一狩目 禁じられてない遊び・1
ウェーラの街を越えるにぎわいの中、ドライゼのおっさんに首根っこ押さえられてドナドナされてるツァスタバです。
うん、ちょっとこれ想定外。
気配誤魔化すの巧くなった弊害ですかねー、こんだけ人いるのに、誰も気にしない。
つか気付いてないんじゃね? これ。
何企んでいらっしゃりやがるんですかねぇこのおっさんは。
きっとロクでもないことに違いない。このカ○オミニを賭けてもいい。持ってないけどカ○オミニ。
ずーるずーると引っ張られ、表通りを一本入って抜け道のような通りに出た。
裏通り、と言うほど寂れてないけど、表通りほどのにぎわいもなく、隠れ家系の名店があるような感じの通りつーところでしょうか。
それでいてドライゼのおっさんが浮くこともなく、いい案配に馴染んでいるあたり、普通じゃない気配がいたします。
チベットスナギツネのよーに平たい眼をしながら、歩くこと更に五分。
美しく刈り整えられたローズマリーの株、レモンにローズとセンテッドゼラニウムの香りも芳しい前庭の、オサレ感漂うお家があります。目の前に。
ただの民家にしちゃちょっと大きいし、何かの店だとは思うけど、ぶっちゃけすごく……ミスマッチです。
ドライゼのおっさんとオサレハウスの間で視線が反復横跳びしても、仕方ないと思うんだ。つか、せざるを得ない。
そんな私の首根っこを押さえたまま、ドライゼのおっさんは堂々たる足取りでオサレハウスに近付いていく。
あああああ、SAN値が……私の貴重なSAN値が、職人手削りの高級利尻産おぼろ昆布のようにひらりひらりと削れていくぅ~……。
腹筋ぷるぷるさせつつ、おっさんと一緒にオサレハウスのドアを潜れば、からんころんと、耳に心地いいドアベルの音とのミスマッチで腹筋にかかる負荷が倍率ドンで跳ね上がる。そんなハンターチャンスいりません。金のハンマーとか持ってねーし。
あーもう。あーもう。あーもう! どうせぇっつーんじゃこの状況。
軽く天国を垣間見ながら、中を見回す。
中の間取り自体は、今まで泊まった宿のそれと、大差ない。
シンプルで甘さ控えめ、寧ろブラック無糖のすっきりした無駄のないシルエットのインテリアが、逆説的に安らげる空間を作り出し、壁にかかった農村の風景を織り上げた綴れ織りや薔薇窓柄の刺し子のクッション、古くなったジョウロやバケツ、取っ手の欠けたウォータージャグに植えられたり活けられたりした野の草花が、癒しを添えてる。
が、これだけは言わせてほしい。
その全部が全力で台無しだよ! 八時じゃないのに全員集合してるおっさんども+αのせいでな!
サコーの父ちゃん以下、シグのおっさん、ローナーのおっさん、アストラのおっさん、ステアーのおっさんが、雁首揃えてテーブルに勢揃いしてるだけで、う~ん、この物騒さ別世界。
なんでや工藤。
ライフがやばいことになってる腹筋に止めを刺すかのように。
「おぉ~、よく来たなぁ坊や! まずは座って飯にしようじゃないか! ワシのとっておき、丸焼き子豚ちゃんも待っとったぞ!」
大きなヒマワリのアップリケが咲くピンクのエプロンを翻し、こんがりツヤツヤと焼きあげられ、リンゴをくわえて野菜のベッドに寝そべる、切り分け用のナイフを眉間に突き立てられた子豚の大皿を携え颯爽と現れた、前頭部も眩い初老の男性――マルコでヴィッチさんのそっくりさんですありがとうございます。
噴出しなかった私偉い、超偉い。
小刻みに痙攣しているいたいけな児童に、サコーの父ちゃんを除くおっさんどもの生温い視線が集まる。
そのままテーブルへと連行され、椅子に座らされたけど、この状況ではどーしょーもないと思うんだ。
隣は当然のようにドライゼのおっさんが陣取ってる。反対側には、存在が反則なマルコなヴィッチさんがどっこらせ、と掛け声とともに腰かけてきた。
あー、これは逃げらんないですわ。カレリンにパーテルポジション取られた人類に逃げ場がないのと同じことです。
相手がカレリンであった場合に限り、諦めてフォール負けを選ぶことは恥ではないのです。人類がゴリラに腕力で勝てる訳ねーべや。
「ま、そう言うこったから、とりあえず飯にしようや。なぁ、坊主」
もうね、色々とツッコミたいことはあるけれど、ひとまず全部ブン投げて、目の前の食事に専念することにしますわ。
だって美味そうなんだもん。居合わせるおっさんどもと並ぶ料理とのアンバランス加減半端ないけど、ホント美味そうなんだもん。
メインの丸焼き子豚ちゃんは無論のこと、籐籠に積み上がる、ほかほかと香ばしい湯気の上がってるこちらも焼きたてのブールに、淡い黄色のバターの塊の入った小鉢、ベリーの赤、柑橘のオレンジも美しいジャムとマーマレードの瓶。別の瓶の淡褐色のペーストは、レバーペーストとかその辺りか。
ラーメン鉢より二回りは大きな陶器のボウルにいっぱいの、ふっくら仕上がったグリーンピースと小タマネギ、ベビーキャロット、ごろっと大きめ角切りベーコンのスープ煮、オードブルトレイほどはありそうな長方形の深皿で、焦げ目を付けてとろけたチーズをくつくつと踊らせている、香りからしてラザニアとかそんな感じの重ね焼きに、ベシャメルの白の中に、人参の橙色、ブロッコリーの緑も鮮やかなクリームシチューの鍋。
それら全てが、私の視覚、聴覚、嗅覚に、最早暴力的とも言える誘惑を投げかけてくるのですよ。
これは諸々を投げ捨てるもの! しても仕方ない案件です。
その場でストールと手袋だけ引っぺがして、椅子の背に引っかける。
テーブルの隅にあった陶器のフィンガーボウルでしっかり手を洗い、こっそりと腹当の留めを緩めておくのも忘れない。
「……いただきます」
お手々の皺と皺を合わせて一礼したら、後は最初っからクライマックス気分で目の前の食事に挑むのみ。
そこに山があるから登る。そこに美味い物があるなら食う。哲学だよこれは。
私の胃袋は、宇宙やで?
† †
皿の上の料理を、見ていていっそ清々しいほどの勢いで片っ端から平らげていくツァスタバに、隣に座るこの宿の主人は嬉しそうに相好を崩している。
顔に似合わず料理が趣味というこの主人、一度に大量に作るので、ある程度量を食べる連中がいる時でないと、趣味に没頭できないのだ。
にこにこと、あれも食えこれも食えと、皿が空になるが早いか次の料理をよそっていく主人を横目に、ドライゼも料理に手を付けた。
サコーをはじめ、保護者として道中を共にした面々も、美味い酒と美味い飯を存分に呑み、かつ食いしては、次の仕事に向けて鋭気を養っている。
ここウェーラから、徒歩なら一週間、馬車なら三日ほどのところにあるフギト湖畔の保養地にある、とある貴族の別荘で行われるオークションが、次の依頼の標的だ。
書画骨董のオークションに見せかけての人身売買、それを行っている組織を、構成員ごと叩き潰す。
その際に生じる被害について、ウィル・オ・ザ・ワイクスには一切責任を問わない、とあったことから、依頼主は相当にお冠なのだろう。
身よりがないか、いてもいないのより悪い屑という子供にとって、お偉い方々の愛玩動物としてある方がまだまし、という見方もできる。少なくとも、飽きて捨てられるまではいい暮らしができる。
だから今まで、ウェーラの、特に貧民街を中心に起きていた、それなりに見目のいい子供の行方不明、その原因を叩き潰す、という依頼が出ることはなかった――ひとりの子供が行方をくらますまでは。
その子供は、とある娼館で、下働きとして働く娘の妹だった。
今は完治したが、大病を患煩った妹の治療で作った借金を返済するため、姉は娼館の下働きをしている。
借金の額はそれなりに大きいが、身売りしなければならないほどの額でもなく、姉に将来を約束した相手がいることもあり、店には出さず下働きとして働いているのだが、どうやら姉に金を貸した人物は、借金を口実に、姉を妾にしようと考えていたらしく、下働きとはいえ、娼館で働いてでも返済しようとするとは思わなかったらしい。
そこで、業を煮やして、妹を人身売買の連中に攫わせ、オークションにかけたところで競り落とし、その費用の対価として姉を自分のものにしようと考えているのだとか。
そこまで筒抜けになっているのにバレていないと思っている辺り、所詮三下さね、と、煙管片手の依頼主の、それはそれはおっかない笑顔までついでに思い出し、ドライゼは苦笑を浮かべた。
依頼主である娼館の女主人――もっとも、彼女は表向きの依頼人であり、起りを辿ればそれなりのところに辿り着くのだろうが、兎に角、依頼人のご要望は、舐めた真似をする連中が二度と湧いて出ないように、阿呆どもを徹底的に磨り潰せ、である。
組織はともかく、問題の根本原因である金貸しはどうするのか。ドライゼの疑問を読んだように、依頼人はまた、背筋が寒くなるようないい笑顔を浮かべ、長く紫煙を吐き出した。
曰く――会場で不幸な事故が起きるだけのことだろう?
一見善意から出ているように見えるが、実際は、どのような形であれ、一旦彼女らがその身柄を引き受け、彼女らの庇護下にある女に、いらぬ手出しをしようとする馬鹿者に対する制裁、公開処刑に他ならない。
オークションを潰すだけなら、開催中のところを叩けばいいが、競りにかける商品の仕入れや運搬をしている下っ端、更にそいつらに鼻薬をかがされている連中まで、根こそぎとなると、少々手間だ。
特に、商品の仕入れのため動いている連中は、外側からはあぶり出しにくい。
そのため、大老から仕込み中のを借りて、潜らせるのに使おうかと考えていた矢先に、ツァスタバが転がり込んできたのだ。
最初は、ちょっと変わった子供程度の認識だったが、国境越えまでの後見として付けたサコーからの報告で、ちょっと変わった子供から、少しは使えそうな子供に評価は上がった。
どの程度使えるかを計るために、王都までの道中、クランの連中を交代で保護者役に付けたが、実力は最低でも緑位、高く見積もって藍位に相当すると思われる、との報告が上がっている。
最後、自分の目で確かめるため同行したドライゼが下した判断は、下手な冒険者よりも使える子供、であった。
まだ諸事万端荒削りではあるが、心構えであれば既に青位のそれであるし、敵の対処にも迷いがない点は、十二分に評価できる。
さて、どうやって今回の仕事に噛ませるか。
まわりくどい真似をせずとも、仕事を手伝う気はないか、と内容と対価を示して持ちかければ、二つ返事とは行かなくとも、乗ってくるはずだ。
すっかり親父が板に付いてしまったサコーを納得させるのは少々面倒そうだが、つい数時間前、何の迷いもなく追い剥ぎ三人を実に手際よく死体にし、面倒を避けるため、追い剝ぎそのものを“いなかった”ことにしてきたと、当人も交えて説得すればどうにかなるだろう。
テーブルの上の大皿、深皿、深鉢が空になり、エールのジョッキに代わって蒸留酒の瓶と無骨なグラス、約一名のための紅茶のマグと焼き菓子の皿が席を占めたところで、ドライゼはすぐ傍に置かれた葉巻の箱に手を伸ばした。
吸い口をナイフで切り、よく火の熾った小さな炭で火を点け、隣を見やる。
ジャムを載せて焼いた、クッキーとケーキの中間のような焼き菓子を頬張るツァスタバは、相変わらずの仏頂面紙一重の無表情だが、背後にほわほわと花が飛んでいるところを見ると、甘いものに目がないクチなのだろう。
製造元も、常ならば一顧だにされない焼き菓子を、分かりにくいが実に嬉しそうに、美味そうに頬張る姿に、でれっと目尻を下げている。
本格的に酒精が回り、収拾のつかない馬鹿騒ぎに突入する前に、切り出すとしよう。
「……なあ、坊主」
煙を吐き出せば、焼き菓子をくわえたツァスタバが、不審と警戒をはっきりと浮かばせた、透き通る枯れ草色の目で、ねめつけるように見上げてくる。
「誰にでもできる簡単なお仕事ってのに、興味はねえか?」
† †
甘いものは嫌いじゃないけど、あのラインナップで、ブールにジャム付けて食べる気にはなれんかったとです。
美味そうだなー、と未練たらったらだったジャムが、食後に紅茶と一緒にロシアケーキっぽい焼き菓子に乗っかって出てきた時には正直小躍りしそうでした。
一個一個が結構大ぶりで食べごたえがあるのも、いとをかし。あ、ジャムはストロベリーじゃなくてラズベリーでしたー。ウマー。
セイロン・ウヴァに似た香気漂う紅茶に、ふーふー息を吹きかけ冷ましつつ、ドライゼのおっさんから提示された「誰にでもできる簡単なお仕事」について思考を巡らせる。
この場合、「誰にでもできる」の「誰」が問題だ。
ドライゼのおっさん以下、ダブル用のごっついロックグラスをお持ちの方々や、生憎お目にかかったことはないが、そこに近い方々を指して言っているのなら、JAR○に「誰にでも」の用法について審査・適正化に努めて貰わにゃならんのではないでせうか。
つか、このおっさんが言う「誰」って絶対そうに決まってる。
あと、「簡単な」ってゆーのも、絶対そうだ。
難易度絶っっ対アホみたいなことになってる。最終鬼畜兵器の弾幕の前にポーンて放り出して、「大丈夫大丈夫避けられるから」みたいな話だろ絶対。
けど、ドライゼのおっさん基準だとしても、その基準から、私に「できる」って判断して持ちかけてきた、ってことだよね、これ。
うわ、なにこの高評価。いいね! 鰻登りじゃね?
向かいの席のサコーの父ちゃんが、ドライゼのおっさん絞め殺しそうな目ぇで睨んでるけど……汚れ仕事とか今更なんですよねー。今日も殺ってきたし、追い剥ぎ。
けど、安易に是とは言えんのです。
どんなお仕事で、どの程度のリスクがあるのか。
でもって、使い捨て前提のポジションとしてのお仕事なら断固として否。
なので、もすもすロシアケーキを食いつつ、ドライゼのおっさんに、細かい条件はよ、と視線を飛ばして続きを促す。
……。
…………。
……………。
なるほどわかった。
つか、何だかんだで結構でかいヤマなんじゃね? これ。人身売買組織の殲滅とかさぁ。
摘発とかじゃなくて殲滅なんやで? 殺しつくして存在しているものを絶やしなくするんやで? 片棒の端っこにぶら下がる程度でも、八歳児にさせていい内容じゃないと思うの。
で、そんなウワアなお仕事における私のポジションはトロイの木馬、と。
あー、なるほどねぇ。でも、ぶっちゃけこの面にそんな需要があるよーには思えんのですよ。少女としての需要は致命的に存在しないのは知ってるけど、もっとこうキラッキラの、少女漫画で背景に花と点描背負ってるよーな美少年とか、そっちなんじゃね?
蓼食う虫も好き好きとは言うけどさぁ。
ま、引っかかってもらわにゃどーしょーもないんだけど、これは、引っかかる程度には見れる面、と判断されていると自惚れてもいいのかにゃー?
そうやって、ふんふん頷いたり視線で質問飛ばしたりしているうちに、甘さ控えめのジャムとサクサク軽めのクッキー生地のコントラストが絶妙なロシアケーキは影も形もなく、一つ残らず私の胃の中に納まっていた。
テーブルの上の空き瓶も、順調に増えている。
素面なのは飲んでない私くらいだし、ドライゼのおっさんも、四杯くらいはグラスを空にしてるけど、ほぼ素面みたいなもんだ。
サコーの父ちゃんも順調に空き瓶量産してらっしゃるけど、飲めば飲むほど表情から険が取れるのはいいとして、反比例して視線の温度が下がっていくのがめっちゃ怖い。っべーまじっべー、あれ限りなく0Kに近くなっとるで、マジで。
……さて。
ドライゼのおっさんから、聞くべきはあらかた聞き出した。
お仕事の内容は、誰にでもできる簡単なお引越しのお手伝い。
怒らせたらいけない「おっかない女ども」を怒らせたお馬鹿さんを、小鼻の角栓を除去パックで引っこ抜くよりごっそりと、末端に至るまでまとめて根こそぎ現住所をあの世に変更するお手伝いをするだけのお仕事。
リスクは、バレても殺されはしないけど、人生にちょっとした不自由が出る可能性あり。
情報伝達手段あり、ただし内容は仕事の性質上、返答保留の現時点では開示不能。
さあ。どうする。
当面の生活資金には困っちゃいない。素泊まりの木賃宿なら、後見なしで登録できる十歳までの二年間、泊まれるくらいの余裕はある。
インベントリがダウンしなければ、食べる、着るには困らない。
リスクを背負い込んでまで、稼がなきゃいけない理由はない。
けど。
「……乗った」
それができると判断され、その上で声をかけられてるなら、乗るしかない。
ここで日和ったら漢が廃るってもんでがしょう。
ひゅう、と口笛を吹いたのは、ドライゼのおっさんではなく、途中から横で茶々入れ始めたステアーのおっさんだ。
サコーの父ちゃんの方は見ない。おっかねーんだよ目が! あれ絶対マジでガチで怒ってるよ!
「そうか」
こっちを見下ろすドライゼのおっさんの、視線の圧力に負けじと見返しながら、ステアーのおっさんがテーブルに置いたグラスをかっさらう。
「俺の、分け前は、仕事を見て、決めてくれ」
グラスの中で揺れている、ロックでも水割りでもない、ライ・ウィスキー特有の甘くて苦い、フルーティながらもペパーミントっぽい芳香が立ち上る琥珀色を、一気に喉に流し込む。
まだ、苦さと舌を刺す辛さ、喉を焼く刺激しか感じられないのが残念だ。
グラスをテーブルに叩き付けて、にやりと笑う。
図太く。
ふてぶてしく。
初めてのおつかいならぬお手伝い、全力でやったろうじゃないの。




