

 ……何でやねん。

初仕事にアクシデントはお約束。

薬草採取? そんな現代における医療品、国が管理して栽培技術確立してないとでも?

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