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二十三撃目 魔法事始・基礎概論のすゝめ

 あーたーらしーいあーさがきた♪ やーぼーぉのあさーだ♪ おはようからおやすみまで暮らしを修行に、ツァスタバです。


 昨日、夕飯まで文字の書き方練習してましたが、途中、魔が差してひとり三目並べしてるとこを別の宿泊客に目撃されたとです。

五十路いそじ坂半ばのオッサンに、痛ましいもの見ちゃった的な顔で目頭押さえられたとです。

自分、ちょーっと今だけ・・・、今だけの期間限定友達不在期なのであって、ボッチではなかとです。

ボッチではなかとです。

大事なことなのでもう一度、ボッチではなかとです。

真のボッチとは、ひとりマリパーやひとり人生ゲームに疑問を抱かない種族であって、スタンドアローンコンプレックスはボッチちゃうのです。友達の数? そんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。物量がものを言うのは戦争と体育会系男子高校生の飯です。


 ……うん、落ち着こうか自分。ビークールビークールビーグルはピーナッツ。チョコチップクッキー推しすごいよね、あれ。

アメリカ菓子ってレシピ見ただけで歯茎痙攣しなくね? 何なのあの砂糖の量。小麦粉四カップに砂糖三カップの構造物に、ファッジだのアイシングだのを容赦なくブチまけるとか、それはひょっとしてギャグでやってるのか!? としか思えない。


 まあ、アメリカ菓子の正気はさておいて、だ。

明日の朝にはパキスの街で、次の保護観察官に引き継ぎだそーな。

こりゃ魔法については聞けないかなー。ま、その辺は仕方ないっちゃ仕方ないか。頼めば要求が通るなんて考えは甘えだ。当店では甘え禁止、と偉い人も言っている。


 で、だ。

二人部屋なんで、朝早くからゴソゴソやって起こしても悪いんで、今朝も朝練はお休みです。鈍りそうで怖いから、かける負荷1.5倍(当社比)にしとこう。でもいつもの時間に目が覚める罠。

朝でも昼でも夜でも、美味しくものを食べるには、体動かして腹減らせるのが一番なんだけどね。


 あー、昨日の晩飯魚だったけど、今朝は何かなー。ここんとこ肉ばっか食べてるから、魚だと嬉しいかなー。

カブとポロネギのスープはシンプルな塩味。入ってた魚が干し塩鱈バカリャウ的なヤツだったから、塩味一択以外なかったんだろうけど、シンプルなだけに野菜の自然な甘さが際立ってた。ガーリックトーストにしたバゲットを浸せば、スープを吸ってふんにゃりしながらも、残るカリカリ感とのコラボがいと美味し。

メインディッシュの、白ワインとハーブで蒸し焼きにした鱒っぽい魚も、川魚独特の癖をハーブと白ワインが旨味に変え、ふっくらと柔らかな身を噛めば、旨味がじんわりと口の中に広がり、ガーリックトーストとの相性も抜群。強いて言うならレモンバターより醤油じゃね? レモンバターが悪いってんじゃなくて、単に好みの問題だけど、淡白さの奥深い味わいとか、ありますやん色々と。


 ……思い出したら魚食べたくなってきたわー。鯵の一夜干し、鰹の刺身、秋刀魚の塩焼き、鯊の甘露煮、甘鯛の味噌漬け、鰯の南蛮漬け……炊きたてご飯に味噌汁、納豆、焼き海苔、糠漬け。これにだし巻き玉子か卵焼きがついてたら最高ですよね。

味噌汁は賽の目に切った木綿豆腐となめこを赤だしで。豆腐とワカメも捨てがたい。糠漬けはセロリもんまいけど、ここは王道の胡瓜と蕪でしょう。白醤油と昆布出汁のだし巻き玉子には大根おろしをたっぷり添えて。卵焼きは甘いのもしょっぱいのもどっちも美味しくいただける派です。長ネギのみじん切りとシラスを入れればカルシウムも取れて、まあお得。

休日ならここに徳利とぐい飲みが加わり……おぉう、なんという完璧パーフェクトな食卓。あえて言おう、至高であると。


 二度寝の薄らぼんやりした頭で、そんなことをぼひゃーっと考えてたら、階下から漂い出す美味そうな匂いもあって、腹の虫がゴゴゴゴゴゴゴゴゴと鳴き出した。

……独特のフォントで効果音背負って、関節可動域の限界に挑むポージングをしなきゃいけない義務感に襲われる音色ですね。


 つか、アストラさん。

ウッカリいつも通りに起きて、ごそごそ寝返り打ったりしてた時点で、アストラさんが起きてたの、なんとなくだけど分かってたから。ぶふっとか噴いてないで笑えばいいと思うよ?

いたいけで善良な子供の生理的現象はらのむしを笑うのは、先生どうかと思います。帰りの会でちょっと男子ー、と吊し上げられる所業やで。


 明らかに笑いを含んだ声で飯にするぞ、と言うアストラさんに、うん、と返してもそもそ起き出し、顔を洗いに中庭に向かう。

部屋が中庭に面しているので、タオル片手に窓から直で行けるのが魅力です。

中庭の井戸は、手押しポンプではなく釣瓶で水を汲むタイプなので、えっちらおっちら水を汲み、顔を洗ってさっぱりしたら、壁の微妙な出っ張りを手掛かり足掛かりにして部屋に戻り、身支度万端整えて、いざ鎌倉しょくどう

何かな何かなー、本日のー、朝食何かなー♪

あー、楽しみ。




     †     †




 呆れを通り越し、いっそ清々しいほどの健啖家っぷりを発揮して、育ち盛りとは言え驚異的な量の朝食を平らげた少年に、予想が当たりそうだと、アストラは口の端を持ち上げた。

余談ではあるが、朝食を摂りながら、ついでとばかりにテーブルに積まれたバゲットにチーズを挟んだものと、大ぶりのプラムを二つばかり一緒に包み、背嚢バックパックへ押し込む動作は、実に自然であった。


 宿を出たのは、朝食を済ませて三十分ほどしてからである。

次の荷物番であるステアーと落ち合うパキスの街までは、半日弱。

日は中天に差しかかり、道程は半ばに差しかかっているが、昨夜、魔法を教えてくれと頭を下げて頼み込んできた割に、それについてああだこうだ言ってくる気配はなかった。

悪くはない。

そもそもが駄目元な話なのである。諦めず粘るのも間違いではないが、早めに見切りを付けるのも、時には必要だ。

必要以上に見たがる、聞きたがる、知りたがるやからが長生きする例は、そう多くはない。


 朝あれだけ食べれば、昼食が入るとは思えないが、相当に燃費が悪いのだろう。

背嚢から取り出した包みを開き、少々行儀は悪いが、歩きながらチーズを挟んだだけのバゲットにかぶりつく姿は、年相応に子供らしい。

時折プラムをかじりつつ、最初の包みの分がなくなると次の包みを取り出し、最終的にバゲットサンド五つとプラム十数個が少年の腹に消えたが、アストラの予想が当たっていれば、これでも少々もの足りないはずだ。


 内部魔力オドは、多かれ少なかれ、生物なら持っている。

それは動物、植物も例外ではなく、違いがあるとすれば、動物、植物は内部魔力の存在を認識し意図的に使うことができない(・・・・)点にある。


 また、内部魔力を意図的に運用する際、大概は体力の消耗による疲労感を伴うが、極端な食欲を示す場合がある。

運用によって消費したエネルギーを手っ取り早く補うためだが、基本的に体力バカに多く見られる現象だ。

アストラが知る限りではローナーとドライゼがそれに該当するが、さて、あの小僧は内部魔力を何に使っているのか。


 少年が街道を外れたのは、特に会話もなく、さらに二時間ほど街道を行ったあたりでのことだった。

果樹園側ではなく、雑木林の十歩手前の木立がまばらに点在する草原側にすいっと踏み込み、丸く小さな茶色いものを三つばかり草原の中へ投げ込むと、お世辞にも美しいとは言えない甲高い鳴き声と共に、ガチョウほどの丸っこい鳥が三羽、飛び上がってきた。

緑がかった薄茶に黒の斑が入った体毛と長い尾羽根、頭部と喉元の肉垂は、草原大雷鳥の特徴だ。

野禽といえば草原大雷鳥というくらい、一般的で手頃な獲物である。


 ひゅ、と空気を裂く音は、草原大雷鳥が飛び上がるのとほぼ同時に上がった。

頭部を長さ二十メルほどの針に貫かれ、地面に落ちてても羽ばたきを続けていた草原大雷鳥だが、首を切られはらわたを抜かれた頃には、おとなしく足をくくられ、少年の腰からぶら下がっていた。

浅く掘り返した地面に抜いた腸を埋め、大概の草原に自生している野生種の香草ハーブを三枝ばかり折り取り、草原大雷鳥と一緒に腰に下げる。蝿避けだ。

同じ香草の葉を数枚むしり、手を拭いながら歩く少年に、さてはてどこまで教えてやるか、とアストラは思案する。

街ひとつ滅ぼす算段でもしているような顔だが、考え事をしている時の、アストラの無意識の癖である。

すれ違う旅人が、ぎょっとしたような顔で大きく迂回していくが、無理もない。人間、誰だって我が身がかわいい。


 パキスの街は、もうじきだ。




     †     †




 南欧感漂うパキスの街で入った宿は、アストラさんの定宿らしく、ほどよい無関心が大層心地ようございます。

アットホームな宿も嫌いじゃないけど、どっちかっつーと放っといてほしい派なんで。ええ。

あくまで放っといてほしい派であってぼっちではありません。ぼっちではありません。いいね?


 がっちょり晩飯いただいて、ひとっ風呂浴びてさっぱりスッキリ、後は大事な武器ヒロインお手入れごきげんとりして寝るだけ。

……なんですが、風呂上がりでほこほこ茹だったワタクシの首根っこ吊り下げて、一階食堂の隅っこに連行した理由を、四百字詰め原稿用紙一枚以内で説明おねしゃすアストラさん。

二階のベッドで武器ヒロインたちが私を待っているとゆーのに。


「何だ、教えてくれっつったのはそっちだろ?」


 テーブルにつき、かろん、と丸い氷が鮮やかな赤色の中に泳いでいる肉厚のロックグラスを傾けたアストラさんが、にやりと人を喰った笑みを浮かべる。

素敵な笑顔ですねー、世界征服用戦略級大量破壊兵器の完成披露試運転を始めます、みたいないーい笑顔です。

天空のキャッスルがブッパする素敵ビームはロマンだけど、大気圏突入に耐える大質量実弾兵器搭載の人工衛星のが有効だと思います。変態兵器とガチタンもロマンだよ!


 ……じゃ、なくて。

え? 今何とおっしゃいましたかなアストラ=サン。

私の聴覚が確かなら、それって、え? マジ? マジすか? え? アイエエエエ?


 冷静に驚いてると、アストラさんはまたグラスを揺らし、


「どうすんだ?」

「お願いします」


 間髪入れずに頭を下げる。

あ、受講料どうしよう。すぐに出せないんですが。


「安心しろ。お代は見てのお帰りだ」


 前述の世界征服用戦略級大量破壊兵器の完成披露試運転が大成功、やったね! みたいな笑みを浮かべるアストラさんに、謝意を示すべく頭を下げる。

そうとなったら一言一句逃せませんね! ホントはメモ取りたいけど、頭に直接叩き込んで、記録として残しちゃダメなやつの類いだろうし。


 背筋を伸ばして姿勢を正し、椅子の上に正座して当方に拝聴の用意あり、覚悟完了。

もちろん靴は脱いでますから。土足で座席とかありえないでしょ、常識的に考えて。


「……お前、スメラギの出身か?」

「?」

「まあいい。……魔法について、だったよな。お前はどの程度知っている?」

「……内部魔力オドを使って、外部魔力マナで何かをする、とか?」


 何か気になる固有名詞が出てきたけど、ひとまずスルーしといて、だ。

魔法について知ってるのって、そんくらいなんだよね。内部魔力がMPとかミディ・クロリアン的なものっぽいと解釈してるけど、外部魔力はよくわからない。フォースか? フォースなのか? メイザフォースビーウィズユー? 長寿と繁栄?


「大体合ってる」

「マジ?」

「おう、マジでマジで。……で、だ。お前、起きてる間は大概内部魔力使ってるだろ」

「……」

「沈黙は肯定と見なすぞ?」


 あー、やっぱバレテーラ。主に日常を満遍なく修練の時間にするように、負荷かけるのに絶賛活用中ですからねー。

ちな最新のコーデはウェイト自重の三倍と気圧ウユニ塩湖(乾期)。アウヤンテプイと迷ったけど。だってほら、修行つったらギアナ高地だし。


 アメリカンに肩をすくめて見せると、アストラさんは喉の奥で低く笑った。


「なあ、小僧。野営していて火が必要な時は、どうしてる」


 え? あー、え?

正直何でそんな質問? と問い返したいところですが、質問に質問で返すとブチ切れられるのはお約束ですからね。


「? たきぎ集めて、火種おこして、薪を燃やす、けど?」


 ただ、薪つっても、よく乾いていて、ほどよく油脂分を含んだやつとかは、あんまり野外には転がってないのですよ。

生木燃やすのは最終手段ね。あれわりと煙たい。


「ま、そうなるわな」


 で、それがどう関係するのでせうか。

そんな疑問を視線に乗っけて、アストラさんを見る。


「さて、薪がある。だが、薪しかない。火をおこせるか?」

「無理。火種が、ない」

「じゃあ、火種はある。ただし薪はない」

「無理。燃やすものが、ない」

「そりゃそうだ。暖を取る、煮炊きする。理由は何でもいいが、目的があって火をおこすよな?」

「うん」

「魔法もそうだ。目的があって、現象を起こす」

「……」


 まあ、そうだよね。

魔法に置き換えると、焚き火をする、ってのは魔法の効果、あるいは結果のことだろう。

火種と薪が内部魔力と外部魔力。多分だけど、薪が外部魔力で火種が内部魔力なんじゃないか?


「で、だ。吹けば飛ぶような火種と、充分な火力のある火種では、どちらが薪をよく燃やす?」

「充分な火力のある、火種」


 なるほど、実に分かりやすい。身近なもので例えてるから、すんなり理解できる。

アストラさん、教師とか向いてるんじゃね?


「……じゃあ、どうやって、火種を外に、出せばいい?」

「そんなん自分で考えろ。その首の上に乗ってるものは何だ?」


 ですよねー、と肩を落とす私に、アストラさんはグラスを置くと、そのすぐ隣に置かれた紙巻きを手に取った。

フィルターはない。フィルターという発想がまだないんだろうけど、貴重品の紙使ってる時点で高級品確定じゃね? それとも都市部では紙は貴重品じゃなかったりするんだろうか。


 都市部と地方の格差をしみじみ実感してると、アストラさんは紙巻きをくわえ、その先端に左の人差し指を近付けた。

サコーの父ちゃんはマッチを使ってたけど、父ちゃんいわく、火力は紙巻きに火をつけるのが関の山で火自体もすぐに消える、頭も脆く湿気にも弱いので、煙草以外にはあまり使わないとのこと。大体は手のひらサイズの小さな壺に入れた炭を、専用のトングで取り出して使ってる。これは見たからね、実際。


 見ている前で、アストラさんの指先が、一瞬、靄がかかったようにぼやけたかと思うと、ぼうっと橙色の火が現れた。

同時に覚えたのは、何とも奇妙な感覚。

何て言えばいいんだろう。大きなプールで水に潜ってたら、すぐそばで、見えない・触れない・形がないコップが水を掬っていったような、そんな感覚? とにかく、そんな感じがした。

よく分からん? 大丈夫だ私も分からん問題ない。


 じゃなくて!

え? マジ? もしかしてもしかしなくても、え、え、これがもしかして:魔法(実技)!?

二度見三度見四度見ガン見していると、アストラさんはにやりと笑い、


「大出血サービスってヤツだな。感謝しろよ、小僧」


 吐き出された紫煙が、天井目指しゆるゆると、輪になって昇りながら消えていく。

ちりちりと紙が燃えるかすかな音、独特の苦味を帯びた香りは、確かに火がそこにあったことを証明している。


 基礎となる概念と一の実例は与えてやった。後は自分で構築しろ。できなきゃ所詮その程度、魔法は諦めろ。

そーゆーことなんだろうな、これは。


 手取り足取り微に入り細に入り一から十まで、懇切丁寧に説明されるより、こーいう投げっぱなしジャーマンの方が、個人的には好きだったりする。

テーブルと椅子と棒貰ったんだから、天井から吊り下がったバナナくらい、教えられなくても取れなきゃダメでしょ。人として。


 けど、何だかんだで、百聞を越える貴重な一見をくれちゃうあたり、アストラさんて、さ。


「……お人好し」


 だよね。結構さ。

がんばりますた。

来月からはもうちょっとマメに更新したいなぁー。

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